第5話 告解

「何でお前がそこにいるんだ!?!!!」


「ははは!!お前、正気かよ。よりにもよって『聖女殺し』を名乗るとはな!」


 ゼルの言葉を一人の人間が笑う。

 その人間の気やすい態度に、ゼルは認め難い真実を薄らと感じ取る。


「笑うな。とっさにそれしか思い付かなかったんだよ。それにどうやら奴の名前はゴブリン共の間では有名では無いと知っていたからな」


 ゴトーと名乗っていた者は少し得意げに語った。


「分かっていても名乗るものかあ」


「……まあ、皮肉もあったな。聖国にとっての厄災が、ゴブリンにも牙を剥く。これほど皮肉な事はないだろう?」

「確かになあ、調子に乗ったしっぺ返しにはちょうど良いな……


 ゴトー……いやランドリクは口角だけを上げてゴブリン達を嘲笑い、緑の肌を脱ぎ捨てた。

 その下には人間の色をした肌が覗く。彼は弾力性のある樹脂を身体に纏う事で、ゴブリンへと化けていたのだ。


 戦闘がほとんど無く人間の侵入を許したのにも納得がいった。

 おそらくランドリクは狩人達に取り入った上で、村への秘密の通路について聞き出し、そこから人間達を引き入れたのだろう。


「ゴトオッ……ヘブッ」

「うるさいな……こいつ」


 先ほどから喋っている人間がゼルを殴り倒す。

 手甲を嵌めた拳はゼルの骨を砕いた。


「殺すなよ。公子の経験値にするのだからな」

「手加減くらいは出来るって」


「何で裏切った!ゴトー!」

「はあ。俺はゴトーなんぞではない。聖国軍、解放騎士団のランドリクだ。まあ良い……捕縛を終えた者は村内の哨戒に移れ。生き残りを見つけたら腕くらいは切っても構わない、連れて来い」


「「「はっ」」」


 ランドリクの指示を受け入れた騎士達が神殿から出ていく。

 彼らは村の探索のついでに家探しをすることになる。このような村に貴重品などあったものではないが、村長の家ならば、金貨などが溜まっている事だろう。


 簡単に無力化されたゼルとゴラトンは縄でぐるぐる巻きにされてずた袋を被せられて転がされる。ゴラトンは激しく暴れたせいで


 ゼルは顎に走る痛みを無視して袋を内側から噛みちぎる。

 これも猪から食らった『きば』のお陰だ。

 指一本分の穴が袋に空き、外の様子が若干見えるようになる。



「媒体は見つかったか?」

「神殿では見つかりませんでした」


「じゃあ、こいつらのどれかにとしか考えられないな」

「……おそらく」


 入っている?とゼルの頭に疑問が浮かぶが、目の前にいる人間達はどうやらゴブリン達を何処かに連れて行くのが目的らしい。


 冷静になって考えると、なぜ村の狩人達は彼らに反抗しないのかと疑問が湧いて、村人のひしめく神殿の中を見回して後悔した。


 床に血の上で何かを引きずった痕があった。

 つまり、もう武力で対抗しようとして失敗した後だったのだ。



 ゼルは袋を被せられた村人の中に自身の知った人物を探す。

 それは彼の母親だ。僅かな視界の中で彼女の姿を探す。


(お願いだ。いてくれ)


 自分に残された最後の家族。


 果たして、その姿は有った。


 血溜まりの中に。



「ああああああああああアアああああああアアア!!!!!!」


「うおっなんだこいつ」


 騎士の一人が驚いて剣の側面で彼の頭を叩きつけられる。


 激情で怒りを塗り潰されたゼルは、陸に打ち上げられた魚のように暴れながら叫び続ける。


「ああああああアアアアアアア!!!!くそがあぁぁあアアア!!」

「黙れっ!!」


 袋の上から顔面を蹴られる。


 歯が折れて血が袋に滲んだ。


 何度も蹴られて、喉を踏まれてゼルは体力が切れてしまった。


 後には疲弊し切って虚な眼で人間達を睨むゼルと、やっと叫び声が収まったと溜め息を吐く騎士の姿。



 くすんだ瞳から涙が一筋零れる。


 絶対にこいつらを殺してやる。

 生まれた事を後悔するくらいに殺してやる。

 こいつらの家族を殺して、子供も目の前で殺してやる。

 ゴトー、お前を殺す。

 絶対に、絶対にだ。



 無くなった歯を食いしばりながら、彼らを頭の中で三桁は焼き殺した頃。神殿の扉を誰かが一度強く叩く。


 ランドリクは仲間が外から帰ってきたのだと思って外に声を掛ける。


「どうした?」

「……」


 外からは言葉が帰って来ず、ただ扉だけが開く。


 彼らは静かに警戒を滲ませて、剣を取る。



 扉からひょこりと顔を出したのは、髭まみれのゴブリン。


「……ぁ」

「な、何だ……こいつ」


 ゴブリンにしても明らかに異質な様子に疑問が漏れる。


「…へぁ…」


「……気にするな。気違いのゴブリンだ。捕縛しろ」


 髭のゴブリンは何が面白いのか空中を見つめて笑う。口の端からよだれが落ちる様に、騎士達も少し気味が悪くなる。

 一度間近で見たことがあるランドリクは、その様子を『気違い』の言葉で切り捨てて無慈悲に部下に命令する。


 部下達が視線で壮絶な押しつけ合いを繰り広げるが、ランドリクが若手の騎士に視線をやった事でハズレくじの受け取り手が決まった。


「はぁ。はーい、おじいちゃん。てーだせおらー」


 彼はやる気なさげに、縄を持って彼に近寄る。

 彼らは経験値に飢えているので、このような相手でも無駄にはできないのだ。彼らの経験値事情は世知辛かった。


 騎士の手がゴブリンの手を掴む。



「……ぅぁ」

「へ」


 ゴブリンが騎士の手を引っ張って、すれ違うように攻撃をかわす。

 対する騎士はゴブリンの後ろの地面へと手を付いた。


「……何を遊んでる、早くしろ」


 ランドリクは不甲斐無い騎士を叱りつける。

 気の狂った者はこうやって時折意味もなく人々に悪戯をするものだったから、今回のも同じだと思った。



「!?」


 そして髭のゴブリンにもう一度目を向けて目を見開く。


 先ほどまでは無かったナイフが握られている。

 しかもそのナイフは騎士達が携帯する鉄製のものだ。


 懐にしまわれたナイフを奪うには騎士を殺すしか無い。


 現在、狂人の握るナイフからは血が滴っている。

 ゴブリンの背後で倒れ込んでいた騎士がこちらを振り返る。


「かっ……は。たぃ…」


 彼が抑える喉元から押しとどめられないほどの血量が流れ出している。

 気道と頸動脈、両方を切断された彼は致命傷に見えた。


「警戒!!!」


 ランドリクはすぐさま声を上げた。

 思えば、外にも騎士がいるにも関わらず、騒ぎを起こさずに神殿に来ていたのもおかしかったのだ。


「そいつを殺せ!!」


 そして目の前のゴブリンの捕縛は諦めた。

 自身が力量を見抜けなかったのも、行動が読めないという不特定要素があまりにも多いからだ。



 ゴブリンを見据えながら、一人の騎士が剣を振りかぶる。


「……ぃぉ?」


 目を見開いたゴブリンが、ギョロリと瞳を動かしてから、騎士に向かって倒れ込む。


「?」


 同時に、騎士の体が上下反転して宙を飛んでいた。


 意味がわからない。

 いや、何をしたかは見えていた。

 足を払ったのだ。そして体を騎士の下に入れて肩に担ぐようにして持ち上げた。


 すると剣を振り下ろす勢いで騎士は反対に上に跳ねた。


 その動きは騎士と比べても、いや、村のゴブリンと比べても遅いのに、流れるような絶技に逆らうことができない。


 ゼルの視線は涙を忘れてそのゴブリンに引き付けられる。

 力の無い老人だと思っていた者が見せる戦いに、開いた口が塞がらない。



 地面に落ちた騎士は、宙に浮かんでいた間に皮一枚を残して首を切られていた。落ちた衝撃で、切れ目の入っていた腕と首が跳ねて離れる。


 いつの間にかナイフを逆手に持ち替えていた髭のゴブリンは、フラフラと体を揺らしながら他の騎士へと向かう。



「……ゃ……ゃ」


 髭のゴブリンがうわ言を呟く度に、騎士の体が解体される。

 動きは無駄無く、与える傷は最小限。


 どちらも利き腕というように、左右にナイフを持ち替えながら戦う様は熟練した大道芸人のようにも、極めた職人のようにも見えた。


 ゼルは今まで見た何者をも凌駕する技の全てに強烈な憧れを抱き、目に焼き付ける。

 今この瞬間、目の前で起こる光景を見ているのは人間の他にはゼル一人だけだった。


 これこそ彼が憧れた力。理不尽を切り刻む力なんだと。



 最後の一人を残して、髭のゴブリンは騎士の全てを肉塊に変えた。


「……ぁぅ」


 ゴブリンは明後日の方向を見つめながら、ナイフの刃を指でなぞってみるが指に傷は付かない。どれだけ刃筋を立てても、質の悪いナイフではこのあたりが限度のようだった。


 そもそも戦闘用のナイフでは無いのだから、ここまで保っただけ十分だろう。


 ゴブリンは飽きたようにナイフを後ろへ放り投げた。



「舐めるなよ、ゴブリン!!!お前らを殺して、奪われた物を取り戻す!!」


 ランドリクが決意を滲ませながら、曲刀シミターを構える。



 対する髭のゴブリンも、指をピクリと跳ねさせると一瞬魔力が溢れて、バチッと音がした。……が、一度音がなっただけでその後は何も起きない。


「……ぁ」



 そして、ゴブリンは目の前の男と始めて目を合わせた。

 復讐と怒りのこもった暗い瞳を前に、ゴブリンの焦点が合わさって。


「……あぁ」

「!?」


 ゴブリンが何かを振り抜いた。


(何かを、飛ばした?)


 ゼルの疑問に答えるように、ランドリクの体がずり落ちる。

 粘着質な音を立てて彼は地面に崩れ落ちた。




「……ぁぅぁ」


 髭のゴブリンはまたうわ言を呟きながら、不安定な足取りで神殿から出て行った。

 ゼルの決意した復讐は、彼に横取りされてしまって、行き場を失った。



 その喪失感と、先ほどの光景の非現実感に挟まれて彼は呆然とした。




————————————————————

……という訳で、ゴトーさんは偽物でした。

軽率にお薬に手を出すあたりとか、所々にゴトーではしないだろう行動を散りばめていたので気付いた人もいるかも……。


そして徐々に明らかになる世界の変容……。

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