第1話 嬉しくない再会

「治癒師……と爺さん!!」


 ゼルはもう会えないだろうと思っていた人物と再会することができた。……3人とも縄に縛られた状態で。




 ◆




 ゼルが嬉しくない再会をする数時間前、彼はある村にたどり着いた。


「この村に宿はあるか?」

「こんな辺鄙なところにあるように見えるかい?」


 鋤を肩に担いだ村人が無愛想に言い放つ。


「じゃあ、納屋でも何でも良いぜ。休めるところは無いか?代わりに俺が来る時に仕留めた魔物の肉をやるからさ?」

「う〜ん。……少し待ってな」


 金の無いゼルは、道中での狩りで得た肉を取引することで宿を借りることが多かった。もちろん宿の取れない時もあるし、野宿もできない訳では無いが、外敵がいない方が休息の質は上がるのでなるべくなら宿で寝るようにしていた。

 それに、村によっては物物交換での取引しか行われていないところもあった。そんな場所に比べればゼルのいたところは比較的発展していたと言える。


「君かな、宿を探しているというのは?」

「あぁ、そう……だけど?」


 村人が連れて来たのは一人の青年ゴブリンだった。

 


「君が良ければ、僕が部屋を貸そう」




 ◆




 ゼルは彼の家に招かれた。開拓村よりも寂れて見えたが、この家はゼルの住んでいた家よりもしっかりした作りだった。


 彼の名前はギドウ。生まれも育ちも遠くの街らしいが、事情があってこの村にやって来たらしい。


「実は妻との結婚を彼女の親が許してくれなくてね……。駆け落ち、というのかな」


 彼の柔らかな物腰は裕福な育ちから来るものらしかった。

 確かに彼の手をよく見れば、農民とは思えない程に皮が薄かった。


 結婚も駆け落ちも、お子ちゃまなゼルにはまだ難しい話だった。


 ただ、それまでその地で積み重ねたものを捨てるというのは大きな決断であるということは知っていた。

 ”街から村”と”村から街”で方向は反対だが、ある意味ゼルも彼と似たような境遇と言えるかもしれない。



「もうそろそろ出来そうだ。……ゼルくんも食べるかい」

「良いって、あげたものなんだからギドウ達で食えよ」


 夕方になってギドウはゼルの宿賃代わりの肉をスープにしたものを作っていた。

 ゼルは新婚の夫婦を邪魔することが忍びなく、彼の申し出に遠慮した返事を返す。


「僕もそうしたいところなんだけどね。妻は今日は帰ってこないんだよ」

「ふぅん。街にでも行ってるのか」


「……そうだね」

「じゃあ、もらっても良いか?スープ」


「うん、もちろんだよ」


 そして、ゼルはギドウのよそったスープを飲んだ。




 ◆




「そう、それで気付いたらここに居たんだ」


 ゼルは記憶の限りを二人に伝えた。


「私も似たようなものです。この村で寝床を借りようと思ったらいつの間にかこんな所に……」

「リズは?一緒じゃないのか」


「ぁ、ぁ」

 二人の背後で髭のゴブリンが立ち上がる。彼の体から縄がするりと抜け落ちた。


「えぇ、リズには先に緑都に行って貰っています。私と彼は徒歩で後から向かうことにしたんですよ」

「そうなのか……俺の行き先も緑都だぜ」


 なぜ治癒師と髭のゴブリンはリズと一緒に緑都へ向かわないのか、という疑問はある。


 そもそも、なぜ彼女たちは突然姿を消したのかも聞いていない。


「なあ治癒師——」

「——申し訳ありませんが。これからはレイア、という名で呼んでください。『治癒師』という呼び名は……その、を招きますので」


「レイア、なんでいきなり居な——」

「それと、私たちには秘密があります。……それも、一つや二つではありません。でも、誰かに害を成すような秘密ではありません。それだけは誓って真実です。ただ、私たちの身を守るために秘しているだけなのです。ですから、これ以上は踏み込まないで下さい、どうか」


 治癒師……レイアはゼルを突き放すように頑なな態度で断った。


「そんなに秘密にしたいなら、なんで嘘を吐かなかったんだ?」


 これほど頑ななのは、それほど危険な秘密だということの筈だ。

 ならばそんな秘密を抱えているという情報を漏らすこともリスクになりうる。

 そんなリスクを抱えずとも、『偶々軍が来るタイミングが被っただけ』とか適当に誤魔化せば良かったのだ。


「ゼルさんは、彼を慕ってくれているようでしたから」


 彼女にとってはそれが大きかった。

 ゼルとしてはただ単に彼の技を身につけようと追いかけ回して観察していただけなのだが、彼女から見ればそれは『慕っている』に入るらしい。


 なんだか、ゼルの心は暖かい気持ちになった。



「あら?ゼルさん、怪我をしているようですね」


「ん?あぁ、さっき転がった時に擦ったんだ」


 ゼルの頬が地面の砂で擦れて赤く滲んでいた。


「私が治してあげましょう」

「助かるぜ」


 レイアが尺取虫のようにウゾウゾ体を曲げては伸ばしてゼルへ近寄る。

 ゼルは彼女が治癒する様子を見たことが無いので少しソワソワしながら待った。


 レイアは目を閉じて、集中すると、呪文を唱えた。


「……『治癒キュア』」


 ゼルの頬を光が包み込んで、しばらくすると彼の痛みは嘘のように消え去った。


「す、すげえ」

「治せるからといって、怪我を甘く見てはダメですよ。どんな怪我も元通りになるとは限りませんから」


 感嘆の声を漏らすゼルをレイアが窘める。


「分かってるぜ、そんなこと」


 不満げな顔をしたゼルにレイアは頬を緩める。



「そもそも、この術は大きな傷はなおせ……ッ”」


 男の手がレイアの頭を掴み、地面に叩きつけた。

 ゼルには彼の師が目の前のレイアに覆い被さるのが見えた。


「やめろ、爺さんッ!!……なんでッ」


「ぁー」


 ゼルの制止の声よりも早く、彼はレイアの肘を握って捻る。

 可動域を超えて力が加えられて、筋肉の繊維が千切れる音がする。


「あぁああぁア!!痛い痛い痛い痛いですッ。わたシのうでぇ、とれちゃいます!あ!ア!あ”!?」

「ッ……」


 レイアの腕が肩から千切れる。

 傷口から噴き出した血液がゼルの顔にかかる。


 目の前の痛ましい光景に、ゼルは絶句する。



 彼が人間を殺す姿を見たときにはこんな感情は浮かばなかった。

 むしろ、感激していた。憧れを抱いた。


 じゃあ、今、目の前にある光景は何が違うのだろうか。


 力への憧れは今もまだ胸の中にある。でも同時にそれに対する恐怖も知ってしまった。


 師の手がレイアの首にかかる。


「ぁ……た、ぅ」

「爺さんッ!!やめてくれ!!!」


「…ぇ」


 しかし彼はレイアの頸を折った。

 糸の切れた人形のように力を失い、レイアの手足は地面に投げ出される。


 ゼルはもう既に叫び出したい心情だったが、まだゼルにとっての地獄は続いていた。



 師が捥ぎ取った腕を齧る。


 ——グチュ……グチュ……ゴクン


「え?は、え?なん……食べ……へ?」


 今度はレイアの死体の腹部に腕を突き込んで、その中身を引きずり出して喰らい出した。


 ——グチュ……グチュ…ジュルッ…ゴクン


「爺さん、何してんだよ……。おかしいって、どうして」


 具合の悪い時の悪夢でも見ない光景に、ゼルの頭は混乱する。







「あっ!私の中身が、あっ食べられてます!ダメですよ、あなたぁ!……コフッ……こんなっ、人前で、はずかしいのに…アっ。こんなに愛されちゃったらぁ!!わたしぃ、死んじゃいますぅ!!!!」


 そして、またレイアは事切れる。


「……?…………?………………?」


 ゼルの脳はこの光景の処理を拒んだ。

 レイアは確かに死んでいた筈だ。それなのに、起き上がって、嬉しそうに?何かを叫んでいたように見えた。


 ——グチュ……グチュ…ジュルッ…ゴクン




「あっ、そこは汚いから食べないで下さい!!お腹壊しちゃいますよ。私のお腹は壊しても良いけどお、病気になっちゃうから食べちゃダメですぅ。あっ、でも、そんな所も愛してくれるなんて、わたしぃ、どうにかなっちゃうぅぅぅ!!!」


 また、レイアは事切れた。


「………!………???……?」


 明らかに一人分を超える量の血液が、彼らが監禁されている倉庫の中を埋め尽くす。

 ゼルは鉄臭い匂いに気分を悪くしながらも、状況の理解が進まない。 




「——そ、そこ!名前はわからないですけどぉ!!そんな所も食べちゃうんですかあああ!!!」


 また、事切れた。


 ——グチュ…ゴクン




「あああぁぁあ!!私もぉ、愛してますぅぅぅ!!!」






 ————————————————————

 おしとやかな人だと思ってましたか?残念、狂人でした。


 前章の最後で、『爺さん』がいた場所に大量の血痕が残されていた理由がこれです。


 おもしろオカシイ3人の旅路の物語、第九章の開始です。

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