第13話 極めて理性的な生き方
「で、お前はどうすんだァ、ゴミカス」
突然部屋へと入ってきて、狩人を制圧した女はゼルへと問う。
このときゼルの意識は朦朧としていた。
だからこそ目の前の存在を自身の拷問に来た別のゴブリンだと思っていた。
「だれだ……おまえ」
「聞いてるのはオレだ、お前こそ誰だァ?」
「……」
ゼルは口をつぐんだ。
女ゴブリンは口をへの字に曲げる。
「クソガキ」
「がき、じゃない」
「クソガキ、ここから出たいかァ?」
「……おれはやってない」
女ゴブリンの言葉を罪を認めさせるための懐柔と受け取ったゼルは否定の言葉を重ねる。
「ここから出してやるよ、クソガキ。勿論無罪放免でなァ」
「うそつくな」
「あ"?」
苛立ちと共に低い声を上げた女ゴブリンはゼルの首を持ち上げる。
「ゥグ……」
全体重が首に掛かるのを防ぐようにゼルは鎖を引っ張り腕で体を支えようとするが疲弊した腕力では上手く持ち上がらない。
少しずつ呼吸が苦しくなり、まるで溺れているかのようにゼルは宙でもがく。
「なあ、この世界で一番正しいものが何か教えてやろうかァ。それはなァ、神でも王でも増してや法でもねェ……オレだ。オレだけが正しい。何故なら今お前の命を握るのはオレだ、お前を救えるのも殺せるのもオレだ。お前の神はオレなんだァ、分かるかウジガキがァ」
滅茶苦茶な理屈を展開する女に、心の中では思い付いた反論も目の前の女の迫力に圧倒されて口から出ない。
「良いかァ、鼓膜ブチ破ってよおく聞け。助けて欲しいか?」
「……たす、けてくれ、ぇ」
閉鎖的で排他的な村の中。誰かを敵に回せば、全員が敵に回る。
ずっと気を張って生きてきたゼルは、この苦しみからやっと解放されるのかと——
「——はっ!助けるわけ無いだろ、カスがァ」
「ぅあ?」
「お空向いて口開いてりゃ、餌が貰えるとでも思ってんのかァ?苦しんだらいつか報われるとでも思ってんのかァ?今からオレは
「まって、くれ」
一歩、また一歩と出口へと近づいていく女、その姿にゼルは今度こそ絶望に叩き落とされたような気分になった。
心底楽しそうに女は続ける。
「
「く、そ」
ゼルの思いは裏切られ、重厚な扉は無慈悲に閉じられた。
ガコン、と閉じられた扉が鳴る。
あの女ゴブリンは閂を掛けてこの部屋へと人が入って来られないようにしたのだ。
もうここにはゼル一人しかいない。
「〜〜〜〜〜っ」
少し広くなった部屋の中央でゼルは唸る。
怒りか、後悔か、悲しみか、そのどれとも表現出来ない感情に駆られて鎖を揺らす。
「ふざ、けるな」
だれが犯人かなど分かりきっている、
許せるか?
正しくもないあの男は、捕まったとしても犯した罪の分しか裁きを受けない。
俺が受けた責め苦は奴が遠因であるのにも関わらず。
村の連中も同じだ。
だれが、この苦痛の、屈辱の責任を取るだろうか。きっとだれも何もしてはくれない。
俺が苦しんでいたことなどだれも知りはしないのだから。
きっとあの女は全てが終われば助けには来るのだろう。
しかし、それでも宣言通り、あの男は普通に裁かれて普通に罰を受けてその後は普通に暮らす。
許せるか?
奴はきっと周りの連中に言って聞かせるのだろう。『昔はヤンチャしていたな』などとほざくのだ。懐かしげに、過去の少し恥ずかしい思い出になっているのだ。
そして俺のことは忘れている。
自分が罪を逃れようとして、村の子供に罪を被せようとした事を。
再会した時にやっと思い出す程度だ。
許せるか?村のゴブリン達は村から
「だれも」
誰も、俺を見ない。
許せるか?
——俺は……いや、俺が
「ゆるさねえ」
俺の、この苛立ちの落とし前を付けさせる。
ククジラスが俺を忘れることなど出来ない位に俺の存在を刻んでやる。
「おれを見ろよ」
村の連中が口を噤んでも、無意味なくらいに思い知らせてやる。
俺が正しくて、正しい俺を裁こうとしたお前達が間違っていた、生きる価値も無いゴミクズだと。
「おれを見ろ」
見せてやる、ククジラスにも村の連中にもあの女にも。
「おれが……ゼルだ」
腕に力を込めた。
◆
「……!」
傭兵に扮する国軍の斥候は、隊長の命令を受けて血痕の先を辿ることにした。
その犯人はこれまでの情報からゴブリンだと分かっている。
隊長であるグニスはそれが発覚した時点で、人間の侵攻の隠蔽も含めて村長まで詰問に走った。
斥候の男、ロロクロが探っているのは、犯人の特定だ。
背丈、足跡を見てゴブリンだと分かったが、それがどこの誰なのかは分かっていない。
辺境における殺人は珍しくは無いが、奇妙な事に痕跡を隠蔽する意図が感じられない。
実際、足跡も迷い無く直線で向かうものが多い。
証拠を隠すことすら思い浮かばないほど混乱していたか。
「……っす」
それにしては、犯行の流れが手慣れているようにも見える。
手にかけたのは一人や二人では無い筈だ。
つまり、証拠が見つかってもどうにかなる、という自身があるのだろう。それが自身の立場からあるのならこちらは更に上である国軍の立場を持ち出せば押しつぶせる。
後、考えられるのは…。
「?……」
ロロクロは人の気配を感じて動きを止める。
これまで以上に呼吸のペースを落として身を屈める。もし犯人が近くにいたとしても反応できるように神経を緊張させる。
腰の短剣に手を添える。
音が鳴ってしまわないように、まだ抜剣はしない。
クチャ……ジュル…
水気を感じさせる音がして、ロロクロは少し面倒臭そうに顔を顰めた。
魔物がゴブリンを喰らうことなど良くあることだが、食い荒らされた死体は検分が難しくなってしまう。
嫌気が差したような表情を浮かべながらロロクロは歩み寄る。
足元では段々と血液の筋が前方へと太く続いている。
この先にはきっとゴブリンの死体があるのだろう。
ロロクロは腰からゆっくりと短剣を抜く。
魔物が背後を向いていれば直ぐに首を刺して仕留める。
死体を検めることを考えるのはその後だ。
そう考えていたのに。
「……ぅえ」
ロロクロの手は目の前の光景に思わずえずく。
……グチュ、ゴク……ジュル、ゴク
《それ》は手を止めずに、ひたすらに目の前の肉にかぶり付く。
まるで極上の料理を前にしたかのように夢中で。
それでいて、酷くおぞましい。
「……ング…ッグ……ゴク……は…ぁ」
口を真っ赤に濡らした《それ》がロロクロに気付いて目を向ける。
虚ろで、こちらを見ているようで見ていない。
「……ッ。狂人、め」
ロロクロはそのゴブリンに向かって吐き捨てる。
「ぇ、ぉ?」
髭を無造作に生やしたゴブリンは宙を睨む。
ロロクロはその男へと短剣の切先を向けた。
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