僕らの目的
◆僕らの目的
気を取り直して。
「よかったらさ、ゆうべのことを説明してくれないかな」
「セルフ撫で撫での気持ち良さについてですか?」
「セルフ撫で撫でが何のことかはあえて質問しないけれど、たぶん僕が聞きたいのはそれより前。王城でのこと」
「今和野君は燃え盛る業火に包まれた王城から私をお姫様だっこして救い出すと」
「ちょっと待って、君が岸野を殺————」僕は言い直した。「倒したんだよね」
「そうでした。マナが通じているからある程度は分かってしまうんですよね」
「いやそこまでは覚えてて」
事実を捏造しようしないでください。
「ハメられた……私」
(ハメられた。え私が死んでいる間にもしかして————)
伝わりかけた拡大解釈を遮るように僕は質問する。
「この国の事情は全く分からないんだけど、賢木さんは死んだ僕をここまで運んでくれたんだよね? 思い出したくないかもしれないから、答えたくなかったらいいんだけどさ、奴隷はそんな簡単に逃げられるの?」
「逃げようと思えば逃げられます」
(あなた様にならどんな内容でも質問攻め万歳)
「でも捕まると殺される……とか?」
だとしたら気持ちが高揚した勢いで「連れ出す」なんて言ってしまった軽率さに腹が立つ。結局は彼女を危険に晒している。
「違うんです。奴隷は初めに酷い拷問をされて、生きる希望を粉々に壊されるんです。だから誰も、逃げようなんて考えないし、思いもしないんです。仮に逃げたとしたら、殺されてもおかしくないです」
「賢木さんも、そうだったんだね」
悲しい気持ちになる。きっと不死身なのをいいことに、他の奴隷とは比べ物にならない仕打ちを受けてきたんだろう。そんなのって、ない。
「あの……今和野さん、こんなことを言うのもおこがましいんですが、もしかして私の精神力の弱さに、怒り心頭に発してます……?」
「え?」
「いえ、細かくは汲み取れないのですが、怒りがマナ経由で……いえ、私の目で見たところ、怒っているようですので」
「賢木さんに怒ってるわけじゃないんだ! 君を痛めつけたやつらに対して、憤りがおさまらないんだよ! よしっ、決めた!」
僕は心が伝わるように真正面から賢木さんを見据えて続ける。
「僕の力は賢木さんがくれた。だから君のために復讐をするよ。僕は僕で、散々僕を苦しめたいじめっ子たちを呪い殺すつもりだ。でも必ず君のことも長い痛みから救いだしてみせる! 異世界なら異世界らしく、そのために僕は旅をするよ」
「その言葉だけで救われました……」
始まりもしなかったよ僕の旅。
それから賢木さんは悲しそうな瞳で少しだけ笑った。
「苦しみから抜け出そうと思えたのは今和野君のおかげです。お供させてくれますか?」
「もちろん。お供が僕でよければだけどね。マナの真心を伝えられるように頑張るから」
「はい…………」(好き好きしゅっきぃ)
マナ経由の好き好きノイズが一層大きくなった。違うと分かっていながらも窓の外に目をやる。快晴だ。でも好きが聞こえてくる。降ってくる。まるで豪雨、篠つく雨。
「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」
あっ、実際に口をついて出てたんだ好きが。
とにもかくにも、僕ら2人の目的は定まった。
「じゃ、行こうか」
手荷物も何も無かったから、僕らの旅立ちはすぐだった。
チェックアウトの際、フロントには猿がいた。猿人というのか、毛深い人なのか分からないけど、せっかく異世界だし猿人であって欲しい。なんだか気分がプラス方面に作用していて、強い知的好奇心と行動力に溢れてきた。
「お前らは二度とツラ見せるな」
うん。気分がプラス方面に作用してるから、開口一番がそんなセリフでもめげない。だってもしかしたら、それがこの世界の朝の挨拶かもしれないし。
「おはようございます、チェックアウトしますね」
ちっ。あからさまな舌打ちの後に呟くように「おはよう」と猿人さんは言った。根は良い人なんだなと思ったけど、この世界の朝の挨拶が「二度とツラ見せるな」じゃなくて辛くなってきた。
「チェックアウトっても金はもらってるしな、物壊してなきゃそれでいい。が、言っとっけどウチはなぁ、そういうホテルじゃねえからな? 金のないやつが夜露しのぐためになけなしの銅貨をはたいて泊まる安宿なんだよ。汚くても泊める。追手がいたってとりあえずは匿う。でもな、みんな疲れてんだ。夜は静かにしろ。この淫獣が!」
淫獣? 何の話だ? って疑問と、僕の神棚制作のために壊されまくった部屋を見られたらヤバいという2つの気持ちがベーゴマみたいにぶつかって火花を散らす。
「物壊しでもしてたら殺してやるからな」
僕らはそそくさと宿を後にした。約十秒後に聞こえた怒鳴り声を背に2人して走り出す。
「すいません、私がセルフ撫で撫でに耽溺してしまったばかりに」
「セルフ撫で撫でってなんなのさ」
「あの……寝ている今和野君の手を使って頭を撫でることです。それが気持ち良くて、やがて自制心を失って、心の声が言葉となって溢れてしまって」
「気持ちいいー、って……?」
「はい。それで彼が一度注意しにドアの前まで来たんです」
「え? うるさいぞーって?」
「はい。うるさいなーって私は思って、追い返すためにわざと声量を上げたんです」
気持ちいいーって叫び散らしたのか。
「そりゃ淫獣呼ばわりされるよ……」
苦笑いした。でも自分の目線が無意識のうちに、走っていることにより跳ねまくる賢木さんの胸に吸い寄せられていると気がつく。
淫獣と元奴隷の旅が始まった。
幸先は、まぁまぁ悪くないと思う。
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