第6話 確執

 海龍から逃げて、俺達は帝国にある山の一つに流れ着いたらしい。


 そこには当たり前の如く帝国兵がいた。


「どうでしょう。ここは一つ、生き延びるために互いに情報を交換しませんか」


 白髪の麗人と言った様相の男は、妖しげな笑みを浮かべて言った。

 その提案は俺達、特に俺に取って願ったり叶ったりのものだったが、そうであるからこそ怪しくて仕方がない。


 そして、神国と帝国の関係を把握し切れていない俺が決めて良いことでは無い。


「ジジガンガ」

「……」


 唇を噛んで、思考を巡らせている様子のジジガンガ。

 俺は彼に判断を投げると、帝国兵たちへと警戒を向ける。


 この孤立した状況から安易に彼らも漂流したのだと考えてしまったが、海を広げている龍は神国に現れた。

 彼らが避難を行ったのなら、こんな山ではなく、海の届かない帝国の地域にいないとおかしいだろう。


 そもそもここより神国側には帝国のものと思われる施設は無かった。


 相手の意図が読めない。


 白髪の男は余裕たっぷりと言いたげな笑みを浮かべているが、隣の男の様子はその反対だ。

 驚いている、ように見える。もしかすると、この提案は彼の独断によるものだろうか。


 それにしても……なんというか、彼らは怖い。


 龍に対してはもちろん恐怖を感じたし、魔物も未だに怖いが、そういう種類の恐怖ではなく、仮にも同類だった人間から、化け物に対するような敵意を向けられるのが怖いのだ。


 俺の肉体に刻まれた戦闘スキルは人間が現れた瞬間に反応したし、一切の躊躇も無く彼らを殺そうとした。伏兵に関しては俺が止めなければ首が飛んでいただろう。

 それは『ゴトー』が人間を憎んでいたこともあるだろうが、それ以上にゴブリンにとって人間はそれほど危険な生き物だったということなのか。


「こちらからは、この山の地形についての情報を渡します。後はお前達が雨風を凌げる場所を用意しましょう。そちらからは龍に関する情報を全て寄越してください」


 言い方は酷く上からだが、提案は俺達に優位なものに思える。

 俺は少し違和感を抱きながらも、ジジガンガを見て俺は賛成だと頷く。ジジガンガは躊躇しているようだが、帝国にとっても龍は脅威であるという認識は共有しているようだったので、下手に戦いに発展することは無いだろう。


「……分かっ、た。提案を受けよう」

「よろしいでしょう」



「……隊長、なんでゴブリンなんぞに交渉を……がっ」


 交渉が終わった瞬間に余計なことを漏らした軍人に白髪の男は拳骨を降らせる。


「余計な文句をほざく暇があるな仕事しろグズが」


 部下の首根っこを掴んでドスを効かせた声で脅しをかける白髪の男は、これまでの胡散臭い態度はなんだったのかと思うほど、汚い口調が合っているように見えた。おそらく、こちらが素なのだろう。


 こちらに目が合うと、また胡散臭い笑みの優男に戻る。


「いやァ、部下が失礼しました。ワタクシが駐屯地まで案内しましょう」




 ◆




 龍から避難して山に漂着した今も、塩水の雨は降り続けている。

 分厚く蓋をする雲に既視感を覚えながらも、俺は白髪の男の背についていく。


「そこのお前、名前を伺っても?」

「……ゴトー」


 名前ぐらいは知られても問題は無いだろう。

 男はふむ、と相槌を打って少し考えながら再び問いかけてくる。


「『ゴトー』と言う名前は、お前達の中では普通の名前ですか?」

「……さぁ」


 それは本当に知らない。

 少なくともあの砦で俺が名前を知る者の中には同じ名前のものは居なかった。


「あの武術は神国で習うものですか?」

「聞いてばかりだな?」


 暗に、俺にも質問をさせろと返す。

 相手の意図は分からないが、ゴブリンからは得られない情報を知りたい気持ちも俺にはあった。


「なら、お前が聞きたいことに答えましょう」

「そうだな。アンタ、名前は?」


「シィル。シィル・ハイレインです」


 シィル。ハイレインというのは名字だろう。

 彼らの文化が分からないが、前世だと名字をモテるのは中世だと限られた人物だけだった。

 それがこの世界でも同じならば、彼は何らかの特別な身分を持っていることになる。


「それで、その武術はどこで身につけたものですか」

「これは……独学だ」


 素直に『知らない』と言えば嘘をついてると思われるだろうから、最も角の立たない返答を選んだ。


「ほォ、独学……」


 笑顔のままゆっくりと頷く白髪の男。

 間違いなく嘘だと疑っている。まあ、嘘なのだが。



 そうして、彼を追って駐屯地へと行くと、銃を構えた兵士達に囲まれる。


「ただいま、帰りました」


 白髪の男はゆるりと手をあげる。


「隊長、拘束を」

「必要ありません。そもそもあの程度の縄では意味が無い」


 チラリとこちらに視線を向けてそう溢した。

 どうやら、剣を生み出す能力のことを言っているようだ。


 隊長と呼ばれた男はその能力をユニークスキルと呼んでいた。

 ユニークなスキルがあるならユニークでないスキルもあるということだろうか。

 彼らが背を向けた瞬間に、俺は小さく呟いた。


「ステータス」

「おい、どうしたゴトー。いきなり」


「……いや、なんでもない」


 何も出てこなかった。恥ずかしい。

 創作物ならここで目の前にウィンドウとかが出てくるものじゃ無いのか。やばい、羞恥心がジワジワ後から湧いてくる。

 中学の頃、家の机に施した二重蓋の奥にしまっていた『Desu note』以来の恥ずかしさだ。今思い出しても恥ずかしい。


 俺は何食わぬ顔でジジガンガの口撃をやり過ごすと、天幕に囲まれた一画に辿り着く。

 そこには俺達と漂着していたゴブリン達が座り込んでいた。


「ん?なんで、もう居るんだ」


 俺はその時、呑気にそう溢した。

 俺も彼らも軍人だということを忘れていた。

 そうしてジジガンガが交渉の際に酷く悩んでいた理由に思い至った。

 ニコリと笑った白髪の男が言う。


「どうですか、雨風を凌げる場所に保護しておきましたよ」


 非戦闘員のゴブリン達は、周囲で銃を構える彼らにチラチラと視線をやりながら不安そうに視線を下ろす。

 これじゃあ、まるで人質……。


「それでは、件の龍の情報を共有して貰いましょう」


「分かった」


 そう言って連れて行かれるジジガンガ。


「おい、待てよ。知っていたのか?」

「……だろうな、と思っていた。奴らは、筏を見たと言っていたからなぁ。大方、俺達戦闘員が離れるのを待っていたんだろう」


 それなら彼らの言葉だけを信じて提案に乗ろうと促した俺が馬鹿ではないか。


「大丈夫だ。お前に責任は無い、俺が上官だからな。それに奴らも殺しはしない。多分な」


 ポンポンと背中を叩いたジジガンガが出来た上司のようなことを言う。

 彼の言葉は、逆に捉えれば『多分』の可能性に賭けなければならないほど追い詰められた状況ということだ。



「おい!貴様、手を後ろに組んで、膝を付け」


 軍人が俺に銃口を突きつけると、命令してくる。

 ……そう言えば、この世界には銃が存在するんだな。

 知識からこれが危険なものだと知っている俺は、彼らの言葉に逆らわら無いように素直に彼らに拘束される。


 俺は海外に出たことは無かったが、いざ銃を突き付けられると否が応でも体が震えてしまう。

 帝国の軍人達はその様子を見て鼻で笑うと、太い手錠を手首に嵌めた。そして追加で足首にも。


 他のゴブリン達が手枷を嵌められていないのを見るに、これは神国の軍人に対する処置だろう。


 跪いた俺は肩を蹴られて地面に転がる。

 雨で湿った泥に頭を突っ込んだ。


「ぐむ……」


 首を持ち上げようとしたところで後頭部に足の裏を乗せられて、大地の味を堪能する。


「おい」

「黙れよ、こいつらは俺の親父を殺してんだぞ!当然の報いだろ!!」


 軽く咎めるような声に対して、若い軍人が怒りに震えの混じった叫びをあげる。

 どうやら、ゴブリンと人間の確執はかなり深いようだ。




 ————————————————————


 多分、彼の親を殺した本人。

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