第16話 オークジェネラル

 村一つを単身で滅ぼすことができるか。

 そう聞かれたらゼルは多分頷く。その程度の力はある。

 そこに軍人が混じれば話は別だが、先程の村などは自分の力だけでも可能であると確信した。


 なら街一つを単身で滅ぼすことができるか。

 そう聞かれたらゼルは首を振るだろう。

 例えその街にいるのが、恩恵を一つも受けていないゴブリンだけであったとしても、だ。

 村であれば反刻で済む作業も街一つとなれば数日はかかる。

 その間敵に囲まれ続けるとなれば、肉体的にも精神的にも疲労する。


 ゼルの短慮は、スタンピードが力ある魔物が、街以上の頭数を率いてやってくるのだということを理解せずにこの場に立ったことだろう。



 現れたオークの本隊を見た瞬間、ゼルは鳥肌が立った。

 装備の整った巨躯が隊列を組んでやってきているのだ。

 拾ったものであるために、それぞれ装備の色合いは違えど、鎧を着ていないオークは殆ど居ない。


 進化種では無いオークにも行き渡らせるほど潤沢な装備がこの集団にはあるのだ。

 先頭のオークはその全てがタワーシールドを構えている。


「ハァッ!!」


 オークが構える盾に全力で飛び蹴りを喰らわせる。

 足の跡が付く衝撃を受けたオークはくぐもった悲鳴を上げて背後のオークを巻き込んで倒れるが、それをカバーするように横のオークが盾を持って立ち塞がる。

 ゼルがそれを相手にしている間に、倒れて居たオーク達は立ち上がり万全の体制を整え終わる。


 打撃を得意とするゼルには、盾の相手は相性が悪い。

 加えてゼルの呪術も、鎧の上からでは徹すことができない。


 しかし、それにしても統率が取れすぎている。

 相手にしているのはオークの筈なのに一段階上の賢さを感じる。


「ブォオオ”!!」


 オークの低い鳴き声が彼らを律する。

 ゼルはこの声の主がオークをオーク以上の集団に仕立て上げている存在だと勘付いた。


「退けぇ!!」

「プゴっ!?」


 ゼルはオークの盾を強引に引き剥がすと、引っ張り出されたオークの手首を握りつぶしながら『魄撃オシレート』を叩き込む。

 そのまま奥に踏み込もうとして…


「が、ァ」


 側面から振り下ろされた棍棒に頭を揺らされる。

 ゼルもやられるだけではなく、恩恵を揺らすことで、そのオークを無力化すると、屈んだオークの喉を爪先で蹴る。


 オークの海をかき分けながらより深くへ進む。


「ブヒィ」


 嘲笑するような指揮官の声が彼を笑う。


「くそ、がっ」


 ゼルはオークより数倍速く動いて、殴って、蹴るが、相手はゼルの10倍近い数で彼を囲んでいる。


 彼が攻撃を繰り出すたびにその反対側から盾に隠れて棍棒が振り下ろされてくる。

 身長の差もあり、上から来る攻撃はゼルからは見えづらいのだ。

 攻撃をされるたびにカウンターを打ち込んでいるのだが、その度に別のオークと交代して数は変わらない。


魄撃オシレート』は触れるだけで相手を無力化できる便利な技だが、数分程度でギリギリ立ち上がれるくらいには回復してしまう。


 時折盾の隙間から覗いて見える感じだと、盾持ちのオークはやはり多くは無い。


 深く盾を構えるオークを突破すればその先にいる盾持ちは壁を作れる数は居ないということだ。


「ブフ」


 今すぐ、笑えなくしてやるよ。



 ゼルはクラウチングスタートのように深く腰を落とす。

 足に重なる恩恵を四分の一だけ消費する。



「『四分魄離ディスチャージ』——『あし』」


 地面が割れた。



「プ、オ!?」


 盾を構えていたオークの視界には衝撃で吹き飛ぶ盾持ちのオークたちの、自身と同じく宙を舞うオークの群れ、そしてひしゃげた自分の足先が見えていた。



「ブゴブゴ!!ブブヒブブゥ!!」


 指揮官は直ぐさま自身の前を塞ぐように盾持ちに指示を飛ばす、が。


「遅ぇよ」


 オークが盾の後ろに潜り込むよりも先に、その頭部を飛び蹴りが破壊する。その後ろの指揮官もまとめて轢き潰すかに思われた弾丸のような蹴りは、指揮官オークの構えた盾によって受け止められた。


 受け止められたことに歯噛みするゼルだが、彼の攻撃は確かに指揮官まで届いた。

 オークの構える上等な盾とゼルの足裏の間とで光と熱が発生する。


「ブ?……!?」


 どん、と低い衝撃と共に、盾の前面が弾ける。

 赤熱した盾はオークの左手の皮膚を溶かすが、指揮官は力に任せて皮膚ごとそれを引き剥がす。


「ブフゥ」


 強い殺気を帯びた視線。言葉にするなら、「よくも俺の左手を」と言ったところだろう。


 厄介な盾を引き剥がすことができたのはゼルにとって幸運だった。

 囲まれているこの状況で守りに入られるとかなり鬱陶しい。


 改めて指揮官を見上げる。


 体格の大きさからオークの進化種だろうことはわかるが、ソードマン剣士ともウォリアー戦士とも捉え難い中途半端な体格に、武器は錆の無い上等な剣。

 兜は合うものが無かったのか被っていないが、鎧はかなり厚いものを装備している。


 指揮官オークはゼルに向けて剣の切先を向けながら油断なく観察を続ける。

 対するゼルも相手の戦力を分析する。足運び、剣の持ち方から、指揮官オークはある程度剣が使えることが分かる。少なくとも見栄えを重視して剣を握っている訳でないことは確かだろう。


「ブ?」


 指揮官オークはゼルが攻めてこない事に疑問を覚える。

 先ほどの目に見えない程の加速を使えば、懐に入るくらいは簡単な筈だ。にも関わらず様子見を続けているのは、あの足を黒くするのは切り札であったということだ。


「ブヒィ」


 指揮官オークは自身に勝ちが大きくなったことを理解して気の抜けたような鳴き声を漏らす。


 オークが勝ちを確信したことはゼルにも伝わった。


「舐めるなよ、豚の分際で」


 消費したのは『あし』の四分の一に過ぎない。

 代わりに、盾持ちから受けたダメージはかなり蓄積していた。


 撤退を考えるならある程度の力を温存する必要がある。


「ブヒィ」


 ある程度の、力を、温存する


「ブヒブヒ」


 必要がある。

 こちらを笑うオークの声に感情が掻き立てられる。

 理性は『油断している方が与し易い』と感情を抑えようとするが、グツグツと煮えたぎる怒りが理性を跳ね除ける。



 腕を黒く染める。


「『四分魄離ディスチャージ』——『うで』」


 後のことは後で考える。

 今は、今直ぐ目の前の存在の顔面を磨り潰すことだけ考えろ。


 指揮官オークが振り下ろした剣を、掌で受け止める。

 そして、金属製の刃が赤熱する。爆発の予兆だ。


 先ほどの失敗で学習したオークは柄から手を離しながら、周りのオーク達に命令を叫ぶ。


「ブヒっ!?ブブブ!」


「プヒ」「プウぅ」


 ゼルと指揮官を中心とする空白地帯に複数の剣と、小盾が投げ込まれる。

 指揮官オークは飛んできた剣の柄を綺麗に掴み取る。


 同時にゼルは赤熱した爆発寸前の剣を指揮官オークへ投げつける。


 指揮官オークは触れれば爆発しそうな剣を見事な剣捌きで受け流した。

 背後で彼の代わりに数多の部下が爆発の犠牲となった。



 ゼルは投げた剣の行く末を見届けるより先に、地面に黒く染まった左手を突き込む。そして全力で捲り上げる。


「ダラアアアアアア”!!!」


 普通であれば目潰しにしかならないそれは、人外の怪力を持って振るえば、有効な攻撃手段となる。


 剣と違って捉え所のない礫の群れを、小盾を構えて顔を守ることで凌ぐ指揮官オーク。

 小盾はオークの体躯を覆い隠すには余りにも小さく、礫が側面を掠めて赤い血を流す。


 そして、ゼルの腕から黒が退いていく。

 既に指揮官オークにとって体を染める黒は警戒色となっていた。

 それが元の緑に戻り、僅かに安堵——。



「……『四分魄離ディスチャージ』——『うで』」


「ブヒ!?」


 ——する暇も与えない。

 ゼルはさらに札を切る。


「ブボボ」


 付き合ってられないとばかりに、周囲のオークから盾持ちを呼び寄せる。


「邪魔……すんなよ」


 ゼルは現れた盾持ちオークから、盾を奪い取ると木の棒のように振るって彼らをリングから退場させる。


 ボロ雑巾のようになったオークの肉体がオークの軍団の外に落下する。


 背を向けた指揮官を追う。

 盾をディスクのように横向きに回転をかけて投げつければ、延長線上のオーク達が轢き潰される。


「『四分魄離ディスチャージ』——『あし』」


 赤色の絨毯を一歩で飛び越える。


 その向こうには、驚いた顔の指揮官。


「ブ、ぶお」


 咄嗟に剣を振る。

 初めからそうしろ


 制動して、頭を傾けて避ける。


「『四分魄離ディスチャージ』——『うで』」


 未だ黒く染まった足に加えて、腕部も黒く染める。

 足を覆う黒を一気に消費して、一度ゼロに戻した速度を再び最大まで加速させる。


「ブ!」


 速度をのせた左の拳ジャブが胸元の鎧を吹き飛ばす。


 左で距離を測ったゼルは、ギチギチと音が鳴る程に右の拳を握りしめて、打つ。


「ブ!?」


 指揮官オークは両腕の手甲を交差して胸を守ろうとする。


「甘えよ」


 地面に亀裂が走る。

 その破壊力は腰を登り肩を通して、拳に乗る。


 回転のかかった拳を前に、指揮官オークの腕は濡らした紙のように千切れ飛び、心臓を貫かれた。


 胸に穴の空いたオークは、驚愕の表情を浮かべたまま、ばたりと後ろに倒れた。疑問を挟む余地の無い死体となった指揮官を前に、ゼルは鼻を慣らした。



「ハハ、俺のか」


 軽い衝撃。

 思わず右胸を見下ろすと矢が生えていた。

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