第21話 双つ無き
「がっ、あ”…ぁ」
ボロボロになった体で、人間の攻撃を剣の側面で受けたバルアは力に逆らうことができず、地面を削りながら転がる。
「よくやった。よく持ちこたえたものだ、本当にそう思うよ」
この人間との接敵から実に半日の間、バルアは剣を振るい続けた。
周囲には戦闘の激しさを如実に伝える残骸が転がっていた。
浮遊する盾はその半数近く、100以上が撃ち落とされ、彼が『
どうやら浮遊する剣の方は人間の制御を必要とするらしく、彼が同時に十以上の数を動かすことは無かった。代わりに壊される度に『
この場に立っているのは人間とバルアだけだが、それ以外が死んでいるという訳ではない。
バルアの部下である兵士達は、筋力の一部を封じる鎖のアーティファクトによって無力化されていた。
彼らはグレートソードによって四肢の一部を切断されるか、浮遊するカイトシールドによる突進で気絶している状態だった。
しかし、奇妙な事にこの戦場において死者は未だに存在しなかった。
それは人間が手加減をしていたという事実に他ならないが、一方の彼の方も余裕があるようには見えない。
バルアを称賛する彼の額には汗が滲んでいるし、戦闘が始まる前よりも鎧に刻まれた傷跡の数は増えている。
実力差は大きいが、圧倒的というほどではなかった。
その希望にすがり付くように、バルアは限界を超えて戦い続けたが、それでも眼前の男には一歩、届かなかった。
「……っまさか、人間に、称賛されるっ、とはな」
バルアは剣を杖にするようにして立ち上がる。
その腕も、足も疲労から大きく震えている。
太ももに拳を叩きつけて、震えを沈める。
「お前の目的は、侵略か」
「かもね」
目の前の男は、バルアの問いに対して曖昧に答える。
例え殺す相手であっても、情報を漏らすつもりは無いらしい。
既にこちらが動物で情報を収集していた事に勘付いているらしい。
これもレグオンから知らされた通りだ。
「僕からも聞いていいかな?」
「……なんだ」
しかし、向こうに会話を続ける意思があったことは予想外で、バルアは少し答えるのが遅れる。
「君は何の為に戦うんだ?」
「それは国の——」
——守護のため。
そう返答しようとして、それが嘘でも無いが真実でも無い事に気づいた。初めて剣を握った時から、同じ事を思っていただろうか。
「いや」
違う、もっと低俗で私的で、幼い感情だ。
「格好付けたい、からだ」
「なるほど」
そういう動機もあるだろう。
逃げる男は格好悪い。だから戦う。
国のため、種族のために戦うことができるのは高尚だが、それらは命の掛かったいざという状況で、折れやすい。
それと比べれば、彼の目的はいくらか共感しやすいものだった。
「僕はね、人類の為に戦ってるんだ」
しかし、目の前の男は建前のような目的を、本気で掲げていた。
普段なら馬鹿らしいと思えるようなことでも、戦場で幾千と剣を交わした今なら、不思議な納得すら感じる。
「だから」
男は剣を掲げる。
「そのためなら、何だってやってやる。……何だってね」
「!っぐぅ」
バルアは予想外の痛みに呻く。
下を見れば、地面から生えたナイフが彼の足の甲を貫いていた。
会話をしながら、地中で動かしていたらしい。
「シィッ」
「っ、〜〜〜〜〜!!!」
続いて男が振るった刀が、バルアの両腕を切り飛ばす。
肉体から離れて尚、剣を握ったままの腕が宙を舞う。
喪失感と絶望が彼の心を覆うよりも先に、無理やり怒りで自身の頭を塗りつぶしたバルアは人間に飛びかかる。
剣が無いなら、その歯牙で戦えば良い。
「フグウウ”ウウ”ウ”ウ”!!!」
「
人間の前腕にバルアは噛み付いた。
バルアの執念の強さを見誤っていた彼は、食い込んだ歯の痛みに呻く。
腕を強く振り回して、噛みつきを解くと、再び地面を転がった彼の首に刀を添える。
「ハァッ……ハァッ……ハァ」
息を荒げながら、バルアは人間の方をただ睨みつける。
「……」
一方の人間は無表情でバルアの首に刃を置いたままだ。
この剣を引けば、バルアの首は落ちる。
しかし、人間はそこから刀を動かさない。
「ハァッ……腰抜けめ」
「違うよ」
そう言いながらも、首に添える刃は制御できないほどに震えている。
ギリギリと掌が白くなるまで力を込められる。
「はぁ」
「っあ”!?」
しかし、諦めたように溜息を吐いたかと思うと、バルアの足にピンのように刀を刺して地面に固定する。
「力縛鎖」
『
バルアは鎖に体が触れた途端に力が抜けるような感覚に襲われ、グッタリと倒れ込む。
「ぐう”っ」
人間は固定していた刀を抜く。
再びの痛みにバルアの体は跳ねる。
人間の男は血を振り落とすように空中を斬ってから、異空間に刀を治める。
そして、荒野に広がる拘束されたゴブリン達を見てから呟いた。
「面倒だけど、オークに殺させるしか無いか」
そうしないと、鎖を回収することができないからだ。
ステータスや、依代の恩恵により強化された肉体を持つ者達は腕を切られて放置されても自然治癒だけで生き残る可能性もある。
本当ならオークだけで処理させたかったが、オークキングを殺す目的の部隊だけあって、彼らを殺しても十二分に釣りが来るぐらいの戦力があった。
兎にも角にも仲間の元へ戻ろうと後ろを振り返る。
「ん?」
そんな彼の視界の端に銀の光が映る。
「な!?」
その銀の光は、一本の矢の形をしていた。
彼の認識よりも早く『
そして、着弾。
瞬時に数十枚の『
「ぐ、ぅ」
爆風で、彼の体が吹き飛ばされる。
一撃で、展開している殆どの盾が失われた。
予備はある。しかし時間をかけて準備したそれらが泡のように簡単に消えてしまうのは受け入れ難かった。
「だ、れが」
問いかけるまでも無く、それは居た。
ゴブリンとしては高めの身長。
左手に持つのはゴブリンの背中で隠れるような小さい
何より目を引くのが、彼女の纏う肩当てに嵌っている徽章。
『不壊』を意味する黒曜石の装飾が許されるのは、神国において僅か数人。
そして、徽章に『I』の記号を刻めるのはその頂点。
「こちら『
彼女は手元のアーティファクトを通してそう伝えると、懐に入れ直した。
そして視線を、浮かび上がる盾のアーティファクト、転がる兵士たち、周辺の地形へと走らせてから、頭を傾ける。
「これ、あなた一人でやったの?」
「……」
男は悔しそうに歯を食いしばる。その立ち居振る舞いは無防備でありながら彼女の放つ圧力が彼に反撃を許さない。
「答える気はない、ということ?」
パキン
「!?」
彼の目の前の盾が唐突に割れる。
一瞬で破られた事に驚いた訳ではない。こうして警戒している状態で、目を離した訳でも無いのに、盾が破られるまで攻撃を放った事にさえ気づかなかった事に驚いているのだ。
今度は目を離さないと、意識を向けた時にはゴブリンの姿は消えていた。
「どこに……!?」
背後の盾が破られる。
姿が消えているのはアーティファクトの力かと、思考を回す間も次々と盾が落とされていく。
もし彼女が現れる前に放った極大の弓撃を避けられない距離からもう一度放ったならば、彼に命は無いだろう。
しかし、二度目の大技がやってこない事に疑問を覚える。
「っまさか」
ハッとして周囲を見回せば、荒野全体に転がっていた筈の兵士達がいなくなっていた。
「初めからそれが目的だったのか」
初めの射撃の時点で、仲間の救出を諦めていたと思っていた。
しかし、この兵士は接敵した時に気付いたのだろう。
この程度の実力なら、救出も難しくないだろう、と。
事実、その通りになった。その事実に彼は怒りが湧いた。しかし、状況はさらに最悪へ近づいただけだ。
救出するべき存在は、もうこの場にはいないということ。つまり、容赦の無い大技が来る。
「……っ」
絶え間なく続いていた射撃が、途絶える。
そして、彼の視線の先で、莫大な魔力が動く気配がする。
「『
男を捕捉し、地面に根を伸ばすように、深く構えている。
弓と矢の両方に武技の魔力が行き渡り、銀色に光り輝く。
絶命の一撃を前に、男は指を震わせる。
「ハァ、くそ、予想外にも程が有る。……もうどうでもいいか」
そして、ヤケになったような独り言を漏らしながら、両手で顔を覆いながら俯いた。
彼女は、弓の先に立つ人間を無感情に見つめながら弦を離す。
魔力の込められた矢は彼女の前方の地面を削りながらゴブリンの敵へと迫る。
それと同時に、人間の口元が顔を覆う手の下で三日月に歪んだ。
彼が最後に放ったのはただ、一言。
「『
史上最強の権能が再び世界に解き放たれた。
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(; ゚∀ ゚) !!
(; ゚∀ ゚) ……
( ゚∀ ゚)
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