第13話 到着
「……」
馬車に揺られながら、移動すること数日。
俺は時折彼女の顔色を伺ったりしながら、逆側の窓から外を眺めていた。
すると、彼女が外を眺めながらため息を吐いた。
「はぁ」
そうして立ち上がり、おもむろに弓を引くとそのまま窓に向けて矢を放った。
放たれた光の矢は、見えない程遠くに着弾すると、小さく爆発を起こす。
「……ふぅ」
十秒近く遅れてから、やっと爆音が耳に届いた。
その頃には彼女はもう椅子に座っている。
おそらくは魔物だと思うが、いかんせん彼女の索敵範囲が広過ぎて、どちらか判別する前に死んでいるのだ。
お陰で、休憩や野営以外で馬車が止まった事は一度も無い。
馬車を曳く馬も背後から放たれる弓撃に始めは驚いていたが、二日目からは動じる事は無くなった。
動物の適応能力が今は羨ましい。
彼女が護衛となるなら、例え龍が現れてもなんとかしてしまいそうだ。
彼女から目を逸らした俺は龍と戦った時のことを思い出す。
剣の結晶、そして同時に七つの斬撃を放つ剣技はゴトーの記憶の中で何度も見たフィーネのものだった。
多分自動武術は、ゴトーの体に染み付いた動きが勝手に出ている訳では無いと思っている。
龍との戦いの時に、俺の体を動かす誰かは笑っていた。
あれは明らかに人格を持った存在による影響だ。
その誰かがフィーネであると言われれば、剣の結晶が生成できることにも納得ができる。
問題は、何が起こって俺の中にフィーネが宿ったか。
守護騎士コウキを殺した後に、何かが起こったのだ。
フィーネが死に、そして俺が記憶を無くす程の何かが。
せめて俺の腕と足がどの時点で戻ったのか知りたいな。
記憶の中で見た帝国と聖国の戦争、帝聖戦争は確か約12年前に起こっていた。
12年の間、俺はずっと痴呆状態だったのか、守護騎士と聖女を殺して数年後に事件が起こって俺は記憶と正気を失ったのか。
何も、分からない。
そういえば、俺は何歳なのだろうか。
ゴトーの記憶によると帝聖戦争時点で7歳だった。
彼は確か、そう呟いていた。
ならば12年後の今なら19歳となるのが自然だろう。
「あの……
「……どうかした?」
比較的穏やかに対応する彼女に少し安堵しながら、俺は自分の顔を指差す。
「俺、何歳に見えます?」
「婚期に焦る女みたいな事を聞くのね……10、よりちょっと上くらいに見えるわ」
予測よりもかなり下の年齢を推測され、思わず彼女に詰め寄る。
「そんなに若く見えます?」
「もう少し上なの?……あと、良い加減離れなさい」
彼女の眼光が鋭くなっていた。
「あ、すみません!」
俺は椅子に座り直すと、誠意を込めて謝罪をする。
その様子を見て、彼女は手に持っていた鉈を下ろした。
彼女が柄から手を離すと、手品のように空中に消えた。
初めて見た時には上手く懐に隠していると思って質問をし損ねたが、やはり消えているようにしか見えない。
これも魔法の一種だろうか。
手元に注がれる俺の視線に気づいた彼女が首に掛かったペンダントを持ち上げて見せる。
「『収納』のアーティファクトを見るのは初めて?」
「アーティファクト?も初めてです」
彼女の親指の下で、八面体の青色の結晶が揺れる。
アーティファクト、と言えばゴトーが戦争の時に幾つか使用していた。霧を生み出す塔に、魔法の類を収納する宝石、あとは人間を洗脳する首飾り……。
「ふぅん。欲しいの?」
観察するような目付きに変わる。
「えぇ、まぁ」
魔法への憧れは日本人なら皆が持っているものだろうと思いながら素直に頷いた。
「そう?」
彼女は肩透かしを喰らったような表情で首を傾げる。
時折彼女は俺を試すように何かを問いかけてくるが、それは彼女の本当の役割が俺の護衛では無いからだろう。
彼女がどれほどの立場かは分からないが、少なくとも龍に匹敵する能力を持っているように見える。道中に現れる魔物と比べると過剰な戦力だ。
そもそも、龍を倒したゴブリンに対して護衛が必要であるとは思えなかった。
「……」
本来の目的はその逆、俺が神国のゴブリンに攻撃を加えないようにするためだろう。出自の不確かな者が、分不相応な力を持っている事に対して警戒するのは当然の事だ。
俺は気にしていない。
彼女は退屈そうに外を見ているが、それでも意識は俺の方にある。
俺が魔力を動かした瞬間に、彼女は容赦無く俺を殺すつもりだろう。
「あ」
窓から馬車の向かう先の方を眺めていると、空の青色に混じって薄らと細長いものが浮かんで見えた。
俺がテレビで見た現代のどんな建造物よりも高い白亜の巨塔がそこにある事を知っている。
しかしここからだと、あまりにも遠いせいで細長い線のようにしか見えない。
「おぉ?……おぅ」
馬車がさらに数時間進んでも、塔の横幅は大きくならない。
見上げ続けたせいで俺の首と、ついでに語彙が死んでいた。
俺は一度首を引っ込めると、自分の肩を揉んだ。
「ふふ」
小さく笑い声が聞こえて、
「今、笑ってました?」
「私が?どうして?」
それはこちらが聞きたい。
◆
「ゴトー、いい加減にしないと首が下がらなくなるわ」
「あぁ、はい」
緑都に到着した俺は、塔の頂上を見上げようとしてほぼ真上を向きっぱなしだった。
彼女の忠告に従って前を向いたら、ズキリと首に痛みが走った。
元迷宮都市は今はゴブリンの都となっている影響で、そこを歩く者の殆どがゴブリンだった。
その中には人間のような者も混じっている。
しかし、よく見れば彼らの耳は獣のものだったりその先が尖っていたりするし、尻尾が生えている者も居る。
ゴトーの記憶には彼らのような人種は見られなかった。
少なくとも人間と敵対状態にある神国で往来を歩いているというのなら、彼らは人間では無いとみなされているのだろう。
街に入ってからさらにもう一つの門を越えると、ゴブリン以外の姿は全く見当たらなくなった。
ゴブリンの国だけあって、中心部はゴブリンのみが住まうことができるのだろう。
さらに門を越えると、そこにいるゴブリン達は重装備を纏う精鋭が殆どとなった。
目の前には城のような大きな建造物が現れた。ここが目的地だろうか。
物々しい雰囲気に息を呑んでいると、馬車の速度がゆっくりと落ちて、やがて止まった。
「出ろ」
そう言ったのは、
全身鎧に剣を携えた姿は兵士というよりも騎士に近い。
重苦しい装備をしているだけあって、小さく隊列を組む彼らから感じる威圧はかなりのものだった。
俺は指示に従って、ゆっくりと馬車から降りると、重装兵にぐるりと囲まれる。これではまるで囚人のようだと自嘲する。
「貴様、笑うな!」
「あ、すみません」
悪意は感じない。むしろ鎧兜から覗くゴブリンの顔に汗が滲んでいるのを見るに、彼らは相当緊張しているようだった。
まるで爆弾処理班のようだった。
俺は彼らにそんな顔をさせた事を申し訳なく思いながら、
「入れ」
促された先は豪華な調度品で満たされた部屋だった。
中世の王侯貴族が住んでいる部屋と言われても納得ができる。
「ここで待て」
そう言って、俺一人が残されてドアを閉められる。
ドアの外には変わらずそこに兵士達が佇んでいるようだった。
「ふむふむ」
俺は探偵になった気分で部屋を散策する。
大きなベッドに、近くにはテーブル。
そこで、違和感に気づいた。
この部屋には窓が無かった。
入った時から感じていた息苦しさは、きっとこのせいだろう。
「あまり良いところじゃなさそうだな」
部屋の印象は『貴族の部屋』から『豪華な独房』へと変わった。
そう言えば、ここで何分、あるいは何時間待つかさえも教えられていない。
若干怯えている様子の兵士達に尋ねるのは心苦しいしな。
1時間くらい待って誰も来なかったら、聞いてみるか。
そう決心して、十分後に誰かがドアの前で会話をする声が聞こえた。
その声は直ぐに止んでゆっくりとドアが開く。
「ふふ、こんにちは」
「あぁ、はい、どうも」
怪しげな笑みを浮かべたゴブリンが部屋に入ってきた。
彼女の背後に見える兵士達の表情は先ほどとは違ってあまりにも弛緩していた。どうやら彼女に見惚れているようだった。先ほどの毅然とした態度はどこに行ったんだろう。
「わたくし、ジーン・ロロンと申します。あなたとまぐわいに来ましたわ」
……おっとぉ
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