第2話

 当日。待ち合わせ場所に十分前に着くと、写真で見た人物とよく似た人が柱にもたれかかってタバコを吸っていた。服装も写真と同じだが、優しそうな雰囲気とのギャップに、思わずドキッとしてしまいながら、本人だろうか、人違いだったらどうしようと声をかけるのを躊躇っていると、目が合い、微笑まれる。その笑顔は写真で見たものと同じだった。近づくと、彼女はその笑顔のまま手を振る。


聖子せいこさんですよね?」


 キャップを脱いで頭を下げた彼女は、少年のような見た目に、声まで少年のようで、背も思った以上に高い。だけど、身体のラインはちゃんと女性。中性的という言葉がこれほど似合う女性は初めてだ。


「あれ、もしかして人違いでした?」


 苦笑いされ、ハッとする。


「あ、す、すみません。えっと、予約した聖子です。今日はよろしくお願いします」


 慌てて名乗ると、彼女は「リクです。よろしくお願いします」と笑った。


「今日はデートだけで良かったですよね?」


「は、はい」


「じゃあ、お代金先に頂戴しますね」


「あ、は、はい」


 あらかじめ封筒に入れておいたお金を彼女に渡す。彼女はそのお金を数えて「ちょうどいただきました」と微笑んだ。モナリザのような、上品な微笑み。そういえばモナリザは女性と男性の両方の特性を併せ持っていると聞いたことがある。そういう意味でもモナリザのような人だなと思った。


「聖子さん、今日はなんでを指名してくれたんです?」


 一人称が僕。中学生の頃、キャラ作りで一人称を"僕"にしていた女子は何人か居たが、大人になるにつれて周りに合わせて"私"に変わっていった。

 彼女のそれはキャラ作りだろうか。しかし、キャラ作りにしてはあまりにも自然だった。それにしても……


「ん?」


「……顔が良い」


 見つめられて、思わずこぼしてしまうと、彼女は「顔かーなるほど」とくすくす笑う。自分の思考が漏れたことに気付き慌てて訂正すると「じゃあなんでですか?」と彼女は楽しそうに笑いながら問う。言えない。気付いたら予約していたなんて。


「な、内緒です」


「えー? まぁ良いや。僕は言いたくないことは聞かない主義なので、言いたくないならこれ以上は聞かないであげますよー。聖子さんの方は何かあります? 僕に聞きたいこと」


「えっ、えっと……」


「なんでもどうぞ」


「……じゃ、じゃあ、年齢を……」


「年齢? あれ? ホームページのプロフィール欄に書いてあったけど見てないですか?」


 一目惚れして、気づいたら予約していたからプロフィールは一切見ていない。そもそもプロフィール欄があったことさえ気づいていなかった。


「まぁ良いや。年齢ね。二十一歳です」


 私より五つも下だ。


「若いのになんでこんな仕事……」


 言ってしまってからハッとする。不快にさせてしまったかと思って顔を見上げると、彼女は変わらぬ微笑みを携えて答えた。


「女の子が好きだからですよ」


 と。そして彼女は続ける。


「可愛い女の子とデートするだけでお金がもらえるんですよ。こんな割の良い仕事なくないですか?」


「で、でも、デートだけじゃない場合も……」


「ありますよ。そりゃ。風俗ですから。……興味あります?」


 そう言って彼女は私の手に指を絡めた。驚いてもう一度彼女の方を見ると、彼女は煽るようにふっと笑ってこう言った。


「次回指名する時は、お願いしますね?」


「じ、次回って……ごめんなさい。今日だけのつもりだったのだけど」


「そうでしたか。それは失礼。じゃあ、次も会いたくなるように頑張りますね」


 そう言ってから彼女はこう続ける。「こっちも営業ですからね」と。


「うわ、正直」


「あははっ。下手に嘘つくより、これくらい開き直った方が意外とリピートしてもらえるんですよ。それに……」


「それに?」


「営業だってはっきり言った方が、勘違いさせなくて済むでしょう?」


 そう言う彼女の鋭い視線が、私の心を見透かしているようでドキッとしてしまう。絶対に恋心は抱かないでねと、一線を引かれた気がした。


「聖子さんも、気をつけてくださいね。うっかり僕に惚れないように」


「ほ、惚れませんよ。私は……男が好きだし」


「そう言う人ほど簡単に落ちるんだな〜」


「お、落ちませんよ」


 私は男が好き。だから彼女を好きになることなんて、あり得ない。心の中でそう言い聞かせる。そんな私に、彼女は笑いながら軽い感じで言った。「言質とりましたからね〜」と。

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