第4話 亀裂
「お、ゲズリス。一週間ぶり、くらいか?」
「そうだね。やっと父上に解放されたから、体を動かしに、ね」
「なら……肩慣らしに今日は鹿にしとくかぁ?」
その日は久しぶりにゲズリスが二人の狩りに参加することになり、仲間思いのゴラトンはゲズリスが無理をしないように今日の標的を変える提案をする。
「だな。じゃあ今日は南のほうにするか」
ゼルも久しぶりに鹿肉が食べたくなったのでその提案を受け入れようとする。
「……僕に合わせる必要は無いよ。猪を狩りに行こう。西の辺りがいいって僕は聞いてたけど……」
「おれ、鹿の口になってたんだけどなぁ」
「うん?そうか。ゲズリスがそう言うなら西に行くか!」
結局ゲズリスの提案により、彼らの行く先は西の森へと決まった。
ゴトーから聞いていた通り、西の森は木々が深く見晴らしが悪い代わりに猪の突撃を防ぐ盾となりそうだ。
一度現れたウサギを見逃して、ただひたすら猪を探す。
「……もう少し、川沿いに上がろう」
「わかった」
なんらかの痕跡を見つけたゲズリスの提案をゼルが承諾する。
ゼルの頭には猪を殺した後のことしか無かった。
一度仕留めたから次もできる、と思うのは通常であれば油断甚だしいが、彼らには依代の恩恵がある。一度目よりも二度目が簡単と思うのは自然な事だった。
彼が前回猪から吸収したのは『あし』だった。猪の足は速力の強化が大きい。速力が上がれば逃走の成功率が上がり、生存に繋がる。ゼルとしては狩人として安全に実力をつけるためにも、初めはそこを重点的に上げたいと思っていた。
『うで』などに関しては、軍に入って人間達と戦うことになれば嫌でも身に付く。
そうして、ゼルが自身の栄達を夢想していると、茂みが大きく揺れる。
この大きさは鹿以上はある。
「お、いたいた」
そこに居たのは、ククジラス。そして取り巻きが今日は三人。
彼はゼルを殺す事を諦めては居なかった。
しかし、彼らが出てきた方向は明らかにゼル達の進行方向だ。尾行したなら背後から現れるはずだ。
「なんで、前から」
「そりゃあ、お前らがここに来るって知ってたからだよ。なあ、ゲズリス君?」
「は?」
「ガハッ」
ゼルの背後からゴラトンの悲鳴が聞こえた。
ゴラトンの背後にはゼルの友人であるゲズリスが棍棒を握っている。
「ゲズリス。何で」
「……だって、仕方ないじゃ無いか。こうしないと、村長の補佐の息子の僕は仕事が無くなってしまうんだ」
「そんなの、狩人になれば……」
「その代わりに村八分にされるなんて、僕は耐えられない!!」
ゴラトンが倒れる。
そしてゲズリスがククジラスの隣に立った。
「おいおい、友達に裏切られるなんて、よっぽど信用が無いんだねぇ、ゼル君はぁ?」
ククジラスが嘲笑う。
この男がゼル達の仲を引き裂いたのだ。生まれた時から共にいる、仲間達との絆を。
そう思うとゼルは彼らに対して酷く苛立ってくる。しかし現実としてククジラス達には質的にも量的にも及ばない。
ゴラトンを置いて逃げる事も出来ない。
なら、ここは子供らしく情けなく助けを呼ぶことにしよう。
「誰かあああ!!!!」
「助けなんて、呼ばせないよぉ」
ククジラスは若干の焦りを見せながら、ジルに飛びかかって来た。
どうやら、取り巻き達は動く様子が無い。
そんな彼に対してゼルは懐のある物を突き刺してくる。
それをククジラスは慌てて腕で受けた。
「っテェ。……なんだこれ」
「あーあ」
ゼルはもう終わったと言わんばかりに警戒を解く。その態度に彼らは怪訝な表情を浮かべる。
ククジラスが腕に受けた傷は数センチほどの切り傷。彼の行動を阻害する程の傷とは思えなかった。
「へへ。お前、俺が前に持って帰った大物のこと、忘れてんだろ」
ゼルはそれをユラユラと見せびらかす。
それは奇妙な反りを持った魔物の鎌だった。
「コブラ、マンティス」
「早く治療しないと、死ぬぜ」
ゼルはククジラスの取り巻きへとそれを向ける。
彼らはそれに怖気付いて、ゼルに踏み込めずにいる。
「……くそっ戻るぞ。毒を治療させる」
「じゃあな」
尻尾を巻いて逃げるククジラスとその取り巻き達を、ゼルは笑った。また調子に乗っている。
「お前も行けよ、ゲズリス」
「……すまない」
ゲズリスはそれだけ言って彼らを追いかけた。
「へへ、バーカ」
カラン、と魔物の鎌を捨てる。
「毒なんて、とっくに抜けてるのにな」
◆
ベッドの上でゴラトンの目が覚める。
「ゼル、ここは?」
「狩猟小屋だ。倒れる前のことは覚えてるか?」
「村長の息子に会ったところまでは、覚えてる。……ゲズリスは?っまさか!?」
「いや、無事だぜ。でも、もうあいつとは仲間じゃなくなった」
「それって……どういう意味だぁ?」
「裏切ったんだ。お前は、後ろから殴られたんだよ」
「……意味分かんねぇよ。つまり、敵?味方?どっちだ!」
「……敵だ」
「敵かあ」
そっかあ、と納得したようにゴラトンは呟く。
「じゃあ、今日はどうするぅ?」
「……帰る。かーちゃんが無事か心配だ」
ククジラス達は手段を選ばない。家にはゴトーがいるはずだが、それでも心配だ。それに、ククジラスがゼルを襲った事を村に知らせる必要がある。
「わかったぁ。猪はまた今度だなぁ」
ゴラトンは少しだけ残念そうに言った。
そうして二人は帰路に着いた。
そこで、幼なじみとしての思い出を語る。
川で溺れかけた事。
大人達に悪戯して怒られた事。
森で迷子になった事。
どれも三人一緒だった。
二人と居る時はゼルは前を歩いた。
ゼルにとって彼らは友達で、血は繋がっていないが弟で、弱った時には頼れる兄であった。
分たれた道の先で、自身を裏切った彼とも、いつかまた分かり合えたら良いなと思いながら、ホロリと涙を流した。
思い出話が現在に追いついた時、村に近づいた。
強い木の匂いと、熱気を感じた。
そして、怒号。
「あれ?」
村が焼けている。
燃え広がる中の一つ。あそこは、俺の家……。
「ゼルぅ!!」
ゴラトンの叱責がゼルを引き戻す。
「大丈夫だぁ!!」
彼の唯一の家族が無事であると、ゴラトンは強く断言する。
自身にあふれたゴラトンの肯定がゼルに染み渡る。
「あぁ」
「よしぃ!!どうすればいい?」
「ここからは
「じゃあ、川か」
「いや、見ろ。燃えてる家の数が多すぎる。多分、襲撃だ」
そうとなれば、狩人が駆り出されている。
まずは村の中に入る事を考えなければならない。
下手すれば襲撃者と鉢合わせすることになるだろう。
そのためになるべく茂みに隠れるルートをとって進む。
しかし、彼の用心は無駄となった。
村に入るまでに襲撃者も防衛者である狩人も居なかった。
そして、村に入っても誰も人が居ない。
火の粉が飛び散る村の仲をひたすらに走り回る二人。
時折地面が赤くなっているのを見て、不安を煽られる。
「誰かいないのか!くそ!」
「お〜いぃ、生きてるかぁ」
彼らは生存者に呼びかけながら、神殿へと向かった。
木製ばかりの村の中で唯一石造りである神殿はこの火事の中でも残っている。
彼は扉を押し開けて、叫んだ。
「誰か!!」
「動くな。ゴブリン」
そう声が聞こえて、喉元に刃を添えられる。
ゼルは視線だけで右を向いて、目を見開く。
自身とは異なり、ふさふさの頭髪。
自身とは異なり、橙色の肌。
自身とは異なり、大きな体格。
ゼルは初めて見た人間達が神殿を占拠していた。
彼らは村人達を縛り付けて地面に転がして、踏みつけて痛めつけている。
襲撃者の目的は村人だったのだ。
ゼルは人の居なかった村の様子に納得がいった。
ただ、彼は襲撃について見抜けなかった悔しさよりも、初めて人間を見た驚きよりも、一つの疑問が頭を占めた。
村人を捕らえる人間達の中心。そこにゼルの見覚えのある顔があったからだ。ゼルは知っている。不遜にも祭壇に腰掛ける男の名前を。
「何でお前がそこにいるんだ!?ゴトー!!!」
ゴトーは彼を無感情に見下ろした。
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