第5話 村人の流儀
水面に浮かび上がった水竜の死体を見て、村人たちは悲痛な声を上げる。
「誰が、こんな!」
その場にいる誰もが驚いた表情を浮かべる中、レイアだけはこの状況を見て苦笑していた。そんな彼女の表情からゼルは水竜殺しの犯人に気付いた。
同時にこの状況を利用する方に思考を切り替える。
縄を口から上手くずらすと、彼らに語りかける。
「水竜は居なくなった!もう生贄を捧げる必要なんて無いぜ。俺たちを解放してくれ!」
彼の言葉に対する反応は大きく二通りに分かれた。
村の若い者たちはこれからは生贄が必要無いという希望に胸を馳せるような安心の表情。
一方の年長者は喜びとも悲しみとも違う、曖昧な表情を浮かべている。喜んでいるようには見えない。
ゼルがそれに気味の悪いものを感じた途端、偉そうな男が立ち腕を振る。
「この男が犯人だ!騙されるな。このままでは水竜様の怒りで村は洪水に押し流されてしまう。奴らを捧げて、赦しを請わねば村に未来はない!早く、黙らせろ」
一刻も早くゼルの口を封じようとする村長の言葉に、村人は従いそうになるがゼルも黙っていない。
「よく考えろ!水竜にそんな力は無いだろ!それに、俺は犯人じゃない。俺が犯人なら、なんでお前たちに捕まったんだ。お前らより弱い俺よりも、さらに水竜ってのは弱いのか?ならそんなのに守ってもらう必要も無かっただろ?」
村長の言う通りなら、いつ彼が水竜を殺したのか、という事が問題になる。
少なくとも彼が村に来る前には殺されていた事になるので、半日以上前の筈だ。
にも関わらず目の前の死体は、新鮮な血液を今も吐き出している。
半刻以内の犯行であるのは確かだ。
その不自然さに村人たちも首を傾げる。
「おい、早くやれ」
「そいつは村をめちゃくちゃにしようとしてる」
「村に置いてやってる恩を忘れたのか」
年嵩のゴブリン達は口々に若いゴブリン達を叱りつける。
そして、彼らに命令されて一匹のゴブリンが進み出る。
ゼルを家に招いたゴブリン、ギドウだった。
「済まないな、ここで生きる為なんだ」
ゼルは彼の伴侶が生贄にされかけたことを思い出した。
「ギドウ、お前。ヒランの
「?……彼女は僕の妻では無いよ。僕の妻は街に居るんだ」
彼が言っていたのはその場の嘘ではなく、事実だったという事か。
しかし、この付近に大きな街などあっただろうか。
「街って、どこの街だよ?」
「街は街だ、君が知る必要は無い」
ギドウはゼルの質問に答えようとしない。
村人たちの奇妙な態度、そして水竜の死を確認した時の年長者と若者の反応の乖離を見てゼルは一つ気づいた。
「なんで、この村には女がいないんだ?」
「……」
村人たちの答えは沈黙。
それだけで確信するには十分だった。
この村は失った者しか居ないのだ。
失った年長者たちはこの村を訪れる若い夫婦に家を渡し、生贄を捕まえさせてから、わざと逃し、そして妻を捧げさせる。
自分が奪われた不幸を、他人の幸せを奪うことでしか穴埋めできない者達。
ゼルたちも水竜さえもその舞台装置に過ぎなかったのだ。
だから水竜が死んでは困るのだ。
だから、あれほどの実力者が居るにも関わらず、水竜をそのままにしておいたのだ。
彼らは他人を引っ張ることでしか前に進めなくなった哀れなゴブリンだ。
「ガルガ」
「あいよ」
村長の言葉と同時に元軍人のゴブリンが進み出る。
それと同時に、ゼルたちの縄が切れた。
あと、3歩。
ゼルはヒランの体を捕まえる。
レイアと共にも、川岸へと下がる。
2歩。
「息を止めろ」
3人は同時に、川へと身を投げる。
今日まで水竜の棲んでいた川だ。大きな魔物は棲んでいないだろうという確信があった。
1歩。
「逃すかよ……!」
飛び込もうとした男の襟元を、若いゴブリンが掴んで引き倒す。
とぷん、と3人は水の中に消えた。
元軍人のゴブリン、ガルガは立ち上がりながら腰の汚れを払うと、
「良いとこ見せたくなったか、坊や」
「なあ、おっさん。俺は本気でこの村を良くしたいと思ってるんだよ」
彼は数年前にこの村にやってきたゴブリンだ。
他のものと同じように伴侶を失い、後にやってきたの者の伴侶を奪う手助けをしてきた。だが、それは村が長らえるのに必要だと思ってきたからだ。
村人達の私情によって行われていたというならば、素直に従い続ける通りは無い。
若者達は立ち上がった。
◆
「ゲホ、ゲホ」
「アンタ、泳げなかったのかよ」
下流の岸に流れ着いた彼らは、濡れた服を絞りながら、息を整えていた。それほど流れては居ないが、ここは先ほどまで居た村とは対岸に位置しているので、直ぐには追って来れないだろう。
「ねぇ、そこの人、死んでいないかしら?」
「いや、気絶してるだけだ、問題ない。……そういえば、アンタは一人であの村に住んでいるのか?」
レイアの心配をするヒランの言葉を受け流すゼル。
「夫と二人で住んでいるわ。……あの場には居なかったけれど。……ねぇ、本当に大丈夫なの?息もしていないし」
「レイアは寝てる時はいつもこんな感じだ。近くに街……は無いか。村はあるか?」
「ごめんなさい。私はあまり詳しくないし、ここが何処だかもわからないわ。……なんか、死体みたいに冷たくなってきたけれど……死んでない?……本当に?……そう……実は死んでたりし…ない……そう……そうよね……」
◆
しばらくして蘇ったレイアにヒランが驚く一幕があった後、ゼル達は夜空に立ち上る煙を見つけてそれに近づいた。
そこでは二人の男が、喋りながら魚を焼いていた。
「……でさ、ダンナ。俺ぁはやっぱ川魚よりも海の魚の方が……」
「レグオン!!」
「んお?お嬢。やっと来たか」
レグオンという男の姿を見つけたヒランは感極まったように彼の胸に飛び込む。
「あなた、どこ行ってたのよ?村は大騒ぎで、私は生贄にさせられそうになってたのよ!」
「そりゃあ俺だって?語るも涙、聞くも涙の冒険があってだな……。なぁ?ダンナ?」
「ぉ」
もう一人の男は、夜空の星を見上げながら小さく声を発した。
「……なんで、ここに爺さんがいるんだ……」
「俺がダンナを案内したんだ。村の人を苦しめてる魔物の居場所を知りたそうにしてたから、川まで案内して……。そしたらもう強いのなんの。水の上を飛び跳ねながら、シュパシュパっと一撃よ。……んで今度は仲間を助けたいってんで、ちょいと縄を切ってやった訳よ。お嬢も助けてもらったようだし、おあいこってことで……」
「……いや、待て待て待て」
ゼルはレグオンの言葉を遮る。
それだけ、ゼルにとっては看過できないことを彼は言っていた。
「爺さんが喋ったのか?」
「ん?おうよ」
「いいえ」
レグオンの肯定を、なぜかヒランが否定する。
爺さんがどんな人物かを彼女は知らないはずだ。
ゼルは彼女に目を向ける。
「この人、誰とでも意思疎通ができるの。動物とか、言葉を話せない人だとか」
「誰とでもって訳じゃあ……」
「……そうね、植物と話しているのは見たこと無いかも」
「植物は喋らないからなぁ」
「魚も喋らないでしょ」
「魚は喋るぞ。『僕よりもあっちに隠れてる息子の方が美味しいです』ってな。……どっちも美味かった」
「……ほらね」
「……なるほど」
二人は呆れたような顔でレグオンを見た。
ゼルは数日魚が食べられなくなった代わりに、不思議な能力を持った男を見つけることとなった。
————————————————————
皆さんはお肉が喋ったらどうしますか。
1. 【悲鳴は最高のスパイスだぜ】食べる
2. 【知性ある生き物は殺してはいけないわ】食べない
3. 【この戦争が終わったら、俺、ロースに告白するぜ】友達になる
4. 【焼肉行こうぜ、お前が肉な】友情を育んでから食べる
私だったらしゃぶしゃぶで行きます。
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