第18話 凶報
「ゴ、トー?」
「どうした?ゼル坊」
師の名前を教えられたゼルは顔を青くする。
『ゴトー』という名前はゼルの中に忌まわしいものとして刻まれている。ランドリクという人間がゼルと村人達を騙すために名乗っていた偽名がゴトーだった。
「同じ名前を、村を襲った人間が名乗っていた。偽名だけどな」
「うーん、まぁそりゃ、うぅん」
確かによく聞く名前では無いが、有り得ない一致では無い。
しかし、ゼルからすれば酷く縁起が悪いものであるのは確かだ。つくづく運が悪いとレグオンは哀れに思った。
ゼルも酷く苦々しい感情が湧き上がる。
それで、ふと彼の名前を知られたくないと言っていたレイアの方を見れば、未だに薄く目を閉じたままだ。
ゼル達の反応に興味が無いというよりも、自身の反応から何かを悟られることを嫌っているような反応だ。
開拓村で彼らがその名前について、そういえば何か気になる事を言っていた。
『ははは!!お前、正気かよ。よりにもよって『聖女殺し』を名乗るとはな!』
『笑うな。とっさにそれしか思い付かなかったんだよ。それにどうやら奴の名前はゴブリン共の間では有名では無いと知っていたからな』
『分かっていても名乗るものかあ』
『……まあ、皮肉もあったな。聖国にとっての厄災が、ゴブリンにも牙を剥く。これほど皮肉な事はないだろう?』
「聖女殺し」
「ゼルさん!!」
ゼルが呟いたその単語を打ち消すようにレイアが怒鳴る。
「せい——、分かったよ姉御。口には出さねぇ」
レグオンが何かに思い至ったように反芻しようとするのをレイアが視線で押し留める。
「レグオン、知ってるのか」
「いや……旦那の名前も、その二つ名も聞いた事ぁ無いな。でも聖女は知ってる。聖国が抱える中でも大きな影響を持ってるっていう人間だ。そして戦力は……
つまりそれを殺したということは……。
「成る程なぁ、あんな簡単に水竜様を殺せる訳だ」
レグオンは目の前で彼が水竜を屠る所を見ていた。
戦うことを得意としない彼にはとにかく強いということしかわからなかったが、少なくとも
ゼルも自分の師がそれほどの実力者と知って誇らしい思いだった。
そして、『聖女殺し』という行為が本当のものなのかレイアに問いかけるように視線を向ける。
「レイア」
「はい」
彼女は目を瞑り、視線を合わせようとしない。
「俺たちが言った事は、合ってるのか?」
「……」
少しの沈黙。そして彼女は深く息を吐くと、瞼を開いてゼルに視線を向ける。
そして、端的に。
「おそらく、そうでしょう」
「おそらく?」
その言い方をはぐらかそうとしているのだと感じたゼルは、少しムッとしたように彼女の言葉を反芻する。
「私も、彼がした事を見たわけでは無いので。ただ、私が三年前に彼に会ったときには既に今の状態でした」
『今の状態』とは焦点の定らぬ目で中空を見つめているような状態ということだろう。彼女がゴトーとどこで出会ったのか、という疑問が浮かぶが彼女がそれらについて頑なに答えようとしないのは知っている。
「そうか」
ゴトーが傍目からは分からないながらも、意識があるのだと知ったゼルは、どうにか彼を元に戻す事はできないだろうかと思案する。
しかし、子供に過ぎないゼルには知識も権力も足りないことは明らかだ。もっと人と知識の集まる場所でないと解決はできそうに無い。
場所を変え、そしてもっと上に上る必要がある。
その切符を既にゼルは持っていた。
「緑都に行こう」
「オークはもう良いのか?ゼル坊」
レグオンはゼルを軽く揶揄う。
「意地悪言うなよ、これでも反省しているつもりなんだぜ」
ゼルはオークに負けたという事実を許せなかっただけだ。
それが、ボロボロに負けてあまつさえ助けられて、それでもなおオークと戦うならば、もうその先には無残な死が待つだけだろう。
既にこの場には軍が居る。彼が戦う必要性も無かったと、今なら割り切れる。
「本当かぁ?……あぁ、そうだ。俺ぁ少し野暮用がある」
「野暮用?」
「あぁ、そういうことですか」
「?」
「ゼルさんには後で説明します」
レグオンの言葉に納得がいったように頷くレイア。
彼女はレグオンがゴトー達を呼び寄せる時に鳥を使っていたのを思い出した。
そして、レグオンが軍が防衛線を張っているこの野戦病院で待っていたのを考えると、彼は元々ここでの役目があったということだ。
動物を操り、そして意思疎通できる手段を持っている彼はその能力をもって、偵察という役割でもって軍に協力していたのだろう。
だからこそ戦場で彷徨いていたゼルに気づくことが出来た。
レグオンは疑問に満たされているゼルに向けてニッと笑った。
「一週間かそんぐらい遅れて俺達はこの街を出るつもりだ」
◆
「バルア」
「レグオンか。随分と無茶な伝令を寄越すだけ寄越して……全く私を誰だと思っているんだ」
防衛線での指揮であるバルアは、男に不機嫌と取られるような言葉を投げかけるが、目はそれほどに怒っていない。
「
「スタンピードが起きたとなれば、動かざるを得ない。あとは早いか遅いか。もしお前が言ったことが嘘だったなら、私の信用と地位は地に落ちただろうな」
「お前なら、今回の戦果でもってまた出世するだろ?」
「当たり前だ」
バルアは悪戯っぽく口角を上げる。
「それで、目的はスタンピードの」
「あぁ、間違いなくキングがいる。その場所を知りたい」
頭が落ちれば、あとは烏合の衆となる。
散り散りになったオーク達はしばらくの間、周辺地域に被害をもたらすだろうが、それらに対してはこちらも中央軍を分散して配置するようにすれば対処できる。
「おん?……丁度戻ってきたようだな」
空から、彼の目の前に複数の鳥が降り立つ。
鳩だけでなく、鷹など猛禽類や、雀のような小鳥といった様々な種類の鳥が彼の目の代わりに情報を収集してきたようだ。
「ふん、ほー、なるほど」
バルアには彼が鳥を相手に適当に頷いているようにしか見えないが、それが本当に話を聞いているのだと、経験をもって理解している。
「そうか……」
しかし、途中から彼の顔色が曇ったことで、不穏なものをバルアは感じる。
「わかった、ありがとうな」
話し終わった鳥達はその場から飛び去って行った。
あくまで鳥達が情報を集めてくるのは、鳥達の自由意志によるものだ。餌を対価に交渉する事はできても、強制することはできない。
なので彼は情報収集の際にはその場にいる動物を使うようにしていた。
「……吉報ではないようだな?」
「いや。キングは居た。場所も分かってる」
「!おぉ。十分では無いか!なら何でそんなに暗い顔をしている?」
一度の探索によって居場所が分かると思っていなかったバルアは予想以上の成果に喜びの声を上げる。
「少数だが、人間がいた」
「……っまさか!?」
オーク達の妙に整った装備。
神国として初めて起きたスタンピードであるために、経験の乏しい彼らはそれが異常な事象であると確信することが出来なかった。
「今回のスタンピードは、裏に人間がいる」
元からオークのキングがいたのか、人工的に作りだしたのかは分からないが、彼らに装備を与えたのは人間達だろう。
「人間め」
バルアは怒りに顔を歪めて、拳を握り締めた。
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故意に魔物の大量発生を引き起こすなんて、何て悪いやつなんだ……。
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