第7話 ルナティックコミュニケーション

 ラグハングはゴブリンによる大征伐の際に聖国の街を占領したものが名前を変えて出来上がった街だ。


 そのため、壁や行政施設などには当時のゴブリンの技術よりも進んだ建築技法が見られる。現在はゴブリンも追い付きつつあるが、長年をかけて練り上げられたものと比べれば追い越すに至らない浅いものだ。

 また、緑神国にとっては首都から伸びる巨大な血管から物資を末端の村々へと届ける重要な中継地点の一つだ。


 そして、ここではゼルがこれまでに見たことのないあるものが存在していた。


「な、なんか変な奴が居るぜ?に、ニンゲン、か?」


 動物のような耳や尻尾の生えた者。

 長い耳を持つ者。


「あぁ、アイツらは『亜人』だな」

「私も久しぶりに見ました」


 レグオンの言葉に同意するようにレイアが頷く。

 ゼルは初めて見る彼らに視線を引き寄せられてしまう。


 彼も知識としては知っている。


 大征伐でゴブリンたちが聖国を相手に立ち上がったのと同じ時期に、亜人たちは大亜連合国を立ち上げて王国を一気に占領すると、帝国を抑えたらしい。

 図らずも、緑神国と大亜連合国はお互いに背中を合わせて人間の国を相手に戦う形になった。


 その背景から二国は友好国と言える程度には交流が行われるようになった。それぞれの国民は公職には就けないものの、旅行や行商ならば自由に行き来ができるらしい。



「それよりも、ゼル坊。これからの食い扶持はどうやって稼ぐつもりだ?」

「今まで通り、狩りじゃダメなのか?」


 レグオンは甘いとばかりに指を振る。


「やぁっぱり考えて無かったな。シティボーイ初心者のゼル坊に俺が街の生き方って奴を教えてやろう」




 ◆




 レグオンは大きな建物の前で腕を広げる。


「ここがぁ、傭兵ギルド!腕っぷしに自信のある、パワーに満ちた腕自慢の筋肉たちが集まる怪力無双の脳筋ギルドだ」


 道行く人々の内、脳味噌を筋肉に犯されたゴブリンたちがレグオンをジロリと睨む。

 ゼルはさりげなくレグオンから視線を逸らして傭兵ギルドの中を覗く。


 散々に貶していたが、レグオンの言葉がなんとなく腑に落ちる筋肉の密度だ。彼らは誇るべき筋肉を持つと同時に、軍に拒否される程度には社会生活に難を抱える者たちだ。



「……」


 ゼルは一度、建物の上を見上げる。

 そこには随分と奇抜な旗が揺らめいていた。ゼルは今見た光景を忘れるように目を閉じて、正面に視線を戻した。


「……ゴク」


 気合を入れて足を踏み出す。


 ゼルが開かれた扉を潜ると、いくつかの視線がゼルを刺す。

 きっと彼を値踏みしているのだろう。


 少しの圧迫感を感じながら、ゼルは受付へと進んで行くと、彼の道を阻むように一人の傭兵が立ちはだかった。

 急に飛び出してきた傭兵にゼルはぶつかる。


「あっ、すまん……?」


 男は上半身を曝け出していた。

 ゼルはその理由が分からず、少し疑問に思ったが都会の男達の習慣なのだろうと無理やり納得して、右に避ける。


「ムン」


 傭兵も右に避ける。


 ゼルは左に避ける。


「ムン」


 傭兵も左に避ける。


「……何だよ?」


 ここで流石に傭兵の男がわざとゼルの道を塞いでいた事に気づき、ゼルは機嫌を害しながら、男に疑問をぶつける。


「ムン」


  


 男は胸筋を右、左とピクつかせる。

 ゼルはただただ困惑しながら男を見つめる。


「ムン?」


  


「……」


 もう一度首を傾げる。


   

      


「……?……もう行くぜ」

「……」


 今度こそ彼は止めなかった。彼は背中を小さく丸めながら隅の方へ引き下がる。周囲の筋肉達が彼を慰めている。



「傭兵ギルドへようこそ。ご用件は依頼ですか?登録ですか?」

「登録だぜ。仕事を受けて金を稼ぎたいんだ」


 受付には、眼鏡をかけた痩せ型の男が座っていた。

 ゼルの返答を聞きながら、男はぺらぺらと紙を捲る。


「貴方について、いくつか質問します。名前は?」

「ゼルだ!」


「文字の読み書きはできますか?」

「読むのは、できる」


 少し声が小さくなった。


「傭兵ギルドで斡旋する依頼には、戦闘などを含みます。負傷が起こりうる事は理解していますか?」

「あぁ、わかってる」


「あと……成人はしていますか?」

「……いや」


 受付は返答を聞いてペンの動きを止める。

 そして、チラリとゼルの背中に目をやる。


「国軍関係者からの推薦証は所持していますか?」

「推薦、しょう?」


「……背中の剣を見せて貰っても?」

「盗らないよな?」


 少し冗談混じりに発した言葉に、受付の男はピクリと動きを止める。


「ふぅ」


 男はため息を吐くと眼鏡をその場に置く。

 そして、机の上を滑らせて眼鏡をこちらへ押し出した。


は私の半身です。信用ならないならば、私がその剣を持っている間、その眼鏡を持っていて下さい。そして、もし……もしも私が剣を奪うことがあれば、躊躇なく眼鏡を握り潰して下さい。……ただし、眼鏡を持つときに指先が少しでも透鏡レンズに触れたら貴方の両目を握り潰します」

「……いや、盗らないなら良いんだ」


 今更冗談だと言いづらいゼルは、彼の提案を断り素直に剣を差し出した。


「……ふむ、シジェの家紋も入っている…保証は十分……」


 男は鞘に施された意匠を見ながら、何かを呟く。


「確認しました。当ギルドは貴方の参加を歓迎いたします」


 男はゼルについての書類の欄に、『国軍推薦あり(グニス・シジェ)』と追記する。これによって彼は未成年でも傭兵として働くことが出来る。

 さらに登録の際に受付だった者の名前を記入すれば、文句なしにゼルはギルドの一員となる。

 受付の名前が必要となるのは、不正があった際に関係のある人物をピックアップ出来るようにするためだ。


 例えば、受付が不正を働いた時には、その人物が担当した人物もなんらかの不法行為をしていることが多い。

 未熟なギルドなりの工夫だった。


「ギルドに登録して初めての場合、護衛などの信用に関わる依頼、また偵察などの成否の判断の難しい依頼には監督となる傭兵を帯同させることをご留意ください」

「あぁ、わかったぜ」


 結構厳重なのだな、とゼルは関心する。

 彼の居た村では信用は命に関わるものだったから、一々確かめるまでも無かったのだが、ここでは簡単に名前を変えることができてしまう。


 積み上げた結果だけが実績であり、持っている繋がりはスタートラインを前に進めるだけ。

 なるほど、ゼルの望むところだ。


「今日は登録だけだから、また今度な」

「はい、貴方の活躍を期待しています」


 男は眼鏡をクイと上げる。


「ムン」


  


「ムム」


  


  


 同時にギルド内の筋肉達が共鳴するように胸筋を跳ねさせる。

 筋肉の運動によって室内の温度が急激に上がった気がする。


 ゼルは彼らが何かを伝えようとしていることを察した。

 そして、それを理解する時はきっとゼルが向こう側に立った時なのだろう。



 ゼルはギルドを出て、仲間と合流した。


「傭兵ギルドはどうだった?」


 膨らんだお腹を抱えながらヒランが尋ねる。


「……うん」


 仲間達からすれば数分、しかしゼルからすれば数時間にも感じるほど密度のある時間だった。


 ——筋肉でしか喋らない傭兵たち。

 ——眼鏡愛の強い受付。


 ——そして、何より。


 ゼルはもう一度、ギルドの上を見上げる。



 ——屋根から伸びるポールの先で、金のブーメランパンツを履いた男が揺らめいている。


「もう筋肉は見たく無いな」




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『ヒューマンフラッグ』で画像を検索したら、より理解できると思います。

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