第9話 恩恵
「プギョお!」
さらに探索を続け、丁度よくオークと遭遇したゼルは先ほど見た光景を再現するようにオークの攻撃を受け流す。
どうしても防御と反撃の間に生じる一瞬の間が消しきれない。
相手の攻撃を受け止めて、その力を拳に乗せて返す。これを同時に行うには相手の攻撃を受けるよりも早く反撃を始めなければならない。
無拍子の反撃をするためには相手の動きを読み切る必要がある。
もし、タイミングをミスすれば反撃は無駄になるどころか相手の前で致命的な隙を晒してしまう。
だからこそ、何度もオークを繰り返し相手にして少しずつタイミングを調整するしか無い。
オークは目の前のゴブリンに遊ばれていると思ったのか、酷く激昂している。
ゼルはオークの赤くなった顔を視界に入れながら、自身の肉体の奥底へ意識を向ける。
自分の体と重なって存在している、力の塊。
以前、疲労困憊の状態でククジラスと対峙している時に感じとることができた、依代の恩恵の正体。
以前はこれをそのまま消費することでゼルは自分の持っている異常の力を使うことができた。
しかし、消費した分はもう一度溜め込まないといけないという欠点もある。最終手段としては良いのだが、使用後に恩恵がゼロの状態になるので、非常に扱いづらい。
ゼルは肉体と重なった、それを引っ張る。
「『
そこで、感覚的に恩恵の半分の半分、四分の一だけを切り離して消費する。
「ブヒィッ!!」
ゼルがオークの首を掴む。
—————ィイィイイイン
オークの首元が赤熱したように光りながら高音を上げる。オークは腕で宙を掻きながら抵抗するが、ゼルの腕はびくともしない。
光と共に熱が周囲に放たれ始め、オークは自分の危機に気づいた。
「ブぁ……」
限界まで光を発したと同時に、オークの首が弾け飛んだ。
パラパラと、肉片が飛び散る中で、高く飛んだ頭蓋の骨が音を立てて地面に落ちた。
「ふぅ、キツいな。これ」
以前には気づかなかったが、力が減った影響で体が虚脱感に襲われる。
ゼルはフラフラとしながら、オークの死体に近づく。
『
これまで考えたことは無かったが、恩恵に干渉できるのは自分に対してだけなのだろうか。
そんな思考をしながらオークの体に触れた時、そこに恩恵が存在していることに気づいた。
「なん、だ?これ……どういうことだ」
オークの死体に、依代が与える筈の恩恵が存在している。
おそらく生きている時から、オークはこれを持っていた。
オークにもゴブリンと同じように恩恵を与える依代が存在しているのか。それとも、オークがゴブリンを食べたことで恩恵を得たのか。
複数の可能性が浮かぶが、一つには絞りきれない。
ゼルは師を引き連れて、草原の他の魔物が恩恵を持っているか調べることにした。
結論から言えば、調べた全ての魔物が恩恵を持っていた。
それだけではない。
驚いたことに、動物、植物を含めたほぼ全ての生物が恩恵を持っていたのだ。
それらを確かめたゼルは街へとオークの死体を持って帰った。
神殿で軽く申請を終えると、直ぐに依代の使用の許可が出た。
呼び出された個室の中で、常駐する神官が依代を手に唱える。
「『捧げよ、さすれば与えられん』」
オークの死体は消えて、ゼルの目の前には紫色の肉の塊が残った。
ゼルが故郷で肉玉と呼んでいたものだ。
この国は依代の存在によって人間と同等以上に戦う力を得た。
余裕の無かったこれまでと違って、国の学者達は依代とそれから与えられるこの肉の正体について躍起になって調べているらしいがまだ核心は掴みきれていない。
普通の肉と違ってこの肉は腐ることは無く、そして放置しても消えることは無い。
見た目は肉だが、肉とは異なる反応を示す、ナニカ。
ゼルは手の上に置いたそれに意識を集中させる。
掌の上には魔物、動物、植物、全ての生物に存在した恩恵と同じ反応が確かに感じられた。
「四半刻後に閉じますので、それまでご自由にお使いください」
神官が何かを告げて個室を出るがゼルはそれを理解する余裕もない。
誰もいなくなった部屋の中で、彼は肉の塊に向かって問う。
「何…なんだ…これ……」
今まで無遠慮に口の中に放り込んでいたそれが、途端に気持ち悪く思えてきた。
彼は唾を飲んで肉の玉を睨むと、口を開いた。
◆
次の日、ゼルは傭兵ギルドの裏にある、大きな施設へと足を運んだ。
「おや、ゼルくんじゃないか。もう来ないと思ってたよ」
「あぁ、うん」
彼は傭兵ギルドのマスター、のような者でゼルが登録をした日にギルドの旗となっていた者だ。
ここは彼の運営する訓練施設で、彼は筋肉の研究のために傭兵達に対してほぼ無料で提供していた。
初めてこの施設で彼と会った時には、彼の強烈な個性に圧倒されてしまい、以来寄り付かないようにしていた。
だが、昨日の事があって彼に聞きたいことが出来たのだ。
「なあ……マスターは昔、依代について研究してたってのは本当なのか?」
「うむ、そうだな!」
マスターはニカリと笑うが、ゼルの迷子になったような表情を見て顔を引き締めた。
「……何か聞きたいことが、あるようだね。準備運動がてら、話を聞こう」
マスターはゆらゆらと体を揺らしながら、全身を曲げたり伸ばしたりする。
ゼルの視線に気づくと、手招きをする。
「折角だ、君もやりたまえよ。これはね、身体の柔軟性を高めるのに丁度良いんだ。柔らかいものほど傷つかない、と言うだろ?」
どうやらこの儀式に参加しないと話をしては貰えないようだ。
大人しくゼルは彼の隣に並ぶ。
二人の正面には磨き抜かれた鉄の鏡があった。それに自分の体を映していたようだ。
「意外と、自分を見ていない者は多いのだよ」
「はぁ」
露骨に興味が無さそうに返答するゼル。
マスターはそれを見て苦笑する。
「ほら。今、右腕の方が少し低くなった」
「え、いやまあ……確かにそうかもしれないけど」
指先が1、2本分ズレただけなのに細かい男だとゼルは思った。
「ハハハ、少し細か過ぎたようだね。……君の話を聞こう。依代の話を聞きたいんだったね」
「そうだ」
大らかに笑ったマスターは本題へと戻った。
ゼルは単刀直入に聞く事にした。
「依代って……あの肉の玉って何なんだ?」
「何、か。随分と曖昧だが、私なりに解釈して答えよう。依代と肉の玉、先に依代の方についての私の考えを言うと」
マスターは足の筋肉を伸ばしながら、答える。
「あれは魔術だ」
「ま…術?」
「人間がよく使う魔力の術のことだよ。我々に適した術では無いが、肉体的素質を要求する魔法や精神的素質を要求する呪術と違って、簡単なものなら誰でも使えるようになる」
一度運動をやめたマスターは、掌をゼルへと向けて魔力を空中に伸ばして図形を描く。
「『
完成した魔術がゼルの髪を揺らす。
「風が…」
「そう、それだけの術だよ。『圧縮』も『方向指定子』も組み込まれていない簡単な術だ。齧っていた程度の私ではこの程度が限界さ」
そう言って自嘲気味に笑いながら、作り上げた魔術の式を掻き消す。
「そして……アーティファクトは知っているかい?」
「なんかすげえことが出来る道具だろ?知ってるぜ」
「アーティファクトはね、その殆どが、何らかの道具に対して高度な魔術を刻んだものだ」
刻まれているのは正確には式だがね、と後付けする。
「つまり道具を通して魔術を発動している。……依代も同じだ。ただし魔術が道具に刻まれているのではなく。魔術そのものが実体を持っているものだよ」
「うん?アーティファクトは魔術を出す道具で、依代は魔術を出す魔術、てことか」
「うむ」
マスターは鏡を向いて運動を再開した。
「……っじゃあ、依代で作られる魔術が、あの肉って事か!!」
「いや……違うのだよ」
出鼻を挫かれるゼル。
「魔術を出す魔術じゃなかったのかよ」
「依代が作っているのはあの黒い渦だよ。肉の玉には全く関与していない」
ならばあの黒い渦が死体を何かに変えたということだろうか。
「じゃあ結局、あの肉の塊は何なんだ?」
「分からない」
「分からないって?」
「燃えない、凍らない、腐らない、切れる、潰れる。こういったことは分かっている。しかし、どうして我々の肉体を強くするのか。どうやったら同じ性質を持つものが作れるのか。その答えは分かっていないのだよ」
悔しそうにマスターは溢す。
もしかすると彼は、未だに依代の研究をしているのかもしれないとゼルは思った。彼からはそれだけの執念が感じられた。
「そう言えば、なぜ私にそんなことを質問したのか理由を聞いても良いかな?」
一瞬迷ったが、直ぐに腹を決める。
口の中に残る、気持ちの悪い感覚、それを消すには知ることだけが唯一の方法だと思ったからだ。
「俺、依代の恩恵が見えるんだ。多分」
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