第12話 腕試し
ゴブリンの女兵士からの突然の攻撃に、俺の体は自動的に防御をする。
彼女の手元から放たれた矢は二本。
それが寸分違わぬ軌道で俺の頭部を貫こうとしていた。
二本であることに気付いたのは、自動武術が両手に握り締めた矢を認識してからだ。
彼女の放った矢は、光そのものが矢の形を象っているようで、強く握りしめたら空気に溶けるように消えていった。
その弓に秘密があるのか?
「さっきと違う?」
女が小さく呟いた。……自動武術の動きに違和感を持っているようだ。
「うぉ!!」
足元に飛んできた矢をカエルのように飛び跳ねて躱した。
「いきなり矢を向けるなんて……イッ!?」
頭を掠めて、地面に突き立った矢を見て方向転換する。
狩人が獲物を追い詰める時のように俺が行く先の地面に、彼女は矢を放っているようだった。
仕返してやりたい、という気持ちはあるが生憎距離が遠いし、詰めようとすれば同じだけ相手も距離を離してくる。
嫌らしい戦い方をするゴブリンだ。
俺は逃げながら蹴り上げた石を拾うと同時に後ろへ振り返った。
「いい加減に、しろっ!!」
振り返る勢いのまま、女兵士へ向かって石を投げた。
めちゃくちゃな投球フォームにも関わらず、まるで吸い込まれるように感じる繊細なコントロールは、ゴトーの経験のお陰なのだろう。
複雑な勢いとは裏腹に真っ直ぐに飛んだ石の礫を、女兵士は首の動きだけで躱す。
まぁ、避ければいいだけの話だからな。
そうして仕返しというように、数十の光の矢の雨が降ってくる。
「流石にサービスし過ぎだろ」
今度は自動武術が働いて、自身に当たりそうな矢を弾く。
どうやらゴブリンが相手だと必要最低限の安全を確保するために動くようだ。人間だと、剣を持って近づくだけで殺しにかかるからな。
いきなり動きの変わった俺に対して、女兵士は何らかの違和感を感じ取っているようだった。
「もしかして……私をバカにしているの?」
確かに、自動武術とは違って俺自身が避ける時の動きは酷く拙い。
彼女からすればおちょくりながら逃げているようにも見えるか。
「馬鹿になんてしていないです!!」
放たれた矢を飛び跳ねて避けると、女兵士の視線が厳しくなった。
「ほら、また」
違うんだ。自動武術の方が異様に避けるのが上手いだけなんだ。
兄弟と比べられる子供のような気持ちになって、思わず苦々しい表情を浮かべた。
説明するにはあまりにも事情が複雑だった。
『俺では無い俺が体を勝手に動かすんだ』なんて、正気の言葉とは思えない。でもこの世界ならば、そんな事情も受け入れてくれそうな気はする。
何せ、龍、なんていう巨大な生物がいるくらいだから人格が複数あるなんて誤差のようなものだ。
「その余裕がいつまで続くか、見てあげる」
そう言って、弓に番えた矢が強く光る。
同時に、彼女の視線が怒りを纏った。
「あ」
その瞬間に、時間が止まったような感覚。
しかし、自動武術は働こうとしない。
相手がゴブリンだからか。
代わりに赤い火を纏って、光の矢をかき消した。
「……」
それを厳しい目で見つめる女兵士。
彼女の視線は俺が纏う火にあった。
代わりに思考が熱気に襲われる。
「……っ」
女が手元から矢を放つ。
音は一つだったのに、届いた矢は二つ。
俺は、左右の手のそれぞれで、矢を握り潰しながら女へと言い放った。
「後悔するなよ!」
頭の中で、放たれた矢の軌道が勝手に予測される。
俺はその予測に従って当たらないものは無視して突っ切る。
肩を貫く曲線が見えたから、小さく肩だけを動かして避けた。
「もしかして、それは……」
女が何かに気づいたように呟いた。
その瞬間に、寒気が走った。
女の構える弓がこれまでに無い程光ったからだ。
「これで、終わりよ」
終わり?俺の命がか?
そう思いながらも、掌から剣を伸ばす。
「くそがっ」
女が弦を離すと、凄まじい加速とともに、光弾が飛来する。
それに対して、野球のバットのように魔力を込めた剣を振る。
「ぐ、うううう」
衝撃に引きずられて、背後へ下がる。
兵舎の壁に背中が着いたところで、光弾の勢いが止まった。
「ふ、ぅ」
広場を静寂が包み込んだ。
どうやらこれ以上攻撃するつもりはないようだ。
先ほどの『終わり』は攻撃の終わりということか。
俺は突然攻撃してきた女兵士の方を睨み上げた。
彼女は涼しい顔でこちらを見下ろしながら、弓を背中へと戻した。
「最低限の実力はあるようね」
そう言って、兵舎の上から飛び降りると、音もなく着地した。
彼女が弓を収めたことで、俺の方も戦闘態勢を解くように、纏っていた赤い炎を消した。
女は俺の全身を観察した後、最初よりも柔和な表情を浮かべて言った。
「……細かい話は、その怪我を治してからにしましょう」
「え?……痛っ」
下を見下ろすと一本の矢が脹脛に刺さっていた。
思わず呻き声を上げて座り込む。
顔を上げると、既に兵舎の中へと戻っていく女兵士の姿があった。
遅れて兵舎の中に逃げ込んでいた兵士たちが、広場の様子を見に戻ってきた。
薄情な兵士たちは俺の傷を見ては、先ほどの戦いについて仲間と共に雑談している。
彼らの手には酒樽があった。
……俺の戦いは酒の肴か。
◆
「これから、私が護衛して緑都に向かってもらうわ」
医務室で足に包帯を巻いた俺に向かって、女兵士が言った。
この怪我を見ても何も思わないのだろうか?
俺は態とらしく足を持ち上げて、ゆっくりと地面に足を着いて見せた。ほら、この足、矢が貫通してるのが見えるか。
その思いが伝わったか確かめるように女兵士を見上げた。
「……?」
小首を傾げる女ゴブリンにクラッと来てしまった。
「分かった?」
「分かり、ました」
彼女の試験にパスしただけでは、海龍討伐の証拠にはならないようだ。なら俺の脹脛は貫かれ損ではないか。
「それと、あの呪術を使うのはやめなさい」
おそらくは『
しかし、あれは俺の切り札だ。
あれが無ければ海龍にも勝てなかったし、今この場に立つことはできなかっただろう。
「……なぜでしょうか?」
仮にも上官であるだろう女兵士に対して、このように反論するのが良くないことは知っている。
しかし、彼女の言葉に従うことは俺にとっての死だった。
「その呪術、固有呪術は……使い続けると引っ張られるからよ」
女兵士は困ったように眉尻を下げた。
「いつか、戻れなくなる。身近な誰かを殺してからでは遅いのよ」
確かに、初めてあの呪術を使った時、俺は暴走して守らないといけないゴブリンを殺そうとしてしまった。
「……はい」
俺自身でも納得するところがあり、彼女の注意を受け入れる。
それでも、必要であればまた使うだろうが、少なくとも今日のような試しの場では使わないことに決めた。
「あの……そろそろ、名前を聞かせてくれませんか?」
これまで俺の呪術を見て何かを言ってくるゴブリンは居なかった。
彼女は相当呪術に詳しいようだった。
そんな彼女の正体が気になった。
彼女は肩の徽章を右手で撫でると、少し考えた。
「そうね……『
名前では無さそうだった。きっと個人情報の重要性を知っているのだろう。嫌われているとは思いたく無い。
「分かりました。
「……あなたの名前は?一応確認させて」
「ゴトーです」
「ゴトー、ね」
明らかに何か含みがある反応に、俺はゴトーを恨むしかなかった。
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彼女は前章で勇者と対峙した兵士です。
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