第5話 八百万家の朝

 今日からゴールデンウイークだけど寝過ごせない。

 なぜなら、今日はクラスの友達、それと、恋人との旅行なのだから。

 神人は朝起きて、目覚めと同時にアンファに二度寝誘惑をされるもなんとかベッドから脱出。

 朝も目覚めのシャワーと、ルゥのゴシゴシご奉仕を受ける。

 テーブルの上には、母が既に朝食を用意していてくれていた。

 皿もテーブルも「普通のもの」ではあるが、イスだけは違った。


「坊ちゃま……はやく……私の背中に……坊ちゃま……」

「あっ、お、おはよう、チェア」

「さあ、今日は旦那様が不在ですので、坊ちゃまが私にお座りください……思いっきり、体重をかけて、私を押しつぶすように!」

「わ、分かったよ……じゃあ、えいっ!」

「あああん♡ こ、これ、この重み♡ ああ、旦那様と違う……坊ちゃま~」


 四つん這いになって息を切らせているのは、イスの神様である『チェア』。

 頼りなさそうにプルプル震えているが、いわれた通りに思いっきり体重をかけて座ると、すごい嬉しそうにする。

 普段は家主である父が座っているが、今日のように父が居ない日に誰も座らないと不貞腐れるので、その時は神人が座る。


「父さんは?」

「お父さんは、朝早くから神様探しに行っちゃったのよ。最近、そればかりで、本当に困ったわ」


 キッチンからエプロン姿の母親が顔を出して困った表情を浮かべている。

 それに、神人も頷いた。



「ほんと、何だかおかしな話だよね。『物を大事にする八百万家に感謝』ってことで、その恩を返すために神様が神の国からこの地上に降りて来たなんて」


「ええ。八百万家の血を引く、父さんや神人くんが触れるまでは、何の変哲もない普通の道具としてお店で売られているけど、触れた瞬間に神様の力を覚醒させて、元の姿になることができる。でも、ここまで来たら、信じちゃうしかないよね?」



 高校入学前に、新しい掛け布団を神人に買おうと両親がデパートで買い物したとき、神人が偶然触れた布団がアンファになった。

 その時、色々と大騒ぎになる前に両親がアンファを連れて帰り、事情を聞いたところ、よく分からない説明を神人たちはされた。

 とりあえず、理解できたのはこの三つ。



・現在この世に、八百万家に仕えるために、いくつもの神が八百万家との出会いを待っている。


・八百万家の血を引くものなら、もし神の宿っているものと巡り合ったら、触れた瞬間にそのものは人の姿になって現れる。


・一度人の姿になった神は、一生劣化することなく、主と生涯を共にする。



 その結果、神人はもともと自分用に購入される予定だったアンファを所有することになり、そして偶然百円ショップで買ったボディタオルと歯ブラシが、ルゥとブラシィになり、今のような生活を送るようになった。

 ちなみに、この家には、イスの神様チェアの他にも、今はキッチンに居るが包丁の神様やら、皿の神様、箸の神様なども居て、八百万家に仕えている。。


「それより、神人くん、今日から旅行でしょ? 何時ぐらいに出るの?」

「あ、うん。早めに出るよ。集合前に、迎えに行ったり、ホームセンターで色々買わないといけないから」


 と、今はそんなことを考えている場合じゃなかったと、神人は時計を見た。

 駅に集合時間なのだが、時間的にはまだ早い。

 しかし神人には駅に行く前に、彼女を迎えに行かなくてはいけないという使命と、単純に必要品の買い出しを頼まれていたこともあり、少し早く出ることにしていた。

 すると、「旅行」という単語に三人の神人の所有物が慌てて顔を出した。


「ま、待て、御子様! 今、旅行と言ったか? そんな話、聞いてないぞ!」

「ええ、一体どういうことよ! しかもそれってまさか……泊まり?」

「坊や様……ご説明戴けないでしょうか?」


 不安げな顔を浮かべる、ブラシィ、ルゥ、アンファの三人。

 神人は「あちゃ~」と失敗したことに気付いた。


「う、うん、クラスのみんなと、それと弥美さんっていう俺の彼女と……山の温泉で、弥美さんの家が所有しているホテルなんだって……」


 ちなみに、三人が慌てているのは、「最愛の主が女と外泊」ということについてではない。


「ほ、ホテル……だと? では、御子様……歯を……どうやって磨くのだ?」

「ねえ、正直、全然、まったくこれっぽっちも微塵も興味ないのだけれど、誰があんたの体を洗うの?」

「誰が坊や様の体を包み込んで一夜を過ごされるのです?」


 何の歯ブラシを使う? 何のゴシゴシタオルを使う? 何の掛け布団をかける? それが彼女たちの一番慌てていること。


「ほ、ホテルの部屋に備え付けのものが……」


 顔色をうかがいながら、神人がそう言おうとした瞬間、三人は鬼の形相で神人に詰め寄った。



「ふざけるな、御子様! では、貴様は、金さえ払えば誰の口にでも入るような使い捨てビッチ歯ブラシを使うというのか!」


「その体をこれまで洗っていたのは誰? 汚れを落としていたのは誰? あんたの体を隅々まで知り尽くしているのは誰? それなのに、今さら他の安物ビッチタオルに……このふしだら野郎!」


「坊や様、どこの馬の骨かも分からぬ行きずりのビッチ掛け布団に、坊や様を預けるわけにはまいりません!」



 自分の使命とも言うべき役目を、どこの馬の骨とも知れない日用品にさせるなど、神としての誇りが許さない。


「歯取られなど許すものか」

「別にあんたなんていらないけど、洗い取られなんて納得しないわ!」

「被り取られは屈辱です」


 それは神たちにとっては寝取られにも等しい行為であった。

 ゆえに、一歩も引かないという態度で神人に詰め寄った。


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