第九章 三匹の狂人編

黄昏、それでも太陽は落ちない


今回は短め。フレーバーです。

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 俺は黄昏の大地に立っていた。


 酷く近い天蓋と、死骸に埋め尽くされた醜い地平、その先には皮肉な位に綺麗な太陽が覗いていた。


 意識はぼんやりとしている。


 俺は地面に転がったパーツで出来上がった小さな山を見つけると、その上に座った。


 沈みそうで沈まない太陽をずっと見ていた。


 俺が何者なのか、ここはどこなのか、そういった疑問も、呆然と太陽を眺めている内に、思考の隅に溶けて消えた。


 破片になって散らかった記憶を、集めて整理することすら億劫だった。


 疲れた。



「——————————」


 気づけば隣によく分からない生き物がいる。

 猿のような顔をした、何本も足がある奇妙な生物だ。半笑いを浮かべたような顔が酷く憎たらしい。

 体の節々を緑の明滅する線が走っている。


 その足から繋がる鎖が俺の足へと繋がっていた。


 ——目の前の存在は、以前よりも大きくなっているような気がした。


 肥えたのか、成長したのか、はたまた俺が小さくなってしまったのか。


『以前』という単語が思考を波立たせるが、その前に俺は謎の生物から視線を外した。


 俺は太陽を眺めていた。

 謎の生物は天蓋を睨んでいる。



 憎たらしいくらいに金色の太陽を見ていると、何だか月が恋しく思えて来た。

 その時、視界の端に揺れる金の髪を幻視する。



「■■■■!!」


 思わず振り向いたが、そこには誰も居なかった。

 口から出た言葉の意味も胸を満たす激しい渇望も、次の瞬間には忘れてしまった。


「……あぁ」


 俺は何も分からないままに、嘆きの声を上げる。

 分からない。何も分からないのに、胸の内には鉛がのしかかったような重さが、今もはっきりと残っている。



 また、太陽をひたすら眺める。

 いつかは俺も、ここに散らばる屍のように黒く濁って動かなくなるのだろうか。


 そう思ってしまうくらいに、動くことも考えることも億劫で仕方がない。


 少しずつ体は冷えていく。


 諦めて埋もれてしまえば良いのに、俺は熱を求めるように太陽を見つめる。



 化物も、忌々しげに太陽を眺める。


 足枷は重いが、不思議と気にはならない。ならここが俺の居るべき場所なのだろう。

 皮膚が剥がれて落ちたが、痛みは無い。ならそれが俺の在るべき姿なのだろう。


 何かを忘れているが、思い出せない。なら思い出さない方が幸せなのだろう。



 剥がれ落ちた腕の位置には、また別の腕が残っていた。だから俺の腕は二本のままだ。


 地面に落ちた腕は、ゆっくりと、ゆっくりと黒く濁っていく。



 次は足が剥がれおちる。

 今度は胴体も。


 そうして次々と剥がれて下からはまた別の俺が顔を覗かせる。

 全て剥がれ落ちれば俺は終われる。



 頭が落ちた。

 疲れたような表情のそれは段々と黒く濁っていった。


 だが、まだだ。

 まだ左腕が俺のままだ。



 ——これが壊れないと、俺は終われない。


「あああああああああああ!!!!!」


 左腕を地面に叩きつける。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。


「壊れろ、壊れろ、壊れろぉ、壊レろよ!!!」


 壊れるどころか、地面に転がる骸を逆に壊して、左腕は無傷のままだ。壊れる気配も無い。



「……な、んで」


 きっと■■■■は俺を許していないんだ。

 だから、ずっと俺が苦しむように、逃げられないようにしているんだ。


 そのことに気づいて、地面に転がったまま涙を溢す。



「許してくれ……ゆるしてください」



 情けなく泣きながら頭で地面を擦り、誰かも分からない相手に許しを乞う。


「頼むから……お願いだ……どうか」


 自分を失い、終わりを失い、そうしてまで俺が存在する理由はないだろ。


「どうか、俺の終わりを……返してください」





 化物はそんな俺を、楽しげに、そして憎らしそうにずっと眺めていた。




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