お香



◆お香



 ダンジョンを進んでいく。

 何回か階段を降り、僕らはピクニックボックスの一番奥にあたる地下5階、最下層へとたどりついた。


 周りに人影はない。広い空間に月明かりのようなマナの光が満ちている。病院みたいな、薬みたいな、そんな匂いがした。


「もう日が落ちたのね。昼間はもっと明るいんだよ、ここ。じゃあ本題の薬草探しといこうか。ワスレナ花とジャガン草があるのはこの階層だけなの」


 シローネは改めてそう言うと、僕とフェニに薬草の絵を見せた。


 それは図鑑を破いて持ってきたような物で、絵の下に効能や生える土地、ダンジョンなどが記載してあった。ワスレナ花は記憶を癒すほかに解毒作用もあるらしい。


 うん。見た目の特徴はしっかり覚えた。


「それじゃあよろしくね」

「うん。クロエ君のためにも絶対に見つけようね」

「ありがとう。ニロちゃんの方も遠慮せず探してね。それからこの階層には、深く落ち窪んだ箇所がたくさんあるから、落ちないように気をつけること」

「分かった」


 僕らは広がって歩き、魔物に注意しながら薬草を探し始めた。


 シローネ曰く、大変珍しい種類の薬草だから、1日かかっても見つかるかどうか分からないとのことだった。


 野営の備えはしてきている。ニロやサティがいないのに加え、シローネの前のため、わざわざアニスの店でリュックを購入した。安くない買い物だったけど、ニロがマナ玉をたくさん持っていたおかげでお金の心配はしばらくしなくて平気だ。


「シローネは、クロエ君とどこで出会ったの?」


 たまに魔物が邪魔してくるけど、薬草探しは単調な作業で、つい何か話したくなる。シローネもしかり、クロエ君の過去をもっと知っておきたい。


「どこでって……」シローネは薬草探しに集中するようにしゃがみこんだ。「べ、べつに普通だよ。ダンジョンで魔物と遭遇するみたいにある日ふと出会ってってカンジ」


「もしかしてシローネも絵が好きとか?」


「どうだかね! そっちはどうなの? ロロルとフェニはどこでエンカウントしたの?」


「えッ?!」


 どきりとした。僕らが転生人だからではない。


「なんのことかな……?」


「とぼけてもムダ。ワタシの目はごまかせないよ? 2人の関係性」


「か、関係性……?」


「ずばり!」シローネは両手を使い僕とフェニを指差した。「マナ通いしてるでしょ?」


 僕もフェニも言葉に詰まった。墓穴があったら隠れたい。


「いや……」

「私たちは別に……」


 僕らの反応を見て、シローネはにんまりと笑った。


「あったり〜」


 フェニの顔は真っ赤だった。僕も同じぐらい赤かっただろう。


 しばらく探したけど薬草は見つからなかった。回復効果の薬草はたくさんあるのに。


 魔物除けの薬草が群生しているところにテントを張った。シローネのと僕らの2つだ。周りに人の気配はない。

 食事を済まし、シローネが水魔法で用意してくれた水で簡単に汗を流し、寝る段となる。念のため1人ずつ見張りをする。この階層では1匹も魔物を見なかったけれど、寝込みを襲われないともかぎらない。


 時間を測るためにお香を焚いた。一本燃え尽きるのに3時間近くかかるものだ。スッキリした香りで眠気覚ましにもなる。これが一本燃え尽きたら次の人を起こす、というルール。


「シローネ、起きて」


 夜も更けた。恐らく深夜の3時ごろだろう。見張りの3人目のシローネに、テントの外から声をかける。


「ふぁ〜……。ワタシ寝言言ってなかった?」


「いや、なにも?」


「そう? よく言ってるらしくってさ〜」


 シローネはうんと伸びをした。


「じゃあ僕は寝させてもらうね」


「おけおけ」


「明日は絶対に見つけようね。クロエ君のためにワスレナ花を」


 それからニロのため、腹痛薬になるジャガン草を。


「そうだね。おやすみ」


 シローネと交代し、フェニを起こさぬようにテントに入る。


「しゅきしゅきしゅきしゅき……」


 フェニは好き好きと寝言を言っていた。


「ふふっ。カズ君、かわいい。宝箱あったね」


 随分はっきりとした寝言だことで。

 広くないテントに2人きり。緊張しないわけがない。


 もぞり————。


 フェニが寝返りをうつ。たまたまなのか、抱きつかれる形となってしまった。薬草とは違う良い香りが僕の鼻をくすぐる。


 動けない。フェニをどかそうにもうまくいかない。さっさと寝なければ、清く正しい僕の理性が本能に感化されてグレてしまうだろう。やりたいことをやってしまう。


 ぎゅっと目をつむり、眠ることに意識を集中した。


 ほら、体が沈むように重たくなってきた。

 沈むように、重たく。

 へんな匂いがした。僕の汗だろうか? なら恥ずかしい。

 体が重い。フェニのせいじゃない。意識が、睡眠とは異なる深淵に落ちていく。


 おかしい。


 力を振り絞り、頭を起こしてテントの出入り口を見た。


 シローネの顔があった。

 感情のない目でジッと僕を見つめている。口と鼻を覆うマスクのようなもの付けているが、たしかにシローネだ。1本のお香をつまんでいる。その先からは毒蛇のような煙が出て、静かに這うように僕らの方へ流れてきていた。


「今和野一」


 マスクでくぐもった声で、シローネは僕の本名を口にした。


「君……まさか、クラフトなの……?」


 なんとかそれだけ言った。


「クラフトかー。ある意味そうかもね」


 シローネはじれったくなったのか、お香を振って、もっと煙を出そうとしていた。

 クラフトだって? でも彼女はクラスメイトじゃない。学校でも見たことがない。


 もしかして、前の世代の転生者なのか?


「人って、いつどこで怨みを買うかわからないものだよね。ねぇ、キミは何を信じてるの、ロロル? じゃなくて、クラフトの今和野一か。言っておくけど、楽に死ねると思わないでね。キミが生まれてきたことを後悔しながら死ぬまで許さないから」


 僕は頭を持ち上げていることもできなくなった。

 シローネが顔を引っ込め、外で何かをしている。テントの骨組みを外しているんだ。雑に巻かれて、僕らはテントごとどこかへ引きずられていった。


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