1日ぶりの怨敵たち
◆1日ぶりの怨敵たち
クラフトたちの集会、もとい同窓会は王都の中心にある王城で行われるようだ。
目隠しを取られ、目線だけ巡らせた狭い部屋の窓から見えるのがそれに違いない。
城は王都のどこにいても視界に入りそうな大きさだった。空にいくつもの尖塔が飛び出し、全体は炎を模った威圧的な彫刻を施されている。豪華だ。建立を命じた者がいかに目立ちたがりかを想像させた。身分はともかく、会っても仲良くなれる気はしなかった。
知らぬ間に日は落ちた。
ナイフをチラつかせて僕から現世の状況を聞き出した青年は緊張していた。僕と背格好が似た彼は、僕の替え玉としてクラフトたちの集会に入り込むらしい。そして外の仲間を手引きする。無茶な気もするが、生徒手帳を持っていることが転生者であるなによりの証拠になる。僕の制服に着替えながら、
「他には?」
と何度も聞いてきた。現世の情報を少しでもむしりとろうとして。
同窓会でクラフトの情報や、調度品などを盗むのが狙いの彼らは女神やクラフトを信仰してはいなかった。信じているのは金だけだった。
国にもよるが、信仰心をもたないのは珍しいようだ。むしろリーダーにはクラフトを怨んでいる節さえあった。
「特に前回の奴らはおかしい。クラフトめ」
と苦々しくこぼすのを聞いた。
彼らは【怨呪】のスキルのことを知ると、
「そりゃスキルを見せろと言われてもできない言い訳になるな」
と笑っていた。
言い訳じゃない。実際にそうなんだ。
生徒手帳に貼られた僕の顔写真は上手いこと汚していた。
クラフトの情報や、王城内の物には、危険をおかしてまで欲する価値があるのか。
そして時間となる。
去年のクラフトたち、つまりは僕の学校の面々は王城の門をくぐり、城の内部に入る前の大きな扉の前で駄弁っていた。そこだけ見るとただの高校生だ。
その中で僕は偽の今和野のそばに控えていた。酒やら何やらの土産物を運ぶ奴隷として、だ。
この世界で奴隷は珍しくないようだった。現に、ここへ来るまでに何人も目撃している。ぼろ布を纏い、俯き、体の痣をさすりながら、縮こまった人々。皆一様に、生気のない視線を地面に落としていた。
今すぐみんなの前で偽物を糾弾したかったけれど、僕は体中を激痛に見舞われていたし、なによりアゴの骨を砕かれていたのだ。だから行動を起こす気力は削がれていた。
下手に騒いで殺されたら……?
僕は他の奴隷たちと同様、ご用命を待って隅に立ち尽くしているだけのデクノボウだった。
ふと気づいた。奴隷の中に知った顔があったのだ。
賢木さん。
彼女はクラスは違ったけど、学年のマドンナだった賢木藤美。成績も上位で「黒髪巨乳の高嶺の花」と言われてたっけ。
苦痛の日々の中で、彼女の存在は僕を癒やしてくれていた。だけど今は見る影もなく薄汚れて、高嶺の花とはとても呼べそうもないけど。
信仰対象のクラフトとかいう転生者がみな良い暮らしをするわけじゃないのかな?
案内され、皆は城内へと。広間…………名前の通りだだっ広い部屋へと。
長いテーブルに、見たこともない料理が並んでいた。
「いやぁ〜しかしよぉ、まさかオレらのクラスにまだ転生者がいたとはなぁ!」
僕は痛めつけられたことで耳鳴りがしていて、目も霞んでいたから、一体そこに誰が集まっているのかさえ確認できなかった。
王城に集まれることからも成功したクラフトたちがいかに特別待遇なのかはうかがえたけれど。
「しかしよ、なんでおれらはお前のことを覚えてないんだ?」
「女神様曰く、こっちでの目覚めが遅かったために、思わぬエラーが出たんだってさ」
「なんだよそれ、不運だな。まぁ言われてみれば今和野なんてやつもいた気がするわ! お前もしかして【忘れられちゃう】スキルでも持ってんのか?」
笑いが起こる。
そんな役立たずなスキルがあるか、という笑いだ。
「僕のスキルは【怨呪】っていうんだ。使うと自分に呪いが返ってくるから、迂闊には使えない。とんだハズレスキルだよ」
「あーたしかに! そんなスキル残ってたわ!」
余りのスキルのこと、当時のクラフトたちしか知り得ない情報を開示したことで、僕の替え玉の嘘はすんなりと皆に信じられていた。上手く質問攻めをかわす。
迂闊に生徒手帳を出した僕とは比べ物にならないほどの警戒心の高さだった。
しかし、限界はある。
緊張のせいか彼は喋り過ぎた。
懐疑のきっかけは、話が女神にまで及んだ時だった。女神の話を偽物が切り出したのが失敗だ。
「でも記憶にエラーなんて困ったよ。あの女神、とんだグータラだよな」
そのセリフであたりは静まり返った。
あのグータラ女神、彼らの前では立派な女神像を演じ切ったわけだ。
「グータラって?」
「女神のこと? なんのこと?」
「おやァ〜?」
一気に疑いは伝播していく。
「こんな時はお前の出番だろー?」
はやしたてられて、誰かが立ち上がった。
「今和野君、私のスキルは嘘を見破るわ。では質問」
皆が次の展開、次ぐ言葉を待つ。彼女がたずねる。
「あなたは今和野一?」
「も、もちろんそうだって……」
「スキル【看破】!」
何が起こっているのかよく分からなかった。
ただ僕の偽者が暴れ出したようだ。暗器を振り回し逃げようとする。
「遅えよ偽者ォ」
国島だ。偽者は蹴り飛ばされる。今和野飛ばしではレコードとなる飛距離だった。
カラン、と音を立てて彼の短刀が大理石の床に落ちた。おしまいだ。僕の偽者は嬲り殺された。「片付けろ」と命じられ、死体を僕と賢木さんとで建物の外まで運ぶ。逃げられるかもと思ったのも束の間、哨戒兵に尻を蹴られて広間に戻された。
「なーんだよ、新入りが来たと思って浮かれちまったぜ」
「やっぱりあの日、女神様の御前に集まった者だけのようですね」
落胆の空気が蔓延していた。偽者が連れてきた奴隷の僕が、本当は誰の奴隷であるかなど意に介していない様子だった。奴隷がどれだけ不遇であるかがそれで推し量れる。
「ツマンネーなぁ」
口々にそんなセリフが。
「じゃあ腹ごなしでもすっかー」
始まったのは奴隷飛ばしというゲームだった。女子たちは談笑を続けるが、男子たちは奴隷で遊んだ。
1年経ったって話なのに、変わらないな。
国内での一大イベントであるはずのクラフト集会は、価値ある話は何もせず、お開きとなった。ノリで集まっただけの体育祭の打ち上げみたいな、そんな感じだ。
城の外にはすっかり夜の帳が下りていた。夜風に乗ってくる喧騒は、町のお祭りの騒ぎなんだろう。楽しそうな笑いと、美味しそうな匂いが僕を苛む。城内のランプ、LEDなんかじゃない不思議な灯りが異世界で初の夜を照らしていた。それを楽しむ権利はない。
僕はと言うと、他の奴隷たちと一緒に並んでいた。
飽きもせずだ。男子たちに、腹ごなしのサンドバッグとされる奴隷たち。
端っこの方では酔っているとしか思えない、妙なテンションの男子と女子が何かゴソゴソとやっている。
なんだよ。
この世界も地獄じゃないか。
順番が来た。僕の方が飽きた。痛くて苦しい暴力を受け、地面に伏す。
僕の次は賢木さんだった。彼女は実に酷薄な暴力を受けていた。まるでいくらやっても壊れないバルーンだとでもいうように、腹ごなしの運動は続いた。
「さすがに飽きた」
誰かが月明かりに反射する、細くて、棒状のなにかを、賢木さんの胸に突き刺した。
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