第12話 懐魔物


 ゼルが狼の獣人の男、ヴァングを手伝って村の壁の修復を行っていると、甲高い鐘の音が耳に入る。


「またオークだ!!」


 村人達の怒声が響く。

 明らかにオークが大量発生しているこの状況でそれでも危険地帯であるこの村に留まっているのは、力に自身のある屈強なゴブリンか、覚悟の決まっているゴブリンの二通りしかいない。

 そんな彼らは各々が鍬や鎌を手に取って構えている。


 もちろん、村人達よりも前に出るべき傭兵達は各々に武器を手に取り敵のいる場所へ走る。


 村の一角では既にオークの群れと数人の村人、そして駆けつけた傭兵が切り結んでいた。


「走れ!!今日の晩飯が逃げる前に!」

「おはぁ」

「図体だけはでかいクソ豚がぁ!!」


「はは」


 好戦的な村人達に圧倒されながら、ゼルはオークの一体とぶつかり合う。


「む」


 これまでのオークとは僅かに違う手応えに、思わずオークの姿を観察する。

 通常オークはどこかで拾っただろう見窄らしい布切れを着ているか、そうでなければ頑張って自分で作り上げた涙ぐましい努力の伺える腰蓑を纏っていることがほとんどだが、目の前のオークは、外套の下に革鎧が覗いていた。


 加えて手に持っているのは、鉄製の剣だった。

 オークに手入れという習慣が無いためか、刀身は錆びきって丸く磨耗しており、刀というよりも鉄の棒の方が近い。


「ジャマッ、だなッ!それッ!」

「プッ、ギッ、グッ」


 ゼルは鎧の覆われている箇所を避けて拳を打ち込むと、オークはくぐもった悲鳴を上げる。

 最後に膝を折ってから、喉に鋭く拳を放ち止めを刺した。


「ふう」


 他の傭兵達はどうだろうかと見回していると、強烈な雄叫びが耳に飛び込んでくる。


「ガアアアアアア!!!」


 オーク達の中に飛び込んだヴァングがオークを投げ飛ばしていた。

 先ほどまで穏やかにゼルと話していた男とはとても思えない。


 加えて現在の彼は何らかの能力でも使用したのか、耳と尻尾の生えた人間のようだった彼の全身が厚い体毛に覆われて二足歩行の狼のような風貌に変わっていた。


 彼は、その体格からは想像が付かない程に俊敏にオークとの距離を詰めると、指先から伸びる爪で顔面の肉を削ぎ落とす。


「ギイイイ!!!」


 眼球を失ったオークは喪失の悲鳴を上げながら手に持った棍棒を振り回す。


「グルルルルルッ……がア!!」


 そうして三十秒後にはズタズタになったオークの死体が転がることになった。


 グルグルと低い唸り声を上げながら周囲を見回して生きているオークが居なくなったことを確認すると、目を閉じて息を吐く。


「フゥーーーーッ……」


 一回呼吸をする毎に張り詰めていた筋肉は萎んでいき、体毛がみるみる薄くなる。

 呼吸が完全に落ち着く頃には見覚えのある男の姿に戻っていた。


 ヴァングはゼルの方を振り返る。


「何や?さっきから見とったけど」


 どうやらゼルの視線には気付いていたらしい。


 オークの死体を村人達が片付けるのを尻目にヴァングがゼルの側に歩み寄って来た。


「さっきのは亜人全員が持つ能力なのか、それともヴァングだけのものなのか?」

「……半分正解で、半分不正解やなぁ」


「?」

「みんなは持って無いけど、オレだけが持ってるものでも無いっちゅーことや。血絡術って言ってな、亜人の力は血に宿るんや。親が持つ力は子に伝わるから、兄弟だと同じ力を持つ事が多いんよ。まぁ、オレのは特別獣らしくなるようにてされたらしいから、結構負担もデカイんや。……ケホ……知らんけど」


 亜人は魔物と同じく生まれ付き特殊な力を持っている。

 その能力は不思議なことに人間が持つスキル以上の多様性を持ち、ユニークスキルに比する程の出力を持つものもあった。

 例えば物を宙に浮かせたり、心を読む能力などが確認された。


 それらに興味を持った王国の金持ちの道楽によって、亜人達は次々と品種を施され、自身の肉体を破壊するほど極端な性質の能力や複数の効果を併せ持った能力を持つ個体が現れる事になった。


 そんな血脈に宿る能力を彼らは血絡術と名付けた。


 ヴァングも品種改良の中で生まれた奴隷なのだが、どうやら彼が『獣化』を発動した時の姿は王国のにとっては美しくなかったらしく鉱山に送られてそこで数十年を過ごす事になったのだ。


 しかし、もしに気に入られていたとしても王国の金持ちの道楽のために同胞と殺し合いをさせられて死ぬか、生き残ってもひたすら交配に使われていた事だろう。


 少なくとも彼としては罪も恨みも無い誰かを殺す事になるよりも、洞窟で埃を吸って肺を患う生活の方が遥かにマシだったと思っているのでそのことは特に気にしていない。


「なるほどなぁ」

「……どしたんや?」


 ゼルは相槌を打ちながら彼の背中に掌を当てる。

 ヴァングは彼の行動を不思議に思うが、ゼルは黙ったままだ。


 今のゼルはヴァングのに意識を集中させている。


「……いや、何でもない」

「?そか」


 血絡術を持つ彼らはもしかするとゴブリンとは異なるを持っているのかもしれないと思ったのだが、ゼルには大きな変化を見分ける事ができない。


 ゴブリンと彼とでの形が違うのは分かる。そもそもは実際の肉体に重なる形で存在しているのだから肉体が異なればも同様に異なる形をしている。

 しかし、それはオークも貝殻でも同様に違う。


 強いて上げるならば、彼のは力に対して少ないように見えた。どうやら血絡術とやらはゼルには見えないものらしい。


 ゼルが背中を触ったことを誤魔化していると顔見知りの傭兵が彼を呼びにやって来た。


「おい、ゼル。村長が『特例』を出したぞ」

「特例って、なんの特例だ?」


「そうか、ゼルはまだ新人だったな。特例ってのはこういう魔物が増えた時に村人以外にも依代の使用許可を出すことだ」


 特例を出す権限を持つのは村長のみ、更に特例を認めるのは非常時のみという制限があり、判断を間違えれば権力の濫用として罷免される可能性もある非常にリスキーな行動だった。


 その許可を出した、ということは特例によって得られる僅かな戦力の向上ですら惜しい程にこの村が追い込まれているという証明に他ならない。


 ……という傭兵の説明を受けたゼルは非日常の興奮と僅かな不安を抱えながら、自分の殺したオークの死体を引きずって神殿へと向かった。




 ◆





「ング」


『うで』


 頭に浮かんだイメージから、腕力が向上したことを確認する。

 オークから得られる恩恵は『うで』が一番多く、その次が『あし』、その他は未だに得られた事は無い。


 ゼルが今一番欲しいのも『うで』であるためにその事実は歓迎なのだが、武術の修練には『め』が良さそうなのでそれもまた悩ましい。


 マスターから『め』は単純な視力や動体視力だけでなく洞察力にも関わりがあるとゼルは聞いていた。

 どうやって洞察力を測ったのか気にはなるが、その事実が本当ならば修練の質を高めることが出来る。


 時間が惜しいゼルとしては是非手に入れたい恩恵だ。


 周囲でもゼルと同じく肉玉を呑む傭兵達。

 『特例』の意味を理解している彼等はこれから来るだろう激戦に向けて静かな緊張を抱いていた。



 強化された能力を体に馴染ませていると、再び襲撃を知らせる鐘が鳴った。


「また、か」


 段々と襲撃の間隔は狭まっていく。




 ————————————————————



 ◆ Tips:亜人の待遇 ◆

 王国において亜人の待遇はそれ程悪いものではない。食事も住む場所も与えられる上に個体によっては自分の部屋や交配相手を自由に決められる事もあった。


 王国の貴族では自分が大事に育てた亜人同士を闘わせる娯楽や美しさを競うコンテストがあった。

 特に亜人の闘士は優秀な実績を持つ者はスターとして扱われていた。




イヌ、ネコ、カブトムシ、メダカ、ポ◯モン

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