第3話

 ファミレスに行き、食事をする。デート代は客が持つことになっている。


「ごめんなさい。こんなものしか奢れなくて」


「いえ、全然。値段より、誰と食べるかが大事ですよ」


 そう言いながら鉄板の上のハンバーグを切る所作は綺麗だ。高級料理は食べ慣れているのだろうか。聞いてみると、彼女は「店長から最低限のテーブルマナーは身につけておけと叩き込まれましたので」と笑いながら答える。それにしたって上品だ。育ちが良いのだろうかと問うと、全然と首を振った。


「普通の家ですよ。普通の。……それより聖子さん、ご飯小盛りでよく足りますね」


「少食なので」


 嘘だ。本当は足りない。だけど、昔好きな人に言われた。『女のくせによく食べるな。太るよ』と。小学生の頃の話だが、彼の言葉は未だに突き刺さって抜けず、あれ以来人前で大盛りを頼むことが恥ずかしくなってしまった。

 対する彼女は、何も気にせずにご飯を大盛にした。私の倍以上は盛られている。しかし改めて見ると、細いが筋肉質で健康的な身体だ。余分な脂肪は一切ない。


「リクさん、そんなに食べるのによく太らないですね」


「えー? 太るほど食べてないですよ。むしろ、食べない方が良く無いんですよ」


 そう言って彼女は切り分けたハンバーグを私のご飯の上にそっと置いた。


「女の子は、いっぱい食べる方が可愛いですよ」


 彼女のその一言と優しい笑顔が、私の弱った心に染み込んでいく。


「……ありがとう。いただきます」


「うん。食べて食べて」


『聖子さんも、気をつけてくださいね。うっかり僕に惚れないように』

 彼女の言葉を心の中で復唱し、ときめきかけた心を抑える。そんな時だった。彼女が何かに気づいたように、ポケットから携帯を取り出した。そして私に告げる。「お時間十五分前です」と。


「延長されます?」


「いえ……今日はありがとうございました」


「いえ。こちらこそ。食べたら出ましょうか。駅までお送りします」


 食事を終えて、支払いを済ませて、駅まで向かう。一番安い一時間のコースで予約をしたが、思ったよりあっという間だった。もう少し長いコースにすればよかった。


「では、聖子さん。今日はありがとうございました。お元気で」


 駅前で別れた彼女は『またのご利用をお待ちしております』とは言わなかった。『次も会いたくなるように頑張りますね』と言っていたのに。そのことがどうしても引っかかり、戻って、タバコを吸いながら携帯をいじっていた彼女に声をかけてしまう。


「うわっ、びっくりした。どうしました? 忘れ物?」


「……ます」


「ん?」


「……また、指名します」


「今日だけって言ったのに」


「……思った以上に楽しかったので」


「そうですか。楽しんでいただけたなら何よりです。……夢のような時間を提供するのが僕らの仕事です。ですが、あくまでも、夢は夢。どうか、現実と混同なさらぬよう」


 芝居がかったような口調で言われ、ぽかんとしてしまうと、彼女はくすくす笑いながら「要するにあまりのめり込み過ぎちゃ駄目ですよってことですよ」と言う。だから彼女は『また』とは言わなかったのだろうか。


「大丈夫です。私は男が好きなので」


 自分に言い聞かせるようにそういうと、彼女は「へー。あぁそう」と呟いた。優しい彼女から発せられたのかと疑うくらい冷たい声色に驚き顔を上げると、彼女は変わらない優しい微笑みを携えていた。今のは幻聴だったのかと思っていると、彼女はその顔のまま私と距離を詰めて、私を抱きしめる。


「リ、リクさん……!?」


 タバコ臭ささに、甘さと爽やかさを加えた官能的な香りに包まれ、心拍数が上がる。タバコ単体の匂いは苦手なのに。なんだこのエロい匂い。香水でもつけているのだろうか。


「では、次回は是非、ヘルスコースでのご予約を」


 そう耳元で囁かれ、ちゅっとリップ音を鳴らされる。驚く私に、彼女は妖しく笑って言う。「またのご利用をお待ちしています」と。『あまりのめり込み過ぎちゃ駄目ですよ』と忠告をした同じ口で。


「ど、どっちなんですか……」


「はははっ。こちらも営業ですからねー」


 開き直るように、彼女はけらけらと笑う。私は男が好き。そのはずなのに、彼女の殺意にも似たとてつもない色気が、いとも簡単に私の心を掴んでしまった。

 あるいは、色気だと思っていたそれは本当に殺意だったのかもしれない。私は男性が好きだから女性である貴女には惚れないと宣言してしまったことで、彼女の中に眠る悪魔を煽ってしまったのかもしれない。

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