第23話 第九章リザルト:聖国
ここは聖国の最奥、教皇と枢機卿のみが入ることのできる一室だった。彼らの合議の結果によって教皇は聖国の方針を固める。
一際重々しい顔で教皇は枢機卿の一人に尋ねる。
「やはり『情愛』はゴブリンに囚われている、と?」
「私の配下から聞いた話では、間違いなく。目の前で細切れになったはずの人間が起きたら蘇っていたのですから、信じる他ないでしょうな。鑑定もしたので、アンデッドになった可能性もありませぬ」
ゴブリンの国への奪還計画を担う枢機卿は部下からの情報を彼らに共有する。当時は裸の男達が帰還したことで小さな騒動となったことは胸にしまっておく。
「……ふむ、そうか。そして、残るは先の大戦の際に失われた『希望』『悔恨』……そして『葬魔』か」
「まさか『葬魔』の権能が破られるとは思わなんだ」
「本当にな」
彼らの動揺は未だに収まりそうも無い。
当然だ。建国よりも遥か昔、それこそ聖教会が始まるよりも前から生きていた聖女が殺されたというのだから。
聖国内部で起きた解決不可能な事件も彼女に任せれば必ず解消する、という信頼があった。あまりにも殲滅力が高いために周囲を巻き込むことはあったが、外で使う分にはこれ以上便利な存在はいなかった。
彼女は多忙に嫌気が差してただ隠遁しているだけ、という可能性を信じたいのだが、聖女の生存を示す神器からは、確かに『葬魔』の聖女を示す赤色の光が消え失せていた。
「『悔恨』は反応は消えてはおりませんが、帝聖戦争以来行方不明のままです。おそらくは囚われているものと思われます。しかし、ゴブリンと亜人のどちらの手にあるかまではわかりません」
「亜人ならば厄介だな。こちらからは手出しが出来ぬ」
地理的に亜人の国家、大亜連合国と接することがない聖国が、彼らに接触するためにはゴブリンの国、神国を通る必要があった。
そして、神国での人間の扱いは殺されるか、連合国に送られて奴隷となるかの二択である。大変残酷なことだが聖国ではゴブリンは問答無用で駆除だったことを考えるとむしろ温情にも思える。
「戦争の終わり際に、聖女を暗殺、そして同時に戦力の空白を突いて聖国内で蜂起、か。これだけで、聖女が同時に三人も失われた。おそらく、この絵図を描いたのは……」
「『聖女殺し』ゴトー、か」
彼らの手元には、『希望』の聖女の部下達が持ち帰った彼女の手記があった。それには彼女が帝聖戦争において希望を模索してもがいた証が記されていた。
彼女が事前予測していた未来の全てがそこに記されていた。
彼女が経験した未来の数は戦争の間だけで実に300回近くだ。
それぞれが一週間近く予知していることを考えると、約2100日。六年もの間戦場に身を置いていたことになる。
その手記の中で終盤に近づくにつれて現れるようになった名前が『ゴトー』だ。
時には魔物を操り、時には人間を操り、巫術や魔術、果ては呪術を用いて聖女を殺そうとする恐ろしいゴブリン。
その恩讐は、聖女が予知した勝利すら覆した。
手記の最後にはゴトーが死体を吸収して力を得る能力を持っていると言うことが走り書きで記されていた。
これは後に分かったが現在聖国を苦しめているゴブリンの国でも依代と呼ばれる儀式の媒体を使用することで死体によって身体能力の強化ができるらしい。十中八九ゴトーの能力は依代によるものだと彼らは確信した。
これまでの歴史では現れなかった『強くなるゴブリン』の存在。
それが同時に、しかも別の場所で現れたというならば、神国とゴトー、この二つは繋がっていると彼らは予測した。
しかし、諜報部隊によれば神国内部ではゴトーなる人物の存在を確認することは出来なかった。
おそらく『葬魔』の聖女との交戦時に命を落としている。これで生存していたら聖国は『葬魔』以上の存在と戦うこととなっていた。ある意味でこれは朗報だった。
『希望』の聖女の手記にはゴトーの相方として『フィーネ』なる人物の名前も上がっていたが、そちらも『剣断ち』という二つ名以外は得られることは無かった。
「どちらにせよ、今は『恭順』と『尊崇』の二人で保たせるしかあるまい」
枢機卿の一人が口惜しそうに漏らす。
二人の聖女のうち『尊崇』の聖女は神国との戦いの中で死亡して早々に代替わりしていた。
この代替わりした新しい『尊崇』の聖女は戦争向きの権能を持っているのだが、『恭順』の方はあまり戦争に向いているものとは言えなかった。
そして、残る一人、『隔絶』の聖女は強力な権能を持つがその方向性は守戦向きであり、そもそもが聖都の結界を張る必要があるのでそこから動かすことは非常時以外あり得ない。
「その件で、私から提案がある」
そう重々しく口に出したのは彼らの頂点である教皇だった。
「——」
そこから彼が口にしたことはこの国の歴史において、いや聖教会の歴史においても類を見ない大胆な決断だった。
「そんなことが認められるか!!」
「もしもその人物に瑕疵があればそれは大きな責となりますぞ!」
教皇の言葉を聞いた彼らは口々に認め難いと声を上げる。
「分かっておる。しかし、この決断は聖女達の後押しあってのものだ」
「……つまり、確認は取れていると?」
「私の目でも確認したが、アレは確かに『葬魔』の権能だった」
教皇は重々しく頷いた。
「それが本当ならば、聖国は力を取り戻したも同然ではないか!?」
「いや、それ以上もありうる。なんせ守護騎士でもあるのだろう?その男は?」
「権能を持つ唯一の守護騎士。ならば特例処置も仕方あるまい」
彼らは最後には教皇の決断に納得するしかなった。
教皇は彼らの反応を見て鷹揚に頷く。
「明日の祝勝会にて、この旨を知らせる」
今度は誰も異論を挟むことは無かった。
◆
神国から東に遠く、聖国の首都である聖都では、今回の聖国領奪還の成功を祝した式典が行われていた。
騎士達は自分たちが成した偉業を喜び、貴族達は増えるだろう領地に既に皮算用を始めている。
聖国の中心にある巨大な宮殿、その中庭を開放しての饗宴を思い思いに楽しんでいる中、一際豪華な神官服を纏う老年の男が彼らの前に進みでる。
「楽しんでいるところに済まないが、今日はもう一つさらに喜ばしい報告がある」
老年の男、教皇の言葉に、参加者達は耳を傾ける。
「それでは、来たまえ」
教皇の言葉に従って会場の裏から現れたのは一人の冒険者。
貴族の一部はその野卑な服装に眉を潜めるが、男の一本の筋が通ったような堂々たる立ち居振る舞いは貴族のようでもあった。
彼が立つのは教皇の直ぐ横。
そして教皇は彼の肩に手を置いた。
その気やすさに会場の参加者達はざわめく。
「彼が今回の奪還における最大の功労者なのは皆も知っているだろう。今からの方向はこの彼に関するものだ」
「今回の報酬に彼は聖女との謁見を望んだ。私もその場にいたのだが、あの瞬間のことは目を閉じれば今でも鮮明に思い出せる。……彼と対面した『隔絶』の聖女は確かにこう仰ったのだ」
次第に教皇の言葉に熱が入る。
「『彼は、聖女の権能を持っている』と」
参加者達が今日一番と思えるほどにざわめく。
そんな彼らを鎮めるように教皇が手を上げれば、雑音は次第に収まる。
それを確認して手を下ろした教皇は、話の本題に移った。
「これは聖神の思し召しだ。奪われた土地を取り返し、再び聖国の隆盛を取り戻すために彼を遣わされたのだ。だからこそ、私は私の全ての信仰を以って、これに報いることにした」
教皇は拳を握りながら強い口調で彼らに話しかける。
「今、この時、この場にいる全ての者を証人として、聖教の教皇たる私、ビブリオ・レインバースはこの者を……」
「『勇者』と、認定する!!」
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これにて第九章『三匹の狂人』編、終了です。
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