お着替え
◆お着替え
王都にやってきたのは昨日だけど、こうやってゆっくり歩くのは初めてだ。
石畳の床にレンガ造りの建物が連なる街並み。荷車を引く馬の蹄の音、活気ある人々の声。その中を女の子と肩を並べて進んでいく。生前ならあり得なかった。
「この街は王城を中心にして、同心円上に建物が作られています。どの建物からも城が見えるようにです」
賢木さんは宿にいる時とは違う、キリッとした優等生顔になっていた。
これがデフォルトのようだ。
「面白い景色だね。そうだ、この世界にはものすごく大きな樹がある?」
「それは世界樹、ユグドラシルですね。マナを星の底から吸い上げて育ち、地上に恩恵をもたらす樹です。女神とほぼ同列に信仰の対象となってますよ」
「たくさんの種族がいるんだね」
「はい。エルフ族、ドワーフ族、獣人族、それから街の外には魔物の上位種、魔族も存在してます。あとはクラフトとその子孫などからなる人族ですね。クラフトは神聖視されがちですが、あくまで純粋な転生者であることが条件です。スキルの継承もありますが、血が薄くなるにつれて力も社会的地位も弱くなります」
多国籍ならぬ、多種族な人混み。
「なるほどね。じゃあ基本的にみんなで協力したり争ったり、たまに魔物を率いた魔族の軍に力を合わせて対抗したりして生きているんだね」
「さすがです。よく分かりますね」
「異世界の基本設定だから。ところで街の人はみんな薄着だね」
「服装はマナに関係してるんです。マナは空気中にも漂っているんですが、それを肌からより多く体内に取り入れるためにみんな露出の多い服装をしているんですよ。マナはアンチエイジングにも一役かってますからね」
マナを肌から取り入れるために露出が……。そこは良い設定だと思う。あのグータラな女神のパルフェにしては。
「毛色が様々なのはマナの属性かな」
「はい。取り入れ易いマナの種類は人によって違うんです。マナの属性や、マナにどれだけ影響されやすいかによっても変わりますが、なかでも頭髪は一番変色しやすいんですよ」
「へぇ!」
街を歩くだけで楽しく、嬉しい。二次元の世界みたいに様々な毛色と、あと肌色に。
とは言え、こうも異世界ものの王道設定なのは、あの女神が世界を創ることをないがしろにした結果ではなかろうか。きっとどっかのゲームの設定をほとんどそのまま引っ張ってきたとか。うん、たぶん、そうなんだろうな。
「ねぇ、女神ってどんな人だった?」
どんな人だった、って聞き方はおかしいか。神だし。曲がりなりにも。
賢木さんは言葉に詰まりがちに答える。
「実は、私はクラフトではなくてですね……。罪人なので。だからか女神様には会ってないんです。聞くところによると、かなり美しく聖母のように懐の深い方だとか」
聖母はきっとFPSのゲームに夢中になって世界設定の構築をおろそかにしないだろう。
「さて、異世界のおおまかな説明が済んだところで、私たちがどこに向かってるかもうお分かりですね?」
「ギルドかな?」
「正解です。そのために」
「最低限の身なりを整える」
「はい。ですから洋服店と武器屋に寄りましょう」
「奴隷が2人で歩いてる状況だけど、これは問題にはならないの?」
「奴隷は誰かの所有物です。人の物を勝手に壊せないのと一緒で、街くらい普通に歩けますけど……こんな様子だと」
薄汚い服装の2人。
「冷たい目で見られるわけだね」
「はい……」
(リア充爆発しろって思われるんです)
僕らを奴隷ではなくイチャコラする恋人とくくった場合の話だなそれは。
「お金はどうなってるの?」
「通貨はですね」
賢木さんは、たわわなお胸の谷間に手をつっこむと、なんと財布を取り出した。
あーあ、財布に転生したかったよ。
通過の単位はジェニーだそうだ。
1ジェニー、約1円。硬貨と紙幣がある。
銭はジェニーか。安直だなぁ。
洋服店で高くも安くもない服を買った。
お金は王城を去る時に賢木さんがインテリアをくすねてきたのを売り飛ばして工面したらしい。所持金は約50万ジェニー。王都民の平均月収の約2倍だとか。
買った服に着替えるのは公衆トイレで。奴隷は自分の服を買うことはまずないそうだ。店で着替えたら店員の記憶に残る。王城の様子はまだ分からないけど、追手がいてもおかしくないと構えていて損はないはずだ。クラフトを3人も始末してしまったのだから。
ちなみに上下水道の技術は現世と大差ないらしい。公衆トイレは綺麗で、しかもウォシュレット的なメカが付いていて驚愕した。街に機械的な設備があまり無かったところを鑑みると、女神パルフェは部屋は散らかすけど水回りだけはキレイに保ちたい人柄のようだ。
まぁどうでもいいが、グータラ女神の衛生観念など。
半袖と七分丈のズボン……王都の男性の基本ファッションに着替えて待っていた僕の前に、賢木さんはモジモジと赤面しながら現れた。
「今和野君、お待たせ……」
キャロット……いやキュロット? って名前だったか、一見スカートに見える半ズボン。脇や首周りが大きく空いたタンクトップ。奴隷の身なりとしてぼろ布を纏っていた時とは違う、正当で合法な露出にハートの高鳴りを禁じえない。
「へ、変じゃないですか?」
(しまった、パンツ買うの忘れた……)
マナを介してとんでもない秘密を知ってしまった。
ノーパン…………大問題じゃないか。
「見た目は変じゃないよ」
「そうですか? ならよかったです!」
(かわいいって言ってくれた! 嬉しい!)
ぱぁ! っと笑顔になる賢木さん。
かわいいって言ってないよ、思ってはいるけど。
あと僕は、君がノーパンを微塵も問題視してなかったことにとても驚いているよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます