第15話 鉄拳制裁
「ふう」
開拓村という環境の中とは思えない程度には整った部屋の中、一人の
彼はゴゴ氏族管理下のこの開拓村の村長を任されていた。
彼の持つ書類にはこの村における収益と人口などの統計が記されていた。
その全てが右肩上がりであり、その数値は同時期に出来た近くの開拓村を圧倒していた。
「少し、目立ちすぎただろうか……」
以前のニンゲンによる襲撃を街に報告せずに、鹵獲品の売却して得た金を自身の懐に入れていた。
ただ、その金は村長の私腹を肥やしていたわけではなく狩人や糸作りのための道具を買うのに殆どを使っている。
買った道具が村長の資産になることを考えると私腹を肥やしていると言えなくも無いが……。
少なくとも短期的には村のためになる選択をしたつもりだった。
内政以外の憂いが生じたことに溜め息を吐きながら、他村との会合の準備に必要な決済を行っていると、伝令役の青年がドタドタと屋敷内を駆けてくる音が聞こえる。
あれほど屋敷の中では走るなと言ったのに指導が足りなかったのか、と顔をしかめていると、ついにはノックをせずにドアを開けた。
「だから、ノックを……どうした?」
叱りつけようとした村長は青年の尋常ではない様子にすぐさま事情を尋ねることにした。そしてこの決断は正解だったと言える。
「村長、村に暴れている奴がいる…です」
「ニンゲンか?」
拙い言葉ながら、事情は掴める。
前と同じく人間が、攻め込んできたのなら彼の慌てようも頷いた。
「いや、ゴブリンの、それも女だ…です」
「一人でか?」
「そう…です」
村長はその返答に心の中で舌を打つ。
「……狩人長と、狩人を呼べるだけ呼んで来るんだ」
「え……はい、分かりました」
侵入者は一人と言ったのにも関わらず、村長は全ての戦力を集めようとしている。
その采配はあまりにも慎重過ぎると報告に来たゴブリン は思ったが彼の仕事は村長の言葉を村長の言ったまま実行することだ。考えるのは彼の仕事では無い。
「それと、侵入者の場所は分かっているのか」
「いや、神殿付近でみつけた後は……」
ドゥウ”ウ”ウ”ゥ”ゥ”ン……
村長が窓の外へ顔を覗かせると、屋敷の門を人間大の岩が破壊していた。
砂煙を潜りぬけて一人の女ゴブリンが屋敷内に歩いて侵入する。
「あ!いました!あいつです!」
「……わかっている。早く行ってくれ」
しばらくして狩人の召集を指示されていたことを思い出した青年はドタバタと部屋を出て行く。
眼下では用意していた傭兵がちぎっては投げ、ちぎっては投げされている。
「国の犬、いや、ロロンの犬が……」
軍の蔑称を村長は呟く。
「こんなもんかァ?さっきの奴より歯応えが無いなァ。軍にも入れねえ程度じゃァ仕方無いかァ?」
女ゴブリンは一際声を張り上げながら周囲の傭兵達を挑発する。
挑発に簡単に乗せられた傭兵たちは、ミキサーに飛び込んだように血祭りにあう。
しかし、彼らのほとんどは瀕死ではあるものの、治療すれば助かる程度に手加減されているようだった。
彼女は笑いながらゴブリンの群れを掃除して行く。
その様はまるで災厄に等しい。
極まった連中はいつもこうだ。道理を力でねじ曲げる。数こそ力であるべきなのに数を力でねじ伏せてくる。
彼が戦場で見た光景も、こんなものばかりだった。
突き抜けたものはひたすら突き抜け、そうで無いものは中途半端なところで死ぬか、地を這いずったまま生きる。
嫌なものを思い出したと、首を振りながら壁に飾られた剣に目を向ける。戦争から生き残った記念に残していると周りの者には言っている、実際は逃げる最中に死体から鹵獲したものだった。
そもそも戦争の際に彼が使っていたのは棍棒だ。
だから剣は一度も振るった事は無い。振るつもりも無かった。
村長という立場は弱さを見せて良いものでは無かったからだ。
皮肉にもその事が、息子の歪みを生んだ。
力への憧れを植えつけてしまった。彼が剣を残したのは、力を持つことに対する戒めであったのに。
戦場帰りの彼は息子が戦争病に罹っていることに気付いていて放置した。
何もかもが遅すぎた。言えることがあるとすればそれだけだろう。
「ひアッはぁ!!」
窓枠を打ち破り、女ゴブリンが転がり込んだ。
「森にあったァ、死体。やったのはお前かァ」
「私は知らない、初めて聞いたな」
態とらしく肩を竦める村長に、グニスの額の血管が浮き上がる。
「首だけになっても同じことが言えるかァ、試してみるかァ?」
「ははは、君が首だけになったら、きっと悲鳴を上げてしまうよ」
村長は膝を震わせながら、剣を構えた。
◆
「あああああ、ヤバイヤバイヤバイヤバイ」
ククジラスはグニスによって荒らされた屋敷の中を駆ける。
その手には血石の髑髏が握られていた。
彼はついに神殿から依代を盗み出してしまった。
これまでは神殿長との交渉によって一時的に持ち出したことしかなかったが、グニスが来たことで彼に魔が差した。
むしろこれまで良く我慢できたものだ。それほどに力を得る快感は大きい。
しかし彼の最後の理性は瀕死の狩人たちを前に決壊してしまった。
彼は急いで依代を持ち出すと、狩人たちに次々と止めを刺していった。
「力取り放題じゃねぇかよおおおお」
怒っているのか喜んでいるのか曖昧な情緒で叫びながら、転がっていた傭兵の一人にとどめを刺す。
すぐに依代を握って呪文を唱える。
「『捧げよ、さすれば与えられん』」
呪文を唱えれば神官でなくとも肉塊を呼び寄せられるのはゴブリンたちには割と有名な話だ。戦争の際には優秀な兵士にはその場で捧げられるように依代の携帯が許可されていたので、自然とその事実は知られることとなった。
「『捧げよ、さすれば与えられん』」
「『捧げよ、さすれば…」
「『捧げよ…」
「『捧げよ…」
「『捧げよ…」
生み出された力の塊にかぶり付き、噛む時間さえ惜しいというように胃のなかに流し込む。
「ング…ァ…………ハァ」
この甘美な感覚に比べればこれまでの人生で味わってきた快感など、塵芥に等しいものだ。
もうこの村には俺より強いものなど居ないのだと確信して全能感に酔いしれる。
「あハぁ、安心しろよおこれからわみんな俺が守ってやるからさあ。替わりに命でもさしだすんだよお。安いもんだ、お前の命くらいぃ」
自身が矛盾したことを述べている自覚のないまま、屋敷に居た手伝いのゴブリンに目を向ける。
「ひっ、坊っちゃま……な、なんて事を」
「んん?生きてたら捧げられないってわかってるよな?何で死んでないの?守ってあげないよ?」
「お願いです。どうか助けてください」
昔のククジラスを知っているゴブリンは彼の良心に訴えかけるようにひたすらに許しを乞う。
「罰として殺すぞ、良いよな。」
しかしククジラスが許す筈が無い。
「——良いわけ無いだろ、カス野郎」
彼の掌が彼女の顔に触れる直前、ククジラスは殴り飛ばされる。
屋敷の家具を壊しながらククジラスは転がる。
彼の代わりに現れたのは、ゼル。
無理に手錠を外したせいで手首の皮がめくれ、その下の筋肉が露出していた。痛みはあるが、それでも腱は力を拳まで伝えてくれる。
「お前はここで死ぬ、ぜ」
僅かにゼルが魔力を纏う。
それは呪術とも言えないほど曖昧な感情と魔力の発露によるもの。
「何故かって?」
ククジラスがゆらりと起き上がる。
ダメージは少ない。所詮は成人すらしていないゴブリンの攻撃だ。取るに足りない。加えて今の彼は十人を超える狩人の力を呑んだ。
ただ、痛みはなくとも怒りは感じていた。目の前のゴブリンの少年に。
「今、俺がそう決めたからだ」
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