怨み
◆怨み
潰されたテント越しに顔面を蹴られたことが、到着の合図だった。
「出てこいクソが」
テントを剥がされ、乱暴な扱いで転がされる。体の自由がほとんどきかない。目線だけで辺りを見回す。そこは不思議な空間だった。
周囲の壁や天井のそこかしこで不思議な紋様が光り、浮かび上がっては消えていく。広い空間の中央には台座に乗った巨大な球体があった。
「ダンジョンコアだよ。各ダンジョンに必ずあると言われている、魔窟の心臓部。魔物をポップさせる装置。このピクニックボックスのコアはずっと発見されてなかったけど、ワタシが名誉ある第一発見者になった。まさかこんな場所にあったとはね」
僕の体がふわりと浮いた。そしてシローネに蹴り飛ばされる。勢いのまま、切り立った崖へと投げ出される。下まではかなりの高さだ。
落ちる!
そう思ったのに、僕は崖っぷちから少し離れたところで浮いたままだった。
「コアはこんな高い場所にあったんだよ。スキルがなきゃ見つけられなかった」
シローネが手を伸ばし、僕の体を掴んで引っ張った。再び地面に投げ出される。
ここはピクニックボックスの最下層だが、洞窟内のどこかの崖を上った先らしい。陥没した箇所があることも考えると、かなり高低差のある階層だったのだ。
「ロロル君……」倒れているフェニが呟いた。「少しのあいだ我慢してください」
「フェニ……」
そして僕は辺りに生えている草花がワスレナ花だと気が付いた。
「わけも分からず痛ぶられてるんじゃつまらないからネタバレしてあげる。ワタシが誰かって不思議に思ってるんでしょ? こんなやつ、前の世界じゃ知らないぞって」
シローネは暇でも潰すように、フェニの腹部につま先をめり込ませるような蹴りを放った。もう誰でもいい。呪ってやる。
呪いを発動しようにも、マナがうまく練れなかった。僕の心を読んだようにシローネは笑った。
「もしかして魔法かスキルを出そうとしてる? 残念。さっきのお香は体を麻痺させ、マナの循環を滞らせる効果があるの。ここの薬草を調合して作ったんだ。薬物作りはワタシの十八番なの。キミのスキルは呪いでしょ? 死に際に呪い殺されちゃたまらないからね」
薬の調合が上手い、か。
武器をとろうにも体は未だ他人のもののように言うことを聞かない。
「なぜこんな……こんなことを」
息も絶え絶えに言った。シローネは怒りと悦びが混じったような顔をした。
「オマエがワタシの仲間を皆殺しにしたからだよッ、今和野一!」
「みなごろし……?」
「オマエが王城から逃げたせいでクラフト殺害を疑われたんだよ! キャラバンのワタシたちがなッ!」
「キャラバン? 君は……あの中にいた1人なのか……?」
「そうだよ。潜入した仲間の連絡を城の外で待っていたんだ。それなのにやってきたのはクラフトのクソどもだった!」
僕がフェニに連れられて逃げた後、瞬足の国島たちの死体を見つけて辺りを捜索したクラフトたちがやっぱりいたのか。不審なキャラバンを見つけ、そして————。
「ワタシはたった一人だけ逃げのびた。このスキルのおかげでな!」
ふわりと体が浮いた。シローネは僕の胸に組んだ両手を振り下ろした。攻撃の勢いと戻った重力で地面に叩きつけられる。
「ワタシのスキルは【浮遊】だよ。祖母のスキル【飛行】が弱まって伝わった力」
シローネはキャラバンのメンバーであり、クラフトの子孫だったなんて。
「クロエ君は……?」
僕が回らない舌で言葉をつむぐと、シローネは高らかに笑った。
「クロエ? あんなおぼっちゃま知るかよ!」
シローネは足元にあった青い花、ワスレナ花を踏みつけた。
「キミを追ってたらたまたまあいつを見つけた。記憶を無くした世間知らずのおぼっちゃまなんて、利用しなくちゃ損でしょ! そこでワタシの復讐計画に絡ませたんだよ」
こいつ、クロエ君の恋人なんかじゃなかったのか!
「かつての恋人と名乗る可愛い子が現れる。献身的に世話をし、危険なダンジョンにもぐって、記憶を呼び戻す薬草を探しにいく。そこで一行は不幸な事故に遭う」
太ももに激痛が走った。シローネが放ったダガーが刺さったのだ。ダガーは一人でに脚から抜け、宙に浮いた状態でストップ。シローネの足がダガーを押し、再び太ももに刺さる。抜け、刺されるを繰り返す。
「人はどこで怨みを買ってるか分からないなぁ! アッハハハ!」
あたたかいものが体の下に広がっていくのが分かる。
くそ、手も足も出ない。早く死んで回復しないと。
「ワタシはオマエへの復讐を満喫したら、泣きながら外へ出ていく。手にはワスレナ花だ。何故か群れた魔物たちに襲われるも、記憶を無くした恋人のために命からがら逃げてきた美少女。泣かせるよ。クロエ坊ちゃんは記憶にいるはずのないワタシを愛する人と思い込む。あとはテキトーにやって、あの屋敷の財産はワタシのものってこと!」
クロエ君を巻き込んでしまったのか、僕は。
いや、関係ない人を巻き込んだコイツが悪い。
「既に魔物たちは1箇所に集めて浮かせて用意してあるんだよ。ワタシが浮遊を解けば、一斉にダンジョンで暴れ出す」
シローネのスキルは物を浮かせる力なのか。この高い崖にもその力を駆使して上ってきたわけだ。
「そういうことですか」
フェニの声がした。次いでシローネのうめき声。身体強化したフェニの蹴りがシローネをとらえたんだ。
「こんな毒にかかったことがないので、動けるまでに時間がかかりました」
フェニがさっき言った、少しのあいだ我慢してというのはこのことだったのか。
死ぬまで回復できない僕とは違い、フェニは傷を負ったそばから回復していく。チート級の力だけど、初めてのことには弱いらしい。
「解毒草を持ってたとは、運がいいんだね」
シローネは蹴り飛ばされたが、その後に地面や壁にぶつかることのないよう、自分自身を浮遊させたらしい。ふわりと宙から地面に降り立った。
「灰色適性なんでしょ、フェニって。悪いけどこの勝負、ワタシの勝ちだね」
「残念ですが、あなたは負けます。私に復讐されます」
フェニは双剣を抜いた。
「復讐?」
「人はどこで怨みを買うか分からない、そう言ったじゃないですかあなた」
フェニが更に身体強化の魔法を使ったのが分かった。マナが彼女の体に吸い付くように集まり、染み込むようにして溶けるのを感じた。
「あなたは彼を傷つけた。既に私の復讐対象です」
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