第6話 襲来

「じゃ、じゃあ、どうしろっていうのさ……」

「決まっているだろう、御子様。私たちも旅行の荷物として持って行ってもらう」

「いやいや、ダメだって! か、彼女も来るんだって!」


 そう、独占欲の強い彼女が居るというのに、体を使ったご奉仕をする彼女たちを連れて行ってしまえば、どうなるか分からない。


「それに、クラスメートの人たちも来るんだし、みんなのことをどう説明すればいいっていうんだよ~」

「それなら心配ないぞ。持ち運びやすいように、歯みがきの時以外は歯ブラシの姿になってカバンの中で大人しくしている」

「いやいや、それなら普段の歯みがきの時も……」

「何を言う! 人型の姿の時の方が歯みがきの能力が上がるのだ! 言ったはずだ、私は妥協しないと」


 これならば持ち運び安いだろうと、銀色の普通サイズの歯ブラシに姿を変えたブラシィ。

 すると、自分も負けてなるものかと、ルゥも普通のボディタオルへと変身した。

 だが、その中で……


「……坊や様……私は……」

「あっ、うん、アンファは掛け布団になったってボリュームあるから持っていけないからね?」

「……~~~~っ、坊や様……いやです、坊や様が私以外の布団に身を委ねるのも……そして、今晩、坊や様の温もりがないのも……」

「ダメなものはダメだってば~ッ!」


 アンファは例え姿を変えても持っていくことは出来ないと拒否する神人だが、大人のお姉さんの雰囲気が、今では拗ねた子供のようにプクッと頬を膨らませている。


「三人とも連れて行ってあげたらいいじゃない。親戚とか、そう言って誤魔化すことだってできるでしょう?」

「「「女将様ッ!」」」

「母さんッ! ダメだってばあ!」


 そんな神たちに援護射撃をするのは、のんきに笑っている母親だった。

 三人とも目を輝かせるも、こればかりは誤魔化すことは出来ないと、神人は断固として受け入れなかった。


「御子様。ちなみに向こうでは何を食べるのだ?」

「えっと、バーベキューだけど……」

「だったらなおさらだ! その歯を安物のビッチ歯ブラシに任せるわけにはいかん! そう、御子様には……んちゅうう」

「はちゅうっ! にゅ、んん、んんーっ!」

「ぷはっ、そうだ、私が御子様には必要なんだ」


 そう言ってブラシイは誰にも渡さないとばかりに神人に熱烈で濃厚な歯みがきを開始した。

 朝の牛乳、ベーコンエッグ、パンなど、歯に絡みついたものを残さず磨く。


「バーベキューだったら、汚れたり炭の匂いが付くでしょう? それをこの私以外のビッチタオルに拭かせる気?」

「バーベキューで疲れた坊や様を深い眠りに誘えるのは、私だけです! 坊や様、どうか」


 そして、歯みがきをしている神人の左右で、ルゥとアンファも神人の腕にしがみ付いて離れようとしない。

 神人は、このままでは押し切られる。なんとかしなければと必死に考えていたその時……


 ―――ピンポーン!


 インターホンが鳴った。何事かと母が玄関に向かうと……



「あら? はい、どちらさ……あら? あなたは……」


「初めまして、神人くんのお母様ですね? 私、神人くんとお付き合いさせて戴いております、愛全弥美と申します。どうぞ、よろしくお願いします」



 それは、迎えに行こうと思っていたはずの彼女が、自分から来てしまったのだった。


「まあ、ではあなたが!」

「はい、神人くんと健全なお付き合いを、そして今日は少々不健全なお付き合いになりますが、どうかご了承いただきたくお願いします」

「あら、随分とハッキリと言うのね……」

「はい。こういうのは正直に申した方がと思い。でも、大丈夫です。先ほど、コンビニで『0.009mmの危うい家族プロジェクト』なるものは購入しました。このようなものを買うのは初めてで少々恥ずかしかったですが……準備は万全です!」

「0.009mm!? いま、そんな薄いものまであるの!?」

「ちなみに……このように針も隠し持っているのですが……その、お母様は孫については」

「すこぶる欲しいわ!」

「理解のあるお母様で嬉しいです。では、スキンの先端に穴を開けても問題ありませんね」

「きゃああっ! なんて大胆なの!? しかし、その意気や良し!」

「よろしいですね?」

「うん。私もこれでお父さんを捕まえたんだから」

「お母様も!? 心強く、これほどシンパシーを感じたことはありません。私は今、心の底からあなたの娘になりたいです」

「あら、もう娘でしょう?」

「お母様!」


 自分の彼女は何を先走って購入し、何を母にカミングアウトしているのかと、神人は慌ててしまった。

 そして、これ以上母と彼女を会話させるのも、これ以上、三人の神を相手するのも危ない。

 むしろ、今この瞬間こそ、



「じゃ、じゃあ、みんな、お土産買ってくるから、行ってきます!」


「「「ッ!?」」」


「あら、神人くん、おは、っえ、ちょ、ちょっと! まだ、未来のお母様とお話が!」


「うん、弥美さん、おはよう、さっ、はやくいこっか!」


「ちょっ……まあ、強引な神人くんも……いいものね♪」



 三人の神を振り払い、そして走って玄関まで向かい、弥美の腕を掴んでそのまま素早く外へ出る。

 最初は弥美もまだ母と話があると言おうとしたが、いつも以上に積極的な神人にデレっとしてしまい、そのまま一緒に走ったのだった。


「お、御子様! おのれ、御子様め、私たちを置いていくとは!」

「逃がさないわ……御主人様……この神たる私を蔑ろにするなど、許すわけがないわ」

「ええ……坊や様は誰にも渡しません」


 走り去る神人の背中を見て、悲しむどころかメラメラと闘志のようなものが浮かび上がる三人。

 そんな三人に母も哀れに思いながらも、三人の肩を叩き……



「神人くんは、まずはホームセンターへ行くって言っていたわ。場所は分かるよね?」


「「「ホームセンター!? そんなの風俗街と同じ! 行かなくては!」」」



 主を奪われてたまるかと、歯ブラシとボディタオルと掛け布団も走り出した。


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