第11話 回顧

『複数人での攻略の際にはパーティ登録を義務化しています。パーティ名は考えておられますか。こちらで決めておく事もできますが』


 目の前の女が俺に問いかけてくる。


『ん…、じゃあお願いします』


 勝手に口が動いたことで、俺はこれが現実では無いことを悟る。


 ただひたすらに見覚えのない『映像』を見せられているような感覚。

『映像』の中で俺は見覚えの無い一人の少年だった。


 彼は迷宮都市と呼ばれる場所で冒険者をしていた。


 相棒はフィーネという少女。

 俺には酷く見覚えがあった。時折鏡や視界の端に現れる気怠げな女にそっくりだった。少し成長すれば彼女と同じになりそうだ。


 そして、少年は少女から『ゴトー』と呼ばれていた。

 偶然とは思えない一致に俺は戸惑った。

 まさかこの少年が、ゴブリンの『ゴトー』とは思えなかった。

 それは彼の見た目が人間にしか見えないという理由もあるし、彼は現在の俺とは違って右腕が無かった。


 あの不味い味の肉を喰らっているのを見てから、やっと彼がゴブリンだと理解した。方法は分からないが人間の偽装をしているようだ。


『映像』からは彼がいつ、どうして腕を失ったのか分からなかった。


 彼は人間を恨んでいた。

 不思議な道具の力を使って迷宮都市の冒険者達を洗脳し、自身の道具にしてさらに多くの冒険者をねずみ算式に洗脳していった。


 フィーネと呼ばれる彼女もまた、彼の思想に賛同しているようだった。

 彼女が人間では無いと分かったのは、彼女に進化?の影響が現れて暴走する場面を見てからだった。


 彼らは自身に敵対する組織を殺し、迷宮に潜って魔物を殺し、時には仲間さえも躊躇なく殺していた。

『ゴトー』は人間へ復讐するのが目的らしい。

 特定の人間ではなく、人間そのものへの復讐、というのがあまりにも非現実的で、荒唐無稽だと思った。

 それでも淡々と、彼はその目標を達成するために人間を殺して力を貯めていった。


 順調に進んでいるのに彼は達成感を感じていないようだった。


 この頃になると、俺はこの『映像』が『ゴトー』の記憶であることを疑うことは無くなった。


 それからも、俺は数年に渡る記憶を見せられる。

 時折目を背けたくなるような残酷な光景を目の当たりにしたが、瞳さえ閉じる事は出来ず、強制的に記憶を流し込まれる。


 ただ、ひたすら苦痛だった。



『よわくて、ごめんね…ゴトーくん……わたしじゃ君を、裁いて、あげられないや』


 事が動き出したのは、彼が一人の帝国の軍人を殺してからだ。


 彼は鮮やかな手腕で二大国間の戦争を誘発した。

 俺には彼の内面は覗けないからどの時期からその構想を考えていたかは分からないが、おそらく冒険者を手下にし始めた時には朧げにこの絵を描いていたのだろう。


 俺はここまで神国の名前が出ていないことを不思議に思った。

 もしかするとあの国はかなり若い国であるのかもしれない。



 彼は一つの戦いの中で、2000人近くを殺した。

 殺した相手が敵だったなら、彼は英雄だっただろうが、残念ながらその9割以上が味方の命だった。


 いや、彼にとってはどちらも敵だから問題はないのかもしれない。


 その後彼は聖国の補給路に陣取って聖国の妨害を始めた。

 妨害の発覚を遅らせるために、ゴキブリの魔物の大群を使っていたのには鳥肌が立った。


 しかし、少し強めの騎士を仕留めた後、彼は直ぐに妨害を止める。

 どうやら騎士の上司である聖女という存在を恐れてのことだったらしい。


 聖国軍に追いついた後、彼は聖女と守護騎士と戦った。

 守護騎士は随分と日本人らしい見た目をしているな、と思っていたらゴトーは最後、彼に向かってこう言ったのだ。


『” んんっ……『自守』に『自身』に『自我』。お前のユニークスキル、自分ばっかりだな? ”』

『” え、は?……日本、語……お前っ、誰なんだ! ”』


 そのすぐ後に、守護騎士コウキと聖女は死んだ。


 俺は淡々と記憶を見せられながら、大きな驚きを抱いた。


 ——ゴトーは何で日本語を知っていたんだ?


 まさか、『ゴトー』は日本人だったのか。

『ゴトー』も俺と同じく日本から意識だけ引っ張られたのか、という推測が立つ。

 それと同時に、二人の日本人が同じ肉体に宿るよりも単純で、最も受け入れ難い可能性を意識する。


「はぁっ、はぁ、はぁッ」


 荒い呼吸音は記憶のゴトーのものではなく、現実の俺のものだと分かった。


 段々と意識が覚醒する。




 ——————————




「ッ!!……はぁ、はぁ……まさか」


 起き上がっても、『映像』を見ていた記憶はハッキリと残っていた。


 なぜ、俺の意識が唐突にゴトーの肉体に宿ったのか、その解を示されてしまった。


 気づいてしまえば、そうとしか思えない可能性だ。

 しかし、とは思えなかった、認めたくなかった。



『俺がゴトーである』ということを。



 その思いは、ゴトーが人を殺していくたびに強くなった。俺が何を経験すれば彼のようになってしまうのか、想像が付かなかった。


「くそ」


 それでも、俺はゴトー以外の何者でもないと確信していた。

 久しぶりに日本語を聞いて、やっと気付いた。


 だって、そうだろう。


 のだから……。


 同じ肉体を共有しているから、という言い訳は出来る。

 もしそうならば何故言語以外の知識は引き出す事ができないのか、という話になる。


 それに、俺がこの体に宿ったことで、元の中身はどうなったのか、という疑問もあった。

 中身がずっと同じだったならその疑問は解消される。


 代わりに新たな疑問が生じた。


「何で、俺は人間を殺したんだ」


 何故、人間そのものに復讐するなどという、非合理的な目標を掲げたのか。

 取り戻した記憶では推測できないのが、もどかしい。



「はぁ」


 俺は寝床の隣の壁に手を置いた。


 ここは、俺が以前いた砦の場所から南に下った別の砦の中だ。

 龍を討伐した後、広がった海はゆっくりと低くなっていった。

 以前に俺がいた砦も修復中だったのでそちらに戻っても良かったが、俺は龍を討伐したことについて事実確認を行うために、神国の首都である緑都へと呼び出しがかかっていた。


 神国の礼儀など知らないので、いきなり打ち首にならないか不安だったが、少し前まで視線すら合わせられなかったことを考えると、言葉を喋るだけで十分に思えてくる。



「ぷは」


 俺は洗面台で顔を洗い流す。


 ゴトーが俺であると確信しても、思ったよりも動揺は少なかった。

 おそらく実感できていないだけだろう。あの記憶の映像も夢のように現実感のないものばかりだったから、まだその残酷さが身に染みていなかった。


 それと記憶のお陰で分かったこともある。


「フィーネか」


 洗面台にできた水面を見下ろしていると、視界の端に女性の足首だけが見えた。

 気怠げな女の名前が分かったことで、彼女に対する恐怖は少しだけ薄れた。


「俺に何か伝えたい事があるのか?」


『……』


 彼女が俺に何かを伝える様子は無い。

 顔は見えないが、今も無表情で俺を見ているのだろう。

 記憶ではゴトーと彼女はただならぬ仲であったように見えた。


 あの記憶の後、彼女がどうなったかは分からない。

 ただ、こうして化けて出ていることを考えると、結末は推測がつく。


「なぁ、もしかして……あんたも、俺が殺したのか?」


 俺の声は少しだけ震えていた。

 問いかけながら、その答えはイエスであると、不思議とそう思っていた。




 ◆




 砦の中を歩くと、明らかに人が少なかった。

 昨日の夕方ごろにこの砦に着いたので、いつもがどの位かは知らないが、この規模の砦で数人しか見かけないなんてことは明らかに異様だろう。


 外を見ると、広場の方で大きな人だかりができていた。


 気になった俺は、階段を降りて、彼らの元へ近寄る。


 すると、途端に人の波が割れて一人の人物が歩み出てきた。



「あなたが海龍を討伐した兵士?」


 軍服に身を包んだ女性がそう問いかけてくる。

 緑の肌であることで彼女がゴブリンであることが確信できたが、身長は高く、その上人間の基準からしても整った容姿に俺は困惑してしまった。


「はい。そう、ですけど?」

「ふぅん?」


 彼女はジッと俺の体全体を観察する。

 一瞬、俺の指先がピクリと反応した。


 そして、彼女の眉が訝しげに歪む。


「あなたが本当に殺したの?」

「……はい」


 俺が回答に詰まったのを見逃してくれず、彼女はポツリと呟いた。


「試させてもらうわ」



「……っ!!」



 体が勝手に動き、放たれた何かを弾いた。


「急に何をっ!」


 俺は彼女に向かって抗議の声を上げようとして、彼女の姿が砦の上にあるのに気づいた。


「生き残れたら、あなたの言葉が本当だと信じるわ」



 彼女の肩当てには黒曜石の装飾が嵌められていた。

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