お約束の



◆お約束の



 耳元で愛をささやかれているような、くすぐったくも心地よい感触があった。時間が経つにつれ、やはりそれが言葉だと分かってくる。


 好き。


 好き、しゅきぃ、しゅっきぃ、好き、すきスキしゅーき、しゅき、しゅきぃ、あ〜〜しゅっきぃ。


 目が開いた。てっきり夢なのかと思っていたけど、しゅきしゅきした音は止まない。耳のあたりに手をやっても、何もない。


 また死んだのか————。


「おはようございます」

「うわっ!」


 驚いて半身を起こすと、すぐそこに賢木さんがいた。僕の下半身に乗るようにして横になっている。頬杖を2本ついていて、寝起きの僕と上目遣いで視線がぶつかる。視覚的情報を得たおかげで、彼女のからだのやわらかさがリアルに伝わってくる。全身の血の巡りを感じて、生きているのだと深く理解した。


「あの、賢木さん……?」

「はい、今和野君」


 しゅきしゅき、好き好き…………とやっぱりきこえる。

 黙ってたらいろいろマズイと考え、とりあえず話す。


「なんかさっきから、なんでしょうね、しゅきしゅきーって音がきこえません?」


「ええっ! ほんとですか!?」彼女は目を輝かせた。「それは私と今和野君のマナが通じ合っているからです! えっ、えっ! どうしよう、通じ合ってるー!」


 人の体の上で恥ずかしさに悶える賢木さん。不規則な力とリズムでへこんだり伸びたりする二つの小惑星が僕の理性を壊してくる。随分と弾力のある星のおかげで、何かがビックバンを起こしそうだ。


「通じ合ってるなんて! よろこびビックバン!」


 先に向こうで爆発が起きてしまった。


「び、ビックバンは分かったけど……、マナ? 通じ合ってるって?」

「すいません! ひとりで舞い上がっちゃって!」


 ようやく落ち着いた賢木さん。依然、僕の上からどく気配はないけど。


「あのですね? 今和野君は、異世界モノの漫画って読みますか?」


 あれ、なんか聞いたことあるイントロダクションだぞ。


「この世界は、それなんです」


 この世界はセリフに文字数制限でもあるのか?

 ちゃんと説明してほしい。

 僕は予想を口にしてみる。


「えっと、空気中や土地にマナと呼ばれる魔法の力的なものがあって、それが魔法やスキルを使うのに必要なのかな? 街のインフラ設備にも利用されていたりして、マナ濃度が濃いと目に見えちゃったりもして、きっとマナにも属性とかがあったりして」


「すごい……! アレだけの説明で理解するなんて、なんてスマートな頭脳なんですか……。惚れが追加されます。好きなところをノートに書き出して一冊の本として自費出版したいです」


 たくさん喋ってるから、やっぱり文字数制限は無さそうだ。


「自費出版なんて大変だからやめなよ。あと、通じ合うっていうのは?」

「私の労力を気遣うなんて…………神?」

「違う。あれかな、それぞれの人が持つマナの属性や質感が近いと、もしかして心が通じ合ったりして、テレパシーに近いことができるのかな?」

「まさにその通りです」


 賢木さんはようやく僕から離れた。何をするのかと思えば、天井や壁の剥がれたところをメキメキと破壊していく。

 ここでやっと僕は室内を観察した。粗末なベッドが一つある以外、何もない。割れた窓からは王城が見える。ここは宿屋……なんだろうか。ところで、


「何してるの?」

「ちょっと今和野君を祀り上げる神棚を作ろうと思いまして。他に何かして欲しいことはありますか?」

「うん。ここを新進気鋭のデザイナーが手がけたみたいな吹き抜けだらけの部屋にしないでほしいかな」


 とりあえず彼女をベッドに座らせ、深呼吸するように促した。


「すーーーー、はー。すーーーーーー、はー」


 賢木さんは息を深く吸い、短く吐いていた。絶えることのない好き好きノイズに混じって聞こえてきたのは、


(今和野神の呼気を出来るだけ多く取り込み、吐くのはごく僅かにとどめなきゃ!)


 という声。


 なるほど、これが通じ合うってことか。

 というか、今和野神って。僕はパワースポットの中心なのかな?


 あれ……? ということは僕の心を筒抜けということか? ふと先ほどの賢木さんの弾力を思い出す。邪なる心も見抜かれていたと思うと凄まじい悪寒に襲われた。


「どうしました!? 今和野君!」


「いや……僕の心も読まれてるのかなって思ったら怖くなって……。バレバレなの?」


「あ、はい」彼女は頬を赤らめた。「このメス豚の乳を揉みしだいて平伏させて、お尻をスパンキングして散々鳴かせた挙句ブチこんでやるぜ! このオレさまの————」


「ちょちょちょッ! そんなこと思ってないよ!」


「えっ…………? 思ってないんですか?」


 いや、思ってないと言えば嘘になったりならなかったり、したりしなかったりするかもしれないけど。

 賢木さんの表情が見る見る凍り、青ざめていく。


「たしかに、通じ合ってるとか言いながら、私には今和野君の心はきこえません……」


 そうなの?

 僕の心の声は賢木さんには届いていないのか。


 数秒の沈黙の後、彼女はふらりと立ち上がり、隅に打ち捨てられていた麻縄を手に部屋を出ていこうとする。


「あの……、どちらに?」


「ひとりで舞い上がっていたと忸怩にいる思いでして。ちょっと一回死んできます」


「ちょちょちょ!」


「止めないでください。今和野さんの心がきこえないのは今和野さんが私に心を閉ざしてるからです! それにいくら今和野君と朝を迎えられたからってさすがに馴れ馴れし過ぎました! 調子に乗ってました! いいんです! どうせ死んでも生き返りますから!」


「違うよ! 僕は辛い日常から逃げるために心を閉ざしていたんだよ! マナを届けてあげられなくてごめんね! あと生き返るからって賢木さんが死ぬの僕は辛いよ!」


「………………嬉死にしていいですか?」

(心配してくれるなんて)


「いや、だから死なれたら悲しいよ」


「くぅっ!」


「あ、嬉死んだ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る