第4話 歯ブラシのヒロイン

「あらあら、『ブラシィちゃん』ったら、ヤキモチは坊や様に嫌われちゃうわよ?」

「あいたたた、ブラシィ……別に忘れてたわけじゃないよ……」


 ブラシィ。そう呼ばれた女がベッドの脇で仁王立ちして神人とアンファを見下ろしていた。

 スラッとした長い脚に白い肌。身長は神人より少し大きい程度。

 白いレースのロングネグリジェを纏い、その下からは真っ白いブラと下着が確認できる、色っぽさと清潔感を感じさせる恰好。


「な、き、嫌われ……お、子様、私はただ、御子様に清潔な歯をと……」

「う、うん、大丈夫だよ、ブラシィ。そ、それじゃあ、磨いてくれる?」

「あっ! ぎょ、御意! ただちに!」


 プルンと震える唇、流れる白銀の美しい髪と、凛とした美しい容姿に加え、その冷たく鋭い目が時折弱々しくなるギャップに、神人はいつもドキッとさせられていた。

 そして、彼女は立ち上がった神人にジャンプして、両足を神人の腰に巻き付け、無理やり抱っこさせる態勢になった。

 思わず非力な神人はよろけてしまうが、しっかりとブラシィを抱きかかえる。


「それでは、御子様。洗面所に向かいながら、ゆっくりと……な?」

「は、はいいい、お、御願いします……」


 お手柔らかに御願いしますと神人が頭を下げた瞬間、ブラシイは両手で神人の頭を掴み、そして……


「ん、ぶちゅうううるうう、ぶちゅううる、ぶちゅぶちゃごしゅごしゅ」

「んんん、ん、んるう、ンッ!」


 唾液をテラテラと光らせた舌を、神人の口内へと侵入させ、力強く何度も何度も蹂躙した。

 歯茎の一つ一つに至るまで念入りに舌を這わせる。


「ちゅぶうう、ぷはっ、御子様……今日もファーストフードを食べたな……」

「う、うん、帰りに寄って……」

「まったく、今日もか。最近そんなのばかりだ。ちゃんとしたものを食べないと、歯にも悪いぞ? んじゅぶうつうるう」

「ん、ぐ、う、うん、わちゅってるよお」

「ぷはっ! 今日も念入りに磨いてやる。私の唾液は地上に存在する歯みがき粉とは比べ物にならん。私で御子様の口内を満たしてやる」

「はうわっ、だ、らめらよおお、もうしょろしょろ」

「ダメだ! まだ全然磨いてない! 私は歯みがきに妥協はしない!」


 濃厚に、濃密に、とにかく濃く念入りにねっとりと。

 流石に呼吸が苦しくなって神人が口を離そうとするが、逃げる神人の頭を掴んで、ブラシィは逃さない。


「御子様に常に清潔な白い歯と素晴らしい香りの口臭を。それが、『歯ブラシ』の神である、この『ブラシィ』の務めだ」


 それが自分の使命なのだと、ブラシィは誇らしげに、何度も神人の口内に舌を這わせた。



「それに、御子様……アンファは御子様が睡眠する七時間、ルゥも御子様が入浴する一日二回の合計二時間、御子様に奉仕できる……だがな、私は……どんなに頑張っても数分しか御子様に奉仕できないんだ……」


「ぶ、ぶらしい……」


「御子様が私を学校に携帯してくれるのであれば、少しは奉仕の時間も増えるが……」


「だ、だめだってば、それは! みんなに言い訳できないよぉ!」


「だから、この数分はいつだって命がけ! 私の誇り、私の全てを懸ける時! ゆえに、御子様……妥協は許さない!」


「んぐううううううううっ!」



 ブラシィの口を伝わって、舌と一緒に唾液が口内を侵入し、その唾液がやがて歯磨き粉のように泡立って、甘い香りと同時に歯をごしごしと磨いていく。

 力強く磨き、時には歯茎を傷付けないようにソフトに変化も加えていく。

 そう、これは歯みがき。ただの歯みがきなのである。


「にしても、御子様。やはり、ジャンクフードは独特な匂いと油のヌルヌルが充満しているな。もう少し強めの歯ブラシがよいな」


 だが、懸命に己の職務を遂行していたブラシィが少し不満そうな顔をする。

 神人的にはスースーするぐらい歯茎の風通しも良くなるほどスッキリと磨かれていると思うのだが、ブラシィはもっと成果を求める。

 そしてあまつさえ、別の歯ブラシを使うと言い出した。

 すると……


「舌ブラシ……指ブラシ、胸ブラシ……色々とあるが、御子様にはこれが良かろう」


 そう言って、ブラシィは駅弁の状態から足を床に下ろし、そのままゆっくりと神人を抱きしめながら床の上に寝かせていく。


「床で背中が痛いかもしれないが、少し辛抱だ、御子様」

「あっ……ひょっとして、ブラシィ……アレを?」

「うむ」


 神人が何かを予想し、「正解だ」とブラシィは頷く。

 するとブラシィは、手を伸ばして自身のネグリジェをたくし上げる。


「ッ!?」


 その姿に神人の興奮は再び最高潮に。


「むぅ……歯ブラシに欲情するとは……本当に変態な御子様だ……ふひ♥」

「ご、ごめんよ、ブラシィ……」

「あいや、気にするな。それに……わ、私は神であるからな。うんうん。歯ブラシだが……は、歯以外だってゴシゴシできるのだ……」


 そう言って「仕方ない仕方ない」と言いながら、ブラシィは神人の顔面から態勢をずらしていく。


「不本意だが歯ブラシは人間に……靴を磨くのに使われたり、水回りの掃除に使われたりする……そして神の歯ブラシともなれば……こ、こういったプレイに使えるというか……と、とにかくこれも正しい使い方なのだ! 全然、お、おかしくないのだ! だ、だって、ココもある意味水回りだし!」

 

 そう言い訳をするかのように、ブラシィは神人の腰の位置まで下がり……


「まったく変態な御子様だ……歯ブラシに欲情など……でも仕方ない仕方ない。こういう使い道もあるもん。だから……♡」


 これが正しい使い道なのか神人には分からないが、神様が「仕方ない。だってこういう使い道あるもん」と言ってるので、それ以上はツッコミ入れず、受け入れることにした。


 そう、これがある日を境に起こった、神人の日常。


 どういうわけか、家に、歯ブラシ、ボディタオル、掛け布団の神様が美女となって現れて、生涯ずっと奉仕すると宣言したのである。


 それから、毎日この強制ご奉仕を受けている。


 かなり強引ではあるものの、男としてはとても嬉しい様な気持ち良い様な日々であると同時に、恋人にコレをどうやっても説明できないということが、神人の二つ目の悩みであった。

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