第14話 撤退


「馬車にオークが張り付いたぞ!!落とせ落とせ!!」

「ぎゃー!危ねえ。気をつけて武器は振り回せ!」

「進め進め。死体は外に押し出せ!」

「オラァ、死にさらせ人豚ぁ」

「『呪恨リゼント』ぉ。誰か『暴走バーサーク』掛けて殿してくれよ!!」


 悲鳴を上げながらオークの群れを貫いて進む馬車に、ワラワラとオーク達が集まってくる。


 とっくに村は離れたが、彼らを逃さないとばかりにオーク達は追い縋ってくる。

 しかし、群の中心を離れたことで段々とオークの供給は途絶えて、最終的にはオークを振り切ることに成功した。


 彼らはそれでも距離を稼ぐために速いペースでの移動を継続していた。

 馬車を囲う傭兵達は駆け足気味だ。余程オークの群れに揉まれて命の危険を感じたのだろう。


 彼らの走るペースが徒歩まで落ちたのは、一刻が過ぎた頃だった。


 重傷を負ったものは馬車の中に入れられる。

 幸いにも撤退の際に処置不能の傷を負ったものは居ない。精々が骨折くらいだった。


 頑なに馬車の上から降りようとしないヴァングも、実はかなり疲労していた。オークの群れとの戦闘の中で、何度か『獣化』の血絡術を発動していたからだ。


 朗らかな笑みの下で咳を押し殺して、傭兵達の様子を見守っている。


 円陣の比較的内側の方で守られていたゼルは、疲労も傷も殆ど無い。



 ゼルは体力に余裕ができたお陰でこれからの事に思考を向けることができた。

 村に着いてからかなり早期の時点でリーダーは街へ向けてオークのスタンピードの発生を知らせる早馬を出した。


 スタンピード。

 それがゼルの初めて遭遇した魔物の大発生の呼び名だ。

 どこからスタンピードと呼ぶのか基準は曖昧だが、本来バランスの取れた生態系の大きな偏りが起こることが一つの指標となる。


 また、原因としては進化によって繁殖に影響を与える種族へとなることがスタンピードの引き金となることが多い。例えばローチでは莫大な量の卵を産み落とすクイーンローチがスタンピードを起こす要因となった例がある。


 この場合、スタンピードの収束のためには上位種の討伐が必須となり、上位種クイーン以外が原因のスタンピードよりも難易度が格段に上がる。


 歴史のごく浅い緑神国では、スタンピードの存在を資料から知っていても、対処した例は未だ少なく、ノウハウが十分では無い。

 そこで、原則スタンピードの発生は他国からの侵略と同様の対処を取ることとなる。


 つまり、国軍が迎撃を行うのだ。


 街道を走り、一日が経った頃に彼らは道一杯に構築された防衛線へと行き当たった。




 ◆




「偵察、そして村人の輸送、共に見事な手際だ。国軍を代表して礼を述べさせてもらう」


 天幕の中で豪華な装備に身を包んだ男が朗らかな口調で述べる。


「当たりま……身に、余る光栄です」


 調子に乗ろうとしたリーダーは副官の男に人睨みされて、直ぐに殊勝な態度へと切り替えた。


「うむ……君も依代の輸送を立派に成し遂げたようだな」

「うん?はい」


 偉そうな軍人はその隣に立つゼルへと言葉を投げ掛けた。

 ゼルは曖昧に頷くと、この男は誰だと言うように副官の男へ投げかける。


「そういえば名乗りがまだだった。私はバルアここの兵士を指揮する中央軍所属の青剣兵ブルーだ……一応、上品上生一級を冠している」

「……傭兵のゼル」


 自分の名乗りが相手に比べて短い事実に謎の敗北感を覚えながら、ゼルは彼と握手をした。相手の軍人はゼルの少しぶっきらぼうな態度にも気を悪くする様子は無い。


 手を握った瞬間、ゼルは最近の習慣で相手のを読み取ってしまう。そして得られた情報にゼルは疑問を覚えた。


「?」

「……私の顔がどうかしたか?」


「いや」


 手を繋いだままマジマジと顔を見つめてくるゼルに、彼は空いた手で髭をさすりながら少し照れたように問いかける。


 ゼルは何食わぬ顔で、頭を振ると後ろに戻した手を確かめるように何度か握る。


「中央軍は、ここでスタンピードを食い止め——」


 そこから国軍の動きと、傭兵達への指示が始まる。

 戦う力はあるとはいえ、単なる雑用でしかない傭兵は、集団行動に関する訓練を受けておらず、足並みを崩してしまう危険がある。


 ここから彼らの手が必要になることはまず無い。

 そのため、軍からは緊急依頼として、近隣の村への避難勧告を出す役目を与えられた。


 バルアが去ると副官の男が細かい指示書を提示してくる。

 地理に疎いゼルは彼とリーダーの会話を聞き流しながら、バルアのの感触を思い出す。


 上品上生一級の兵士という名乗りに相違なく彼の肉体に重なるはこれまでで最も密度が高い。


 しかし、ゼルが違和感を覚えたのはその密度ではなく、形だ。

 恩恵は基本的に肉体に重なって存在している。

 腕が欠けているならも欠けている。


 傭兵ギルドのマスターは肉体という器無しに恩恵を留めておけないからだ、と語っていた。


 バルアのはその逆だ。

 下顎の部分の恩恵が欠けていた。

 しかし彼の顔にはしっかりとした顎が付いていた。


 これまでに無い現象に疑問を抱く。


 あの顎が義手・義足のように代替された物であるようには見えない、生まれ持ったものの筈だ。



「それでは、よろしく頼む」


 擦り合わせが上手く行ったのか、副官の男は晴れやかな顔でリーダーと握手をする。対するリーダーは憂鬱な表情だった。

 面倒な位置への伝令を押し付けられたのだろう。

 ついでのように副官の男はゼルへと顔を向けた。


「君も……まぁ、五体満足で会えることを願っている」


 バルアの妙に寛容な態度と言い、どうやら彼らはゼルのことを子供だと軽く見ている節がある。それもまたゼルの癪に障った。







カラカラと木製の軸が周り馬車はスタンピードに沿って走る。

現在は傭兵をまとめて運び、近くの村へと警戒と避難を呼びかける伝令としているのだ。


ゼルは上向きに歪曲した馬車の後端へと腰を下ろし、足をぶらつかせている。


あと数刻もすれば、オークの群れは国軍と衝突する。

にも関わらず、自分は使いっ走りだ。

これで良いのか、疑問が首をもたげる。


「……ちっ」


そして、一つ舌打ち。


「よし、ゼル。降りろ」

「やっとかよ」


「上からああ言われたなら、従うしかない」


まだ馬車に残っていた傭兵がゼルを諫める。

傭兵は他の職業よりも自由だが、それでも国の命令に逆らえるものではない。

まして、その命令は国民の命を守るためのものだ。


ゼルの良心が命令に従うことの正当性を主張する。


「もちろん、分かってるぜ」


仕方ない、仕方がない。

低速で進む馬車から一息に飛び降りると、街道の別れ道で馬車から斜めに進み出した。


「さっさと終わらせて、オークの一匹でも仕留めてやる」



そのまま走った先は、彼の故郷と同程度の発展を遂げた村だった。

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