第6話 レグオン

「これがダンナと姉御の荷物だ。そして、こっちがゼル坊の荷物だ」


 レグオンはレイアのことを姉御と呼び、ゼルのことをゼル坊と呼んだ。ゼルは子供扱いに機嫌を悪くしながら、レグオンが取り返した荷物を受け取る。その中にはゼルが振るには重すぎる、例の剣も含まれていた。

 彼のそばには荷物の乗った二輪車リアカーが停まっていた。


 レグオンとヒランは、あの村に戻ることは出来ない。

 おそらく彼はそうなることを予期してそれらの荷物を持ってきておいたのだろう。


「3人はこれからどこへ向かうんだ?」

「私と彼は緑都へ。ゼルさんも同じなので、3人で向かおうと思っています」


 ゼルはサラッとレイア達に同行することが決まってしまった。

 むしろ、彼から願い出たいと思っていたぐらいなのだが、勝手に決められると釈然としない。


「そうか、なら次はラグハング辺りに向かうのか」

「ええ、そう考えています」


 ラグハングはここから最も近い街の名前だ。

 もちろん、近いと言ってもかなり距離はあるので、直接そこへ向かう訳ではなく、間にはいくつかの村を経由するつもりだった。

 それを聞いたレグオンは突然、3人に向かって頭を下げる。


「すまねぇが、俺たちはもうあの村にはいられねぇ。……ダンナ達のせいだと言うつもりは無いが、出来れば俺とお嬢も街まで守ってくれやしねぇか?路銀は自分たちで払うつもりだから負担にはならねぇ、……と思う」


 曖昧に締めたのは、道中における食事の事があるからだ。

 現在のレグオンとヒランは保存食を携帯していない。

 そして、どう頑張っても次の村までの旅路は飲まず食わずで辿り着くにはあまりにも遠すぎる。

 3人に頼ることになる可能性が高いと考えたからだろう。


 停まっていたリアカーに載っているのは彼らの荷物なのだろう。



「俺は、良いぜ。助けて貰ったみたいだしな」

「私も歓迎します」

「……」


「そうか、ありがとう!ゼル坊、姉御、ダンナ」

「ありがとうございます。深く感謝いたします」


 二人は深々と頭を下げた。




 ◆




 結論から言えば、二人を仲間に加えたのは正解だった。


 というのもこれまでゼルは仕留めた動物や魔物の肉を使った料理は、丸焼きで食べることしか出来なかったが、レグオンが持参した調理道具によって、食事が単なる栄養補給から旅の中での娯楽の一つへと変化したのだ。

 その衝撃は、ゼルは自分が料理を学ばなかったことを後悔させるに足るものだった。


 ちなみにヒランは味見担当である。



 さらには彼の多才さは野営でも生きる。


 台車から大きな布を取り出した彼は、それを広げて小さな天幕テントを作った。ゼル達は交替で見張りを立てて、残りはテントを使って休息を取る、といった流れで夜を越した。


 おかげで疲れの取れた状態で朝を迎えることができるようになった。


 ちなみにヒランは設営時の応援担当である。



 ある日の夜。

 ゼルとレグオンは共に見張りを行なっていた。


「なあ……。レグオンはなんでそんなに器用なんだ?」

「んあ?……そうさなあ。俺ぁ昔、盗賊だったんだ」


 彼の崩れた口調はその頃の習慣から来るものなのだろう。

 ただ、不思議と今の彼と盗賊という単語が結び付かない。


「……まあ、俺は雑用担当だったんだけどな。掃除したり洗濯したり、飯を作ったり……とにかく必要になったことはなんでもやらされてたな……」

「あー」


 それは酷くしっくり来る。


「なんで辞めたんだ?」

「昔から男が変わる理由なんて、一つに決まってるのさ」


 レグオンは意味深に笑ってテントへと視線をやった。


 そういうものなんだろうか。ゼルには少し難しかった。開拓村の環境ではそんなことを考える余裕も無かった。大人になれば、自然と興味も出てくるんだろうと後回しにしていた。


 開拓村にも同年代の女性はいたが、どうしてもゼルの生い立ちは他の者達に比べて不安定に映るようで、彼女達はゼルにアプローチをかけて来ることが無かったのだ。


 ゼルもそれを察して近づこうとはしなかった。


「まあ、そういう訳で、俺ぁどこでも生きていける訳よ。村でも、街でもな?……あの村を選んだのはタダで家に住めるって言われからってだけだ。そしたらあんな事に巻き込まれるとはなあ……。お嬢も、しばらく田舎は懲り懲りだろうな」

「……俺も、懲り懲りだぜ」


 二人は元々街に住んでいたのもあって、街の方が水に合っている。

 田舎で生活することは二人で決めたことだが、元々都会暮らしに慣れていたヒランへの負担が大きかった。

 それにもうすぐ生まれる子供のことを思えば、人の多い場所の方が良い刺激になるだろうと考えていた。


 ゼルにとっても、気づけば簀巻きにされているなんてことはできれば避けたい。昔の風習の残る村では下手したら村人に喰われる、なんて事もありそうだ……。


 喰われる、でゼルは重要なことは思い出した。

 それはゼルが師と仰ぐゴブリンのこと。


「なあ、レグオンは爺さんと話せるんだよな?」

「……おうよ」



「なら……」


 ゼルは彼のことを何も知らない。名前も来歴もレイアからは明らかにされていない。彼女は頑なに語ろうとはしないが、そのレイアは現在テントで寝ている。


 今ならば隠された秘密を知る事ができるだろう。


 ゼルが一番知りたい、彼に問い掛けたいことは何だろう。


『アンタの名前を教えてくれ』

『アンタはどこで生まれたんだ?』

『アンタは何年生きているんだ?』

『武術を教えてくれないか?』

『どこでそんな力を手に入れたんだ?やっぱり戦場とかなのか?』

『何でレイアを喰ったんだ?』

『レイアを憎んでいるのか?』

『レイアとはどういう関係なんだ?』

『何で開拓村に居たんだ?』

『アンタは何を見ている?』

『どうして、アンタはなったんだ?』

『アンタは何を考えている?』


 突き詰めれば彼の名前や経験などの『彼の過去のこと』、彼がいまなにを考えてなにを見ているかなどの『彼の今のこと』、そして名実共に彼の弟子にしてもらうなどの『彼に叶えてもらいたいこと』の三種類だった。


 全部伝えてしまえば良い。

 しかし、初めに彼にする質問だけは深く考えなければならないものに思えた。きっとその選択はゼルの将来を左右するものになる。不思議とそう確信した。


「……いや。まだ聞きたい事が思い浮かばないぜ」

「そうか?思い浮かんだらいつでも聞きな」


 ゼルは小さく頷いた。




 ◆




 村に逗留する時にはヒランによる交渉が役に立った。

 彼女は街で暮らしていただけあって、人の欲するものを察するのが上手く、そして彼女の纏う雰囲気は不思議と彼女の言葉の持つ説得力を強くした。


 着飾った彼女は氏族の令嬢と見紛う程で、リアカーに荷物と一緒に乗せられて運ばれていたことを忘れる程のプレッシャーを放っていた。


 そのハッタリは村人達には効果覿面で、彼らは神か鬼にでも接するような態度でゼル達に接していた。


 しかしヒランも彼らの好意を利用して、相手に不利な取引をする程悪辣では無かった。公平な取引になるように最大限に気を配った。

 結果ゼル達は一時の労働の対価に一夜の宿を得る事ができた。



 しかし、進むに連れて時間は経過する。

 そして時間が経過するにつれて、ヒランのお腹は大きくなっていった。


 街道で産気づいてしまえば、残る女性はあと一人のみ。

 レイアは任せろと言っているが、できれば十分に人と設備の整った街での出産が望ましいとレグオンは主張した。

 結果としてゼル達は止まるより進む方を選択した。


 もういつ破水が起こってもおかしくないという緊迫した状況の中で、遂に彼らはラグハングの街へと辿り着いた。




 ————————————————————




 ぜル は レぐおン に なにを たずねますか?


 いま の こと

 かこ の こと

 かなえて ほしい こと

▶︎あとで

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る