第20話 小騎士
「まったくっ、道具だけはっ、ご立派なものだなっ、女にでも貢がせたかっ?」
バルアは剣士無く振るわれる剣を切り落としながらも、人間を煽る。彼は『
しかし、それを狙おうとすれば、別の剣がカバーに入る。
「いや、僕の手作りだよ。代金が払えるなら売ってあげようか?もちろん、聖国金貨でね?」
人間は、そのグレートソードを側面から叩き付けるように振る。
「むっ!」
こちらが一度振るえばあちらは二度三度と反撃が返って来る。
それに持ち手のある剣と違って、この剣は人体という弱点を持たない。
時折操者たる人間が与えて来る斬撃も重く、鋭い。
しかし、先ほどバルアが一目見た感覚ではそれほど強いように見えなかった。その乖離に若干戸惑うが、振るわれる剣だけに集中して、違和感から目を逸らす。
『アーティファクトを自作した』という発言は
前提として、アーティファクトは迷宮都市にしか存在しない。
そして、現在は聖国は地理的にも迷宮都市に接する領地を持たない。
むしろ他のどの国よりも迷宮都市に迫るのが難しい位置にある。
あと考えられるのは、大征伐までに流通したアーティファクトが使われている可能性。
だがこれも信じがたい。
目の前の人間は、聖国の中でも冒険者という装いをしている。彼らの虚栄心の大きさからして、これが騎士の変装というのは考え辛い。
ただの冒険者に、これだけのアーティファクトを集めることができるか。答えは否だろう。
これだけの根拠からバルアは彼がユニークスキルを持っている可能性が最も高いと思っているのだが、『アーティファクトを作るアーティファクト』が存在しうることを考えると、この予想は絶対のものでは無い。
人間が剣を上段に構える。
グレートソードは重く、振った時の隙が大きい。
目の前の男はそれを複数のアーティファクトを動かすことでカバーしているが、あくまでそれは隙を他の攻撃によって覆い隠しているだけだ。
バルアは見極めた間合いギリギリまで下がり、カバーが来るよりも早く、最高速の一撃を叩き込むつもりだ。
彼は剣を後ろに構える。
「フ」
人間の吐息に混じるような笑い。
空中で柄を握る手を離した。
「!?」
手動から誘導に切り替わった剣は、予想した間合いよりも少し遠くまで届く。
バルアはそれを防ごうとする、が背後に切先が向いた剣での防御は僅かに遅れる。
「ぐ、ぬぅ」
代わりに、振らず、柄を頭の上に掲げる。
両手で握る柄の右手と左手の丁度中間。猫の額ほどの空間でグレートソードの一撃を受け止める。
「やるね」
これで死ぬとは思わなかったものの、手傷を負うだろうと予想していた人間は驚いたように目を見開く。
しかし、彼の指は冷静に
バルアは上体を逸らして二本の剣を躱すと、崩れた体勢を嫌って、素早く距離を取る。
一進一退。既に二人の攻防が始まってから半刻が経ちつつある。
バルアはその顔に焦りを滲ませる。
この瞬間も、背後の同胞は大量のオークの軍との戦いに晒されているのだ。目の前の人間はこちらの焦りを突くだけで良いと自覚しているようで、先ほどから積極的な攻撃を加えて来る様子は無い。
苛立ちをぶつけるように、荒野にそびえる岩の一つに剣の柄尻を叩き付ける。骨剣に反響した音が荒野に響く。
その間もバルアは人間の方を油断なく睨みつけている。
「……はぁ」
「?」
バルアはリズムを作るように、上体を揺らす。
武術においてリズムを作るだけなら問題はないが、相手に悟られれば反応できないタイミングを狙われてしまうことになる。
そのことを知っている人間は彼の行動を不審に思う。
「スッ…フッ…スッ…フッ」
肉体全体から余計な力が抜けていく。
「……」
バルアの緊張と脱力が最大限に達したとき、唐突に彼の姿が消える。
「フッ!!」
彼は地面スレスレを舐めるような角度で蹴っていた。
横に構えられた剣から眩い銀の光が溢れる。
「っ、
「『
自身から相手までを一本の直線で繋ぐような高速の移動と同時の斬撃。
反応が遅れた人間は、怒鳴るような声色でアーティファクトを動かす。バルアの本気を見誤っていたために彼の姿を一瞬見失ったが、それでも防御は間に合う。
三本の剣によってバルアの攻撃を受け止めた。その内二本の剣に半ばまで骨剣が減り込むがそこで止まる。
例え彼が攻めに全力を注いだとしても、こうして押し止められるだろうことは分かっていた筈だ。
ならばなぜ、わざわざ見え見えの予備動作を行なったのか。
その答えは直ぐに示される。
人間の視界に極小の黒点が現れ、それが唐突に大きくなる。
「!?」
それが一本の矢であることに気付いたのは、命中した後だった。
『
バルアがわざわざ予備動作を見せたのは、彼の突撃に合わせて攻撃を喰らわせるため。ご丁寧にも射手の姿は直前まで彼の背中で隠されていた。
岩の反響から仲間がいることを察したところから始まった、バルアによる即席の連携は、完璧な程に決まった。
だが。
「こっちが本命なんだね」
「……まだ、隠していたか」
パラパラと、矢軸の破片が落ちる。
彼の眼前には空中を浮かび上がるカイトシールド。
「
自動的に浮かび上がり防御を行うアーティファクト。
完全自動であるが故に、彼の意識外からの攻撃にも反応することができる。
突破方法はそれを破壊するか。防御が間に合わない近接攻撃。
いずれにしろこれからは伏兵の存在が知られた状態での戦闘になる。
何より——。
「展開」
人間の所有する異空間から、無数のカイトシールドが呼び出される。
彼の体の全方位を三重に覆い尽くして余りある数のアーティファクト。
それらが不規則に彼の周囲を飛び回る。
「第二ステージの始まりだよ。今度は突破させるつもりはないけどね」
バルアは引きつったように笑った。
「隊長」
隠れ潜んでいた兵士達が岩陰から次々と現れる。
頼れる精鋭たる彼らは、無傷では無いもののその数を保ったままナイフの群れを突破したのだ。
あれほどに早く。
そして、ナイフの群れの先にあった盾の群れを見ても、彼らの瞳は死んでいない。未だ確固たる意思と覚悟を秘めている。
「ハッ」
バルアはもう一度笑う。今度は引きつった強がりの笑みでは無い。
足も動く。
手もある。
目は見える。
耳は聞こえる。
頭は回っている。
仲間は横に立っている。
そして心には、一本の剣がある。
「なら、十二分」
溢れる銀の光を剣に纏う。
部下達も各々に剣を構える。
効果が無いと悟った弓は既にその場に捨てている。
彼らの戦意に気圧された人間は再び異空間を開くと、黒い拵えが施された一本の刀を呼び出す。
「宵斬」
特殊な武器では無い。
ただ鋭く硬く、切れるだけ。
今、それを呼び出したのは万の勝ちの中に一つの負けを見出したからかも知れない。
「本当に、
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◆ Tips ◆
『
『
『
モチーフはチェスの駒。
残り三種の駒は何になるでしょう。
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