第2話 食人者の流儀

 ゼルが扉の開いたドアを見つめる。


 外は暗く、日が落ちて久しい事を察する事ができた。



 部屋の中央で、ズタズタになった血だらけの死体がムクリと起き上がる。

 もうそれを見たゼルに驚きは無い。


「は……ぁ……」


 その女は余韻に浸るように、自身の体を抱きしめながらため息を漏らす。


「……少し、向こうを向いていて貰えますか。身を整えますので」

「ぅん」


 ゼルはゴロリと寝返りを打った。




 ◆




「……ゼルさん。見苦しいものを見せてしまいましたね」

「あれは、なんだったんだ」


 彼がレイアを殺した事。

 彼がレイアを喰らった事。

 ——何より、死んだレイアが蘇った事。


 その全てに対する疑問を込めて、ゼルは呟いた。

 酷く戸惑っているゼルを見て、レイアは優しく笑った。


「怖がらないでください」

「……あれ見てか?流石に無理だぜ」


 絞り出したゼルの言葉に、レイアは眉を曲げる。



「ゼルさんは狩人でしたよね」

「あぁ」


「なら森で鹿を見つけたら、仕留めますか?」

「もちろんだ」


「仕留めたら、村へと持って帰りますか?」

「当たり前だ」


 レイアは少し考え込む。


「なら森で鹿の死体を見つけたら、どうしますか。備蓄は十分にあり、既に一匹仕留めていて、そして……死体は新鮮な物だとしたら?」

「それでも、持って帰る。と思う」


「なぜですか?」

「なんでって、もったいないからだろ?」


 納得の行かない顔でゼルは返す。


「それです」

「……ますます意味が分からない。どういう事だ?」


「そうですね……えっと……」



「先にこの縄、解いてもらっても良いか?」

「あぁ、もちろんです」




 ◆




「あれは、彼なりの葬儀です」

「?」


 あの猟奇的な光景と厳かな葬儀とがゼルの中で結びつかなかった。


「ここから先は、私なりの予想ですけど……先ほどの鹿の話で、死んだ鹿をそのまま放っておいたとしたら、それは無駄だと言えませんか」

「そうだな」


 レイアの言っていることは先ほどの内容の裏返しだ。ゼルは納得を持って頷く。


「彼にとっても同じです。死体を無駄にしたら、その人の死さえ無駄になってしまいます。彼は死に意味を与えるためにその死体を食らっているのです」

「いや、オカシイだろ……それ。なら何で殺すんだ?」


 理解はできるが納得はできない。


 命は大事なもので、それを無駄にするのが許せないから無駄にならないように自分の命を繋ぐための糧とした、だから無駄では無い。


 そこまでは分かる。


 なら何で殺す必要がある。

 むしろ、食べたいから殺した、と言われる方が納得できただろう。


「それは、私を恨んでいるからでしょう。彼は理由がなければ殺しませんよ」

「恨む……何でだよ?」


「さあ、何故でしょうか」


 彼女はそこで線を引いた。

 これ以上は答えない。そんな彼女の意思を感じた。

 でも、彼はこれまでゼルを傷付けようとした事は無かった。

 むしろ、逆に助けてもらった事すらある。



「そうか、分かった」


 分からないが、自分には分からない事が、分かった。

 その裏にある事情を自分が知り得ない事も、知った。


 彼女が蘇った理由については、一言も触れない。おそらく、それも秘密なのだろう。



「恨んでいても彼は私の死を無駄にしないように私を食べてくれるんです。……愛を感じますよね」

「そうだね」


 うっとりとした顔で呟くレイアに、ゼルは鷹揚に頷いた。

 彼の心は既に仏の境地に至っていた。



「村人は俺たちをどうするつもりだったんだろうなあ」

「何度か似たような目にあったので分かりますが、私の経験からして、おそらく生贄でしょうね」


 その言葉は逆説的にレイアが生贄を経験した事を示すが、彼女は何でも無いように続ける。


「ゼルさんは逃げてください。生贄は私一人で十分でしょう」

「はあ?村人を止めないのかよ」


「彼らが何に生贄を捧げるか知っていますか?」

「か、神さま、とか」


 レイアは笑みを崩さない。


「いえ、魔物です」

「ま、魔物って……敵だぜ?」


 ゼルにとって魔物とは動物よりも凶暴で危険な性質を持つ生物だ。

 それに生贄を捧げるとは、ただ餌をやっているのと変わりは無いと思った。


「時折、人を生贄として捧げる代わりに、ここらの魔物を駆除してもらう。そういう考えですよ」

「な、んだそれ。ここは緑神国ゴブリンのくになんだぜ?そんなの、軍が守るんじゃないのか?」


「国ができても、その手が全てに及ぶとは限らないのです。そして、手が届かなければ昔の因習を続けるところもある、ということです」


 似たような村は人間にもある。

 中には生贄も無く、魔物との共存を果たしている村もあった。

 しかし、それは魔物が知能を持っている場合に限る。


 魔物が生贄を欲する場合には、村を単に餌場として認識している事がほとんどだ。魔物には契約をしたという自覚も無い。

 魔物からすれば、危険も無く餌が手に入る場所を守るために、自分より弱い魔物を駆除して餌場に寄り付かないようにしているだけだ。

 これまで村が維持できたのは、今まで魔物が食べ物に困っていなかったから。

 だから、必要以上には食べず村人が全滅することはなかった。


 もしも魔物が餌に困るようになれば、その牙は村人へ真っ先に向かう。彼らは決して安泰では無いのだ。


 レイアはそのことは口にはしなかった。

 自分が死ねば、問題は表面的に解決する。

 そして目の前の少年には問題を根本的に解決する力をまだ持っていない。


 ならば、この場ではレイアが身を捧げる事が正しい。



 ゼルは渋々頷いた。




 ◆




 生贄を監禁した倉庫の様子を見に来た農家の男は、倉庫の中が血だらけなのを見て腰を抜かして悲鳴をあげた。


「あらあら、すみません。私が粗相をしてしまったのです」

「ぎゃ!?……え?あ?は?」


 男は倉庫の中に3人のゴブリンがいる事を知っていた。

 ここには1人のゴブリンがいて、倉庫の中は血の海になっている。


 そして、目の前にはニコニコと楽しげに笑みを浮かべた女。


「安心してください。これは私の血です」

「そうですか?そうですかぁ、うんうん。今から人を呼んでくるから待っててくれよ?」


「もちろんです」


 女の返答を聞いた瞬間、男はその場から全力で逃げる。

 どう考えてもあの女が残り二人を殺したとしか思えない。

 そんな頭のおかしい奴と同じ空間に二人で居るなんて耐えられない。


 男は腕っぷしに自身のある村人を呼ぶ事にした。




「本当にこれはアンタの血、何だな?」

「ええ」


「どう見ても、一人分には見えないが」

「私、着痩せする方なんです」


「……」

「……えへへ」


「後の二人は、どうした?」

「逃げました」


「何故、お前は逃げずに残った?」

「困るかなと思いまして」


 村人がいくら問い詰めても、彼女は残り二人の行方を話す事は無い。

 そして自分が生贄になると知っていたにも関わらず、ここに残った女に対しても不信感が消えない。


「はあ、……とりあえず、縛るぞ」

「「「うす」」」


「ご迷惑をおかけします」

「「「「……」」」」



 彼女は大人しく手と足を縛られて動けなくされると、彼らは神輿のようなものに彼女の体を乗せると、4人でそれを持ち上げてどこかへ向けて歩き出した。




「……どうすっかな」


 レイアが連れて行かれる光景を見ていたゼルは、自身の行動を決めかねていた。

 その間も倉庫の生贄が消えた事が村の中に広まり、段々と村の中に光が灯る。


 建物の影を隠れながら、レイアの姿を追っていたゼルだが、ついに村人の目を避けられない状況に追い込まれた。


 複数の見回りがゼルの位置を囲んでいた。


 まだ気付かれてはいないが、そうなるのは時間の問題だった。


「まずいか……」

「そこの貴方、ここに入りなさい」


 ゼルが背中にしている建物から女の声が響いた。

 追い詰められていたゼルはその声にしたがって、建物の中に転がり込んだ。

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