第8話 脂を削ぐ
開拓村は以前よりも賑わうようになった。
理由は人間達から剥ぎ取った装備の影響だった。
ここらでは産出されることの無かった金属を得たことで、ちょっとした小金持ちとなったらしい。
……村長が。村中に散らばった装備を村長が自費で村人を雇いって回収し、それを村長の持つ馬車で運んだ為、その収益も村長のものとなったのだ。
「邪魔だ、退け」
「うおっ」
見慣れないゴブリン達がゼルを押し退けて道を進んで行く。
彼らは村人達と異なり、防具に身を包み、剣を手に持っていた。
「……なんだよ、あいつら」
彼らは人間で言う冒険者に近い立場の者だ。
しかし、冒険者よりもシステムが洗練されていないので、その実態は街の雇った傭兵に近い。
魔物の討伐のために近くの街に要請をしたところ、一定の対価と引き換えに時折、彼ら傭兵が派遣されることとなったらしい。
ただ、彼らは軍ではなく傭兵という立場であることから分かるように、堅気とは良い難い。そのため、住民と彼らの間には摩擦が生じることとなった。
特に狩人との仲は最悪だ。
彼らは魔物を殺しはするが、狩人の事を考えずに罠を置いたり、植物を切り倒したりする。
さらには薬草の群生地もそれによって荒らされたりと、薬師連中にとっても迷惑な存在となっていた。
代わりにとでも言うか、村の内部は彼らが落とす金によって潤いつつあった。
ゼルも若干の迷惑を被っていたが、狩人は動物で傭兵は魔物と一応の棲み分けは出来ていた。
そして、彼は今日も勝手に師としたゴブリンの元へ向かった。
◆
髭のゴブリンは基本的に朝は森を見つめてぼーっとした後、昼から活動する事が殆どなので、ゼルもそれに合わせるようになった。
彼は魔物や動物と遭遇すると、勝手に戦い、ゼルはそれを見て勝手に戦い方を学ぶ。
初めは彼の動きにただただ圧倒されていたが、何度も見ると慣れてくる。
そして、ゼルはその動きの中に秘められた術理に気付くようになった。
彼の動きは基本的に最低限の動きで最大限の効果を与えようとしている。ここでの効果というのは相手の損傷だけでなく、間合いや相手の姿勢だったりと有利を作ることも含まれている。
そしてその上で彼の動きが二種類の核によって構成されている事に気づいた。
ゼルはこの二つを『柔の動き』と『剛の動き』と呼ぶ事にした。
柔の動きは文字通り力をあまり使わない動きが多い。
曲線的な軌道で体を動かす事が多く、投げたり極めたりの技が多い。
剛の動きは自分の力を真っ直ぐに相手に伝えようとする。
最短距離を直線で動かす事が多く、手刀で相手の喉を突いたり、打撃の技が多い。
そして、こちらは目や金的などの肉体的な弱点を狙う動きが多かった。
初めはこの二つの動きが入り混じる戦い方を見て混乱していたが、全く別の技法を使っていると考えて捉え直したらしっくりと来た。
そして彼は柔の動きを使う事の方が多かった。これは単に力で勝る獲物を相手にする事が多いからだろう。
ただ、これは剛の動きが役に立たないという訳では無い。
全身の筋肉を最大限に使って放たれる貫手は、獣の毛皮を貫くことすらあった。
これまで弓を用いて来たゼルにとっては、肉体を武器とする戦い方は野性的だが心が震えた。
特にはぐれオークとの戦いは見事だった。
人間を圧倒する彼なら大丈夫とは思っていたが、倍以上の体重を持つ人型を相手にどう立ち回るのか気になっていた。
まず真面に攻撃を受けない。
オークの棍棒を受け流し、逸らし、自分の中心から外す。
大振りになったオークを投げ飛ばしたところで、首を踏み抜いて仕舞いだった。
ゼルはこの戦いを見て、自分がまず収めるべきは柔の動きだと考えた。
彼はゴブリンだ。その体躯はゴブリン の中でも平均的で、力も今は突出していない。
山のような魔物すら跋扈しているこの世界において、防御の術は強くなるために必須のものだ。
死ななければ、いつかは強くなる。
安易な考えだが、結局は柔の動きと剛の動き、両方修めるのであれば悪い考えでは無いだろうとゼルは安易に納得した。
まずゼルは彼の動きの中で、最も多く現れるものを覚える事にした。
それは勿論、受け流しだ。
これも中々苦戦した。
そもそも彼の動きはかなり多様だ。まるでアドリブで踊り続けているようなものだ。
同じ方向へと受け流す動きでも、掌を使ったり手の甲を使ったり、はたまた足を使ったりするものがある。
左右の変化、上下の変化によっても動きは大きく変わる。
その全てを身体に叩き込むには相当な時間が必要かに思われる。
その日、髭のゴブリンは森の散策をしない様だったので、ゼルは川の近くで目に焼き付けた動きを再現する作業に勤しんだ。
形だけは真似できている、気がする。
唯一自分の姿を映すのは、揺れる水面だけ。
それを頼りに時折唸りながら体を動かす。
あの滑らかな動きにはまだ遠い。
円を意識する。柔の動きの本質は相手の動きを利用する事だ。なら自身の力は出来るだけ済ませる必要がある。
しかし、ゼルは一つ勘違いしていた。
円を意識した結果、動きから無駄が減るのではなく、自身の動きにさえ逆らわないように肉体を制御した結果、円の動きが得られるのだ。
だからこそゼルの動きは少しぎこちなかった。それは身体の流れとは沿わない無駄な円の動きが存在していたためだろう。
「ふぅ」
川の水を被って汗を流す。
同時に肉体の纏う熱気を水の冷たさがさらって行った。
やはり、一人での訓練には限界があった。
彼が師と仰ぐゴブリンはアレなので指導も組み手も望めない。ゴラトンに頼んでも良いが、攻撃を含めた訓練がしたいので少し気が引ける。
動物相手に試すのが良いだろうか。
正直猪も鹿も素手で相手にするのは怖いのだ。そうでなければこんな所で訓練などしていない。
そもそも、ゼルが求めているのは争いの技術だ。
それは誰かの後ろをついて回って身につくものでも、こうしてひとり飛び回って上達するような簡単なものでは無いのかも知れない。
実際は命の脅かされない安全な場でも培われるが、きっとそれは突出したものでは無いだろう。
熟達してはいるが、惹かれるものは無い。
それに安全圏に拘るやり方は、彼にとって
「ダサ過ぎるぜ」
それは彼の憧れた大人の姿では無かった。
自身を天日干ししたゼルは直ぐに立ち上がった。
何度考えてもこの結論に至る、そう確信したなら行動は早い方が良いだろう。
確かな足取りで森へと歩いて行く。
ゼルは命を天秤に乗せる事にした。
◆
鹿というのは案外危険な動物だ。
身体の大きさがあり、角がある、足も強い。
攻撃的な性格で無いのが救いだが、それで救われるのは弓を持った時だけだ。
拳で攻撃しようとすれば、当たり前のように角はこちらに届く。
角を避けて後ろに回れば足が飛んでくる。
どちらにせよ反撃は飛んでくるわけだが、ゼルはより危険な角を選ぶ事にした。
何故なら相手の急所である頭部にも近く、戦う相手は正面を向いていることの方が多いだろうと考えたからだ。
鹿の角は枝分かれしていてその芯を捉えるのが難しい上に、当たりどころが悪ければ致命傷だ。
初めは大きく避けてばかりだった。もちろんこちらから攻撃する隙などあるはずも無い。
だから、段階を踏む。
まずは鹿が振り回す角に爪の先が触れるだけ。それだけでもしくじれば服に穴が空いた。
今度は角の側面に指先で触れる。感触も分からないほど短い時間だが、距離はさらに縮まった。
一歩踏み込んで、指の背で角の横を押す。ほんの少しだけ突進の方向を誘導するように。
もっと深く、掌で握れるほどまで近づく。
ゼルと鹿の目が合う。
恐怖か怒りか鬱陶しさか、動物の感情などゼルに分かるはずもない。
でも本気だ。
全力で、生きているのだ。
だから、何だ。
こっちだって、本気で強くなりたいのだ。
力みそうになった拳の握りを解いて、中途半端な開きへと戻す。
全体を捉えるように、視界全体をぼんやりと意識する。
熱しかけた思考を反転して冷やす。
そして、一呼吸。
「す、ぅ。……行くぜ」
「キ…ュ…」
静かに力尽きた鹿が地面に崩れ落ちる。
ゼルは摩擦で血だらけになった掌を見つめたあと、ゆっくりとそれを握り込んだ。
「うおおおおおおおおおお!!!」
落ちていく太陽に向かって、彼は勝鬨をあげた。
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