第11話 継承者

「オークがかなり多いな」


 ゼル達は街道に現れる魔物を始末していた。

 未だ目的地の村には辿り着いていないというのに、既に十回近く魔物の群れと遭遇し、その度に馬車は足を止める。


 本来整備された街道の周辺は森なども切り開かれており、魔物が餌とするものも少なく、それに比例して遭遇する魔物も少なくなるのが普通だ。


 にも関わらず数日の間にこれだけ現れるのは何らかの異変が発生したことは明らかだった。


「……ぉい、ルーキー。貴様は魔物の死体を集めろ」

「あぁ」


 あれ以来傭兵達のリーダーを務める男はゼルに雑用を振り続けるようになった。

 しかし、直接的な攻撃が無いのは反撃を恐れているのだろう。


 ゼルは男の臆病さを鼻で笑いながら、オークの死体を焼くために一箇所に集める。

 依代を持ってきていれば、これ全部を吸収することができたのに、勿体無いと少し残念に思っていたゼルだが、ふと自身の能力でこの死体のを奪うことは出来るのだろうかと疑問に思った。


 オークに重なっているを僅かに剥がして、自分のへと貼り付ける。


 しかし、板に剣を押し付けるだけでくっつかないのと同じように、は直ぐにペラりと落ちて風化ボロボロになる。


 もう一度オークのを剥がして、自分のへ押し付ける。今度は二つが同化するように意識して。濡れた薄い紙が水の力で結びつくように、剥がしたがゼル自身のへと引っ付いた。


「よし……っ!」


 思わず、喜びの声を上げかけたゼルだが、凄まじい不快感に襲われる。

 ゼルは膝を着いて、地面に胃の中身を吐き散らす。


「おい、大丈夫か」


 近くで作業をしていた傭兵が何か声をかけてくるが返事をする余裕もないほどに、ゼルの頭は混乱していた。


「おれ、生き……何で、死んで……あれ」


 という認識がある。

 同時に、俺はゼルだという認識もある。


 そして、ゴブリン達は敵だという認識がある。

 同時にゴブリンは仲間だという認識もある。


(俺はゼルで、俺は■■だ。……■■って誰だ?そう、ゼル?なんだ、俺は。きっとそうだ)


「深呼吸だ」


 ガタイの良い傭兵がゼルを介抱しようと背中に手を当てる。

 ゴブリンに触れられた不快感で、思わずその手を跳ね除ける。


「っ、離せ!!!……っ」


 自分がおかしくなっているのは分かるが、が正しいのか識別できない。

 ゴブリンとしての自分、オークとしての自分。その二つの境界をゼルは失ってしまった。


 吐瀉物に塗れた自分の掌を見る。


 緑色。つまりゴブリンのもの。


「……おれは、ゴブリンだ」


 端だけが中途半端に張り付いたを強引に引っ張る。


「ああア”アア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”」


 自分が正気か、それとも狂気に飲まれているのか分からないが、これが原因なのは分かる。

 ブチブチ、と千切れる感触が増すにつれて不快感は増していく。

 もしここで止めて仕舞えば、本当に戻れなくなる。

 その一心で、に力をかける。


「アア”ッ!!!」


 何かが千切れ落ちる音がした。




 ◆




「っ!ここは!」

「起きたか。ここは馬車の中だ」


 ゼルが起き上がると、太陽は落ち、傭兵達は夜営を始めていた。


「倒れる前の記憶は有るか」

「あぁ、オークの死体を片付けてる途中でを弄ったんだ」


「……あれか。確かにかなりキツかった」


 目の前の男はゼルが意識を失う前にすぐ近くにいた傭兵だ。そして、以前にゼルの性質を確かめる為に犠牲になった傭兵の一人だ。

 これまでに数回顔を合わせていたが、ゼルはこの男の名前を未だに覚えていなかった。


「……依頼中はやめておいた方が良い。さっきの様子は尋常で無かった」

「そう、だな。仕事中だもんな」


 先程のゼルの様子から、ただを抜いただけでは無いことを察した男は、自分が近くにいる時には試さないように念を押す。


 ゼルが自分の行為を悔やんでいると、馬車の後ろの扉が空いて焚き火の光が入ってくる。


「……」

「分かった、直ぐに行く」


 扉を開けた男は、ゼル達と共に目的の村へと向かっている傭兵の仲間だった。彼は胸をピクつかせてゼルの側にいた男へと何かを告げると、すぐに馬車を離れていく。


「どうやらまた出たらしい」


 オークのことだろう。

 つくづく胸ピクアレで言葉が伝わる原理が分からないが、声を出せない環境では重宝する技術だから馬鹿には出来ない。


 この日の夜の番を免除されたゼルは、再び横になると、昼間の出来事を回想する。


「あの時、俺は自分がオークだと完全に思っていた」


 自分が自分であることを疑わないように、自分が豚のような顔と巨漢の体格を持つ魔物であることを自然と受け入れていた。


「依代のと、生き物が持ってるは違うのか」


 そのまま吸収したら精神が汚染されるから純粋な力を持ったへと浄化しているのだろう。


 食べたら腹を下す生肉を、焼いて食べやすくしているのだと考えれば分かりやすいだろう。



 いずれにしろ、自分のを弄るのはやめた方が良いだろう。

 自分が自分ゼルでなくなるあの感覚を思い出す度に、地面が崩れ、天が落ちてくるような不安に襲われてしまうから。




 ◆




 さらに数日後、ゼル達傭兵のチームは村へと辿り着いた。


 村は魔物の襲撃によって、村を覆う壁の一部が崩れたり、焼かれて炭化していた。

 村人達は木槌を片手に補強する作業を行っていた。


「俺たちはラグハングから来た傭兵のチーム、そして俺が!そのリーダーだ。村長の場所まで案内しろ」


 リーダーの男が修繕を指揮していた一人の村人に問いかける。

 偉そうな態度で話しかけられたにも関わらず、村人は特に気を悪くしない。


「あぁ、これはどうも。私が村長です」

「ぉ……ふん。そうか、依頼の内容について詳細を詰めたい」


 この状況ではどんな態度であれ応援が現れたことがありがたいのだろう。ほっとした様に息を吐くと、リーダーをどこかへ連れて行った。


 暇を持て余したゼルは、壁に張り付く村人達に近付く。


「なあ、あんたら、何してるんだ」

「あ?壁を直してんだよ!見て分かるだろ!!」


 問いかけに対して、怒声が返ってくる。

 ゼルは彼らを手伝おうとしていたのだが、明らかな敵意を向けられて、その気が萎える。


 代わりに外の見回りでもしようかと踵を返すと、傭兵の中でも異質な一人が進み出る。


「板を打ち付けるだけで良いんか」

「何だぁ?おま……獣人」


 狼の耳と尻尾を持った大男が村人に近寄る。

 彼らに倍するほどの体格と、傷だらけの体が放つ威圧感はかなりのものだった。


 獣人の男は、村人からヒョイと木槌を奪うと、壁の高い位置に板を打ち付ける。槌を一度振るだけで長いくぎが深く刺さる。


「どや?」

「ま、あまあ、だな」


「ふぅん?まあまあかぁ。……次はどこに打ちゃええ」

「……炭になってる所を頼む」


 村人は呆気にとられながら、男に次の場所を指示する。

 獣人の傭兵は大らかに笑いながら、次々と壁に板を打ち付けていく。


「あんた、亜人なんだよな?」

「んあ、そうや」


 ふと彼に興味が湧いたゼルは、何となく話しかける。


「亜人って、どんな感じなんだ」

「曖昧な聞き方やなぁ」


 父親が成人間近十四、五の息子にするような質問しか出てこないゼル。


「俺、亜人は街に来て初めてみたんだ。……なんでわざわざこの国まで来たんだ?」

「そやなぁ、自由やから、やな」


「?」


 しみじみと溢す男にゼルは首を傾げる。

 これだけでは伝わらないだろうと、獣人は話を続ける。


「ケホ……オレはなぁ、暗いところに居ったんよ。ずっと、ずっとな。気付いたら、髭も生えて、シワも出来て、今度は髪も白くなってた。これまでは、決められた場所、決められた時間に起きて働いて寝て、与えられた物を食べて、そんな生活をしてた。……だから、今はただ見れたかもしれんものを見とるんよ」


 亜人は王国の奴隷だった歴史があることから、男の過去は察することができた。


「人間を恨んで無いのか」

「そら、恨んどるよ。でも多分他の仲間ほどじゃ無いかもなぁ。オレは自分を不幸にしてまで人間を苦しめたいとは思わんなぁ」


 ゼルは彼ほど苦しめられた訳では無いが、人間は殺したいほど嫌いだ。だからこそ、彼の考え方は不思議に感じた。


 獣人の傭兵がゼルに向かって掌を差し出す。


「ヴァング、や。兄ちゃんはゼルって言うんやろ?傭兵の中じゃ有名やで、マスターの継承者サクセッサーやて」

「そうなのか。……よろしく」


 傭兵ギルドの筋肉達がゼルのことをよく見ている原因を知ったゼルは複雑な表情でヴァングと握手をした。




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 おっさんキャラがどんどん増えてくる。

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