武具屋の看板猫



◆武具屋の看板猫



「ぐすっ、恥ずかしすぎて墓穴があったら入りたいです……」


 フェニのからだを張った(?)主張により僕らは事なきを得た。いや、それ以上だった。獣人の彼は身分証の代わりになる物まで工面してくれた。


 移住願という、異国の者がこの国に引っ越す際に必要な書類を役所まで同行して作ってくれたのだ。身分証が無くても、現世で言うところの警察の役割を果たす警護団が立ち会えば、移住願は発行可能になるとのこと。


「それがあれば、期日までなら簡単な身分証になる。大金を借りたいだとかになると、それじゃ間に合わないがな。だがこれで武具の所有証明や、ギルドカードも発行できる」


 どうやら、彼に会ったことを幸運と認めなければならないようだ。


「なぜ奴隷だった僕らにここまでしてくれるんですか?」


 純粋な疑問をぶつけた。道すがら、酷い扱いを受ける奴隷は何度か目にした。


「なんでかって?」急に彼は人懐っこい顔をした。「おれ、奴隷制度嫌いなんだわ!」


 お礼を言い、彼とは別れた。


「あ、名前きくの忘れたなぁ」


 武具屋に向かう途上、僕は後悔をこぼした。するとフェニは移住願を確認する。


「立会人の欄には、ガリュード・鈴木とあります。犬獣人でしたね」

「ガリュードさんか。また会えるかな」


 売れないピン芸人みたいな名前だけど、彼のおかげで、とりあえずは「存在している人」になれたわけだ。感謝の気持ちでいっぱいになる。


「でも警護署だっけ、そんな所に連行されなくてよかったね。賢木さん……いやフェニの機転のおかげだ」


「恐らくあの方は、私たちが奴隷だという確信をもって声をかけたんだと思ったんです。わざと奴隷ではない……という方向で嘘をつかせようというものを感じました。私たちは奴隷特有の強い臭いを漂わせ、それなのに真新しい服を着ていましたからね」


「怪しいことこの上なかったわけだね。フェニはそこまで考えていたのか……」


「逃走奴隷ということは半分は真実でしたし、トイレに捨てた服は紛れもなく私たちであるという真実。真実を混ぜられて嘘をついた方が、人は騙されやすいと聞いたことがありましたので」


「ああ……そうなんだ」


 好き好きノイズを垂れ流していた今朝とは異なる抜け目のなさに少々たじろぐ。

 腐っても現世では超秀才。僕なんかより頭がはたらくことが今一度頭に認識された。


「そうだ、2人とも咄嗟に偽名を出したけど、フェニの由来は?」


「それは……」フェニは照れた様子で話す。「私は不死身です。不死身、不死鳥、フェニックス、フェニ…………。安直でごめんなさい! 今和野君のロロルは「呪」の漢字を分解するという高度なテクニックが使用されてるのに、私はこんなダサい名前! ロロルはハイセンスなのに!」


「いや待って……」


 僕も悲しいくらい単純だ。ハイセンスなんて言われると僕も恥ずかしくて墓穴に入りたくなる。話題を変えるように僕は明るくしめくくった。


「まっ! ともかく良い出会いだったね!」


 幸運と、身も心も、名前も真新しくて、それが足取りを軽くさせた。


「さ、ロロル君! 道草続きでしたがようやく武具屋通りに到着です」


 武具屋通り。呼び名にたがわず、通りの両側に剣や盾を陳列させた建物が軒を連ねていた。空いたスペースにはアクセサリを並べた露天も目立つ。古めかしい杖や、分厚い本、水晶やらを並べているのは魔法関連の店だろうか。現実世界にはない魔法の存在を強く感じて、胸が熱くなる。煙突からもくもくと煙を上げている建物も散見された。


「武具を作る鍛治工房もこの界隈に集まっています。王都は南寄りからの風が吹きやすいので、工房は北に集まりがちですね。煙で苦情が出てしまうので」


「なるほど! すごいなー!」


 ど素直な感想だった。仕方ない。異世界初心者だし。


「…………えぇ」

(かわいい、はしゃいでてカワイイ、かわいいいい、かわいいいい。やば意識が遠のく)


 フェニの心が伝わってくる。何も言われてないけど、恥ずかしくなってきた。

 少し落ち着かなきゃな、と思った矢先、僕は誰かとぶつかった。キョロキョロしすぎだ。


「にゃんっ!」


「うわわっ!」


 なぜだか絶妙な感じに2人の脚がからまって、オマケに襟元を引っ張られた感覚も加わって、僕は相手を道に組み敷く形で倒れた。たまたま、たまたまじゃなきゃおかしいけど、相手の手が僕の手を掴んでいて……で、僕の手は相手の胸の大きなふくらみに。


「にゃーーーーーーーんッ!! チカンだにゃーーーー!!」


 慌てて離れる。次いで立ち上がった相手の耳にまず目がいった。


 赤い毛並みの猫耳だ。被害を訴えるために開けた口には小さな牙。裾丈の短いサロペットを着ている。先のふくらんだしっぽをぶんぶん振り回す。もちろん偽物じゃない。

 一目でその背が低めの女の子が猫獣人だと分かった。獣人といっても獣と人の割合には差があるようだ。彼女は耳や尻尾以外はほとんど人間と変わらない。中一ぐらいの普通の子だ。でも今はそんなことより、


「ちょっと待ってよ! チカンじゃない! 事故なんだ!」


「言い訳はゆるさないにゃ!」


 職務質問の後は痴漢騒ぎ。ほんとにトラブル続きじゃないか。


「ロロル君、いったいどうしたんですか?!」

「痴漢の容疑がかけられてて。というか隣にいたよね? 証言してよ!」

「すいません。訳あって遠くにいました……」

(はい、意識が)


 僕がはしゃぎすぎて彼女をメロメロにさせたばっかりに!

 だれか〜〜、と涙目であたりを見回すが、みな一様に呆れ顔だ。


「とにかく連行にゃ!」


 信じられない力で引っ張られる。

 どうしよう。ガリュード・鈴木さんが見たらどんなに悲しむだろうか。

 女の子に連れられ、僕とフェニはそのままどんどん道をいく。時折、「またか」とか「今日の獲物か」などといった呟きが聞こえてきた。


「2名様、ご来店にゃ!」


 石造りの床に投げ飛ばされた。連れ込まれたのは武具屋だ。石壁にかけられた、装飾が華美でいかにも高級そうな品々。不思議なことに色味が複雑……刀身がカラフルだった。壁や床に敷き詰められた石には、随所に不思議な光沢があったりと、そこからも高級感が漂っている。


「高級店ですね」


 フェニが呟くと猫娘は「えっへん!」と胸を張った。


「この国きっての! とびっっっきりの、 最々高々品質の品を扱う高級武具屋『アトリエ・ハッピークラフト』にゃ! んでボクは一流の鍛治士、猫獣人のアニスにゃ! んでで、きさまらはボクの客にゃ! さっ、買うにゃ!」


「いや僕らは……」


「あっれぇぇん、いいのかにゃ〜〜ん? 痴漢として警護団に突き出すにゃ? そしたら檻の中…………希望いっぱいの人生を棒に振るにゃ〜ん?」


 弱みを握ったのをいいことに大きく出る猫娘のアニス。


「冤罪だ! 触ったのは触ったけど、事故なんだ!」

「ロロル君、落ち着いてください」


 フェニが毅然とした態度で一歩前へ。アニスも負けじと仁王立ち。向かい合う2人。


「あなたはわざとラッキースケベの展開を生みました。故意に、意図的に、作為的に、胸のようなものの位置にロロル君の手を導きました」


「こいつはチカンにゃ! 目撃者もたくさんいるにゃ!」


「目撃者がたくさんいる……のが証拠です。あの時の目撃者の顔、特に武具屋の店員たちはこういう顔をしてました」ずいっとアニスを上から覗き込むフェニ。「『ああ、またか』という顔です」


 アニスの天を衝くように勇ましかったしっぽがヨレヨレに。しかしフェニは追撃。


「アニスちゃんは、ああいうことを日常的にされているんでしょう?」


「ち、ちがうにゃ! こいつはボクの魅力に理性がぶっとんでおっぱいをさわったにゃ!」


「また嘘をつきましたね」


「にゃん……?」


「痛くないんですか? お胸」


 フェニはアニスの胸をツネっていた。


「針があったら刺して証明してたんですが」


「はわわわ……、いっ、痛いにゃー! 慰謝料を請求するにゃ! 骨が折れたにゃー!」


 お胸の骨か。丸いのかな。


「反応が遅すぎます。行きましょう、ロロル君」

「あっ、うん……」

「まっ! 待ってにゃ!」

「まだキャットファイトするつもりですか?」

「うう……もうしないにゃ、ボクの負けにゃ……。おっぱいもマガイモノにゃ」


 大きな胸のふくらみを揉みしだきながらアニスは膝をついた。


 以上、フェニのちょっと恐い一面でした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る