女神おこ



◆女神おこ



 夜空が広がっていた。

 ここは……ダンジョンの中じゃない?

 僕とフェニは大きな窪みの中心に倒れている。

 横向きになっており、すぐには動けなかった。体の感覚がない。ただ瞳が星空とフェニを映し、耳には女神パルフェのうろたえた声が届くばかりだ。


「間違いないって。コイツこないだ目覚めたヤツじゃん。初日に死んだはず……。なんで生きてんだよ?! ワタシんちの樹から出て、すぐ魔物に追われて死にかけて、助けられて、でも城で死んだって記録にあるのに……!」


 視界の隅で落ち着きなく同じところを行ったり来たりするパルフェが見える。


「もしかして今もまだ生きてるの? 不死身にしてるのは殺人犯の奴隷たちだけなのに。こんなイレギュラー! もしや記録に残るんじゃないの? そしたら他の管理者たちがここへやってくる? ヤバくない? ヤバいって、ヤバいよ!」


 何をブツブツ言ってるんだ?

 全能の神らしからぬ取り乱し方だ。

 服装は、ザ・女神といった、白で、ふんわりとした……フレアのワンピースなんだけど、裾から部屋着のスウェットが見えていた。

 よほど慌てて、あのごった返した部屋から出て来たに違いない。


「賢木さん……」


 僕は無意識に、フェニの現世での苗字を呟いた。目の前にフェニのきれいな顔がある。


「ん……」


 フェニはゆっくりと目を開けた。


「あーーもうッ!」


 星空にオレンジの炎が燃え上がった。八つ当たりでパルフェが放った魔法だろう。


「えっ、てかさ? もしかしてコイツが死なないのって————」


 パルフェはその後に信じられないことを口にした。


 なんだって?


「でも、他のヤツらは違うじゃん。コッチで死んで、魂の選別を受けてるじゃん。あぁ! ワタシはさっきからなに独り言を言ってるんだ! 落ち着けよパルフェ!」


 またオレンジの炎が燃え上がった。


 僕はそこでようやく体を起こした。


「今のどういうことだよ!」


 パルフェは弾けたように顔を上げ、それから錆びたみたいにきしんだ動きでこちらを向いた。


「あれ……アンタ、起きてたんだね。寝起きにコーヒーでも飲む?」


 しどろもどろで話す女神。


 僕は聞き捨てならない独り言に威厳も何もない女神を怒鳴りつけた。


「僕がまだ向こうの世界で生きてるってどういうことだよッ!」


 たしかにさっき、パルフェはそう言った。

 僕が不死身なのは、アッチで生きてるからなんじゃないか……と。


 可能性の話。もしかして、だ。この女神は……。


「もしかしてさ、あんたは死んでない人もコッチに転生させてるのか!?」


 言葉から察するにそうなる。


 僕への異世界……この世界の説明を「無料マンガ読んでたら分かるでしょ」とおざなりに済ませたくせに、自分はそんなお約束無視の不正を働いていたのかよ。


 死んだから異世界に来たんじゃないのかよ!


「コっ、コッチにもいろんな事情があんのよ! 分かった口きいてんじゃねえよガキがッ! うっせぇわ! うっせぇわー!」


 開き直った。


 まじかよ。


「女神がそんなことをしていいんですか」


 フェニがゆっくりと体を起こした。


「なによアンタ……あれ? ひょっとして、爆破犯の奴隷じゃないの……?」


 パルフェは自分の世界の人間もろくに把握していないのか。


「てかなんでアンタこんなとこにいんのよ。そんな別人みたいにケロっと元気になっちゃってさ。ハンターの格好しちゃってさ」


「彼のおかげでまた正気に戻れたんですよ。それよりも、私の罪は余計に上乗せされていたんですか? 彼は生きているんですか?」


「他にも生きてる人がいるんじゃないだろうな」


 僕らはこの世界の主、創世の神であるパルフェに詰め寄った。


「ハハっ————」


 パルフェは薄っぺらい笑いを浮かべた。


「生きてるったって病院のベッドの上で死に損なってるだけよ。いい気になるなよ? アンタらなんてただのツカエナイ、ツマラナイ、一介の魂でしかないのにさ! このワタシに意見しようだなんて輪廻転生100回分はやいわボケぇ!」


 パルフェは手のひらに炎を宿した。攻撃が来ると身構えたけど、気が変わったのか、彼女はその炎を握りつぶした。


「まぁさ? アンタら2人はこの素晴らしき世界で、死ぬまで? の伴侶を見つけたわけじゃん? ならよくない? 結果オーライってことよ。オメデトー。むしろキューピットじゃんワタシ」


 僕は言葉に詰まった。フェニも何も言えずにいる。


「煩わしいあんな世界にいるより、コッチにいる方がいいでしょ?」


 あんな世界より————。


 あの日、あの炎のおかげで僕は、たしかに一度救われた。フェニに出会えた。


 そして今、復讐の機会を得た。

 それでいいのか?


「あっ」


 パルフェが遠くを見る目をした。


「じゃあワタシ帰るわ。言っとけど、ダンジョンを壊した罪はデカいからね? ダンジョンはこの世界の存続に欠かせない装置なんだから」


 そう言うとパルフェは、消えた。

 特別な演出もなく、安くて古い特撮みたいに、ふっと消えた。


 遠くから足音が聞こえた。


「ロロル! フェニ!」


 現れたのはサティとクロエ君だった。いや、遅れてニロもいる。


 窪みの中にみんなが降りてくる。目を赤くしたサティが問いただしてきた。


「大丈夫だったの!? ピクニックボックスの扉が急に消し飛んだって聞いて慌てて探しに来たのよ!? バカみたいにデカいマナが噴き出してるから来てみればアンタらがいるじゃないの! 良かったけど、良かったけどさ、何があったのよ!? 心配させて!」


「ごめんね」


 ダンジョンが壊れた。女神降臨で忘れていたけど、僕らはあの後どうなったんだ?


「無事でよかったよフェニぃ〜、ロロルぅ! 薬草は見つかったぁ? あの女の子はどこいったのぉ〜? ともかくよかったぁ!」


「あの、シローネは……」


 僕はクロエ君を見た。


「無事で良かったよ、ロロル君。彼女、もういないんだね」


 彼は涼しい声で言った。


「私が説明します」


 フェニが気持ちの整備がついていない僕の代わりに、事の顛末を説明してくれた。僕なんかより丁寧に、簡潔に、上手く話してくれる。


 僕はクロエ君が良くなってくれたらいいと、この依頼を受けた。


 でも全てはシローネの罠だった。


 フェニも痛くて苦しい思いをしたのに、落ち着いた態度で話す姿を見ていると、申し訳なさと、ありがたさが僕の中で混ざり合う。


「そうなんだね!」


 フェニの話に、クロエ君はにっこりと答えた。


 彼はあまり……ほとんど、いや、全くショックを受けているようには見えなかった。


「アンタ……恋人だって騙さられてたのに、財産を奪われそうだったってのに、悔しくないの? 悲しくないの?」


 サティが、僕が聞きたかったことをずばり聞いてくれた。


「そうでもないですよ」彼は涼しい顔をした。「ニセモノなんかより、ぼくが好きなロロル君が無事に帰ってきてくれた事が、ぼくはなにより嬉しいんですよ」


「へ、へぇ……」


「うん。ロロル君、よく帰ってきてくれたね!」


 クロエ君は僕の手を取った。


「そぉそぉ! おかえりぃ!」


 ワスレナ花も、ジャガン草も、結局は手に入らなかった。

 悔しいけれど、それでも無事に帰って来られてよかった。


 まさかクラスメイトでもない人間に襲われるとは思いもよらなかった。

 そして、女神との再会。

 僕らの転生には、なにか裏がある。

 あの胡散臭い女神、崇めるなんてとんでもない。

 転生者として、僕らはこれから何ができるだろうか。


 復讐。


 その2文字しか思い浮かばなかった。


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