第3話 諍い
「……ゼル。今日は大物か」
「へへ、すげーだろ」
ゴディスが儀式の立ち会いのために神殿に詰めていると、猪を持ち帰って来たゼル達の姿があった。
猪の眼球を貫くように矢が生えている。
猪としては少々小ぶりだが、成人前の狩人としては中々筋が良いと言える。彼らに負傷が見られないのも高得点だった。
「……今日は儀式の枠、取れるよな」
「分かった。今日の分はお前らだ。流石に文句は出んだろうな」
「よっしゃぁ!!」
「ちょっとちょっと、困るっすよゴディスさん」
ゼルの喜びに水を差すように一人の男が歩み出て来る。
彼はククジラス。ゼルにとって不倶戴天の敵である、村長の息子だった。
彼は隣にひ弱そうな少年を伴っていた。
「今日の儀式の狩人枠は彼で決定って言ってたじゃ無いっすか。ちょぉっと横紙破り過ぎでしょ」
「だがなぁ、狩人枠については俺に一任されているんだ。それに他の枠は知らんが狩人枠の決定については明確に規定があるんだな、これが。坊ちゃんが知らない訳は……無いよなぁ?」
その規定を悪用して、違反スレスレの行為をしているククジラスを責め立てる。
開拓村において、依代の使用者を決める枠の決定権は村長、神殿長、そして狩人長に委ねられている。
しかし、それぞれ規定にしたがって振り分ける必要がある。
もしもそれを大きく外れてしまえば彼らはその地位を追われるどころか、その地域から追い出される事になるので、違反は出来ない。
このうち、村長と神殿長の枠をククジラスは握っている。
「いっやぁ、ゴディスさんが何言いたいか、オレ分かんねえっすわ。でも、本人の意思で辞退したら、枠はまた厳正に選び直すでしょ?」
「……そうなるな」
「あぁー、良かった!ここで違うなんて言ってたらオレ、村の一員として告発しなくちゃいけなくなる所でしたよ」
狩人長のゴディスは苦々しげに答えた。
ククジラスは歯を剥き出しにして笑うと、ゼルへと視線を移す。
「ゼル君だったよね。
ククジラスは正面に押し出した少年の肩をトンと叩きながら、ヘラヘラとした顔で頼んでくる。
「………せぇ」
「やっべぇ、オレ、耳が遠くなちゃったかも。もう一回言ってくんね?」
まさか断られるとは思わないククジラスはゼルを威圧する様に聞き返す。
ゼルは拳を握りながら叫んだ。
「うっせぇ!!!絶対譲らねぇ!!!」
「は?」
「ちょ」
唖然とするククジラスと焦りを浮かべるゴディス。村長の息子に逆らう危険を彼は知っていた。
「そ、そっかぁ。残念だな。オレ、ゼル君とはナカヨク出来そうに無いわ」
「うっせえ!!用が終わったらどっか行けよ!!バーカ!!」
「おいゼル、もうやめとけって……」
ゼルの肩をゴディスが掴んで止める。
ククジラスは青筋を浮かべたまま半笑いを浮かべようとして、諦めたように表情が消える。
「……覚えとけよ、ガキ」
「っ」
衝動的に吐き捨てたゼルは、相手の立場を思い出したように顔を青くした。ククジラスはそのまま手を振って神殿の前を去って行った。
「ゼル……」
「……くそ」
村という小さな社会の中で、逆らいようのない圧迫感と息苦しさをゼルは感じていた。力を持たない自分がもどかしくて仕方が無かった。
ゴディスも同時に、誇れる大人になれなかった自分を恨んだ。
◆
ゼルとゴラトンが狩りに向かう。ゲズリスは今日は来れないらしい。親の手伝いでもさせられているのだろうと、ゼルは納得した。
そして、森の浅層にて彼らと遭遇する。
「あれ〜、ゼル君じゃん。昨日ぶりだねぇ……なんて、な。クソガキ」
「っ…つけてたのかよ」
「いやぁ、違うなぁ。オレたちは、村にとっての害獣を駆除しに来てんの?おつむが足りないお前らには分っかんねえだろうけど?」
ククジラスの取り巻きがドッと笑う。
ゼルには何処が面白いのか分からない。
「ゴラトン」
「おうよ」
彼は仲間と共に木の棍棒を構える。
相手は三人組、それも全員が大人の狩人だ。ゼルは自分の危機を嫌というほど理解した。
ゼルが歯を食いしばる。
「何をしている、ゴミ共」
そこへ、怒気に包まれたゴトーが現れる。
彼の不遜な物言いも吹き飛ぶ程に物騒な視線がククジラス達を射抜く。
「ちっ……お前が荒らした村を元に戻そうとしてんだろうが。見えねーのか、あ?」
「……救えないな、お前らは」
ゴトーは威嚇のように棍棒に銀の光を纏う。
それが視界に入ったククジラスは舌打ちをして、背を向ける。
ここではゴトーに敵わないと認めたらしかった。
「……」
ゴトーは棍棒に纏う光を散らした。
ゼルは彼に走り寄った。
「……ありがとな、ゴトー。命拾いしたぜ」
「いや、ゴディスに頼まれて、少し様子を見てただけだ」
丁度良いタイミングでゴトーが現れたのは狩人長の手配によるものだったようだ。
「今度から、ああ言う風に絡まれたら人を呼ぶようにしろ。あいつらも人がいる所では攻撃して来ないだろう」
「……分かった」
助けを呼べ、とは子供のような扱いだとゼルは思ったが、大人であっても強力な魔物がいたら助けを呼ぶのは狩人の常識だ。魔物を呼び寄せる可能性もあるが、他の狩人へと危険を知らせるのは重要だった。
「あと、メルにも今日あった事を……」
ガサリ、と茂みが揺れる音がして三人が振り向くと、そこには髭だらけのゴブリンがいた。
「……ぁ」
「何してんだよ、爺さん。危ないだろ」
彼らの方を見ているようで、見ていない彼にゼルは注意する。
時折森に出没する彼を見つけてはゼルはその度に家に戻るように誘導しているのだった。
ゼルの後ろで、髭のゴブリンを怪訝な瞳で見つめるゴトーに向けて、紹介する。
「あー、森の近くの家に住んでる爺さんだよ。ずっと前からいるらしいけど……ゴトーと同じく外から来たらしい」
「とー?」
髭のゴブリンがヌッ、とゴトーの方へと近寄る。
予想していなかった行動にゼルは少し戸惑う。
「ど、どうしたんだよ爺さん。ほら家に戻るぞ」
「…?」
彼は殆どゼロ距離でゴトーの瞳を覗きこむ。
ゼルが腕を引っ張るが、それでもジッと視線を逸らさない。
「な、何か用、か?」
少しのけ反りながら愛想笑いを纏ったゴトーが訪ねる。
「…ぁ」
ボケ老人は飽きたように視線を外すと、フラフラと森へと帰る。
「ちょ、爺さん。ごめんな、ゴトー。悪気は…多分無いと思うけど」
「いや、気にしてない。……少しだけしか」
「……ごめん」
◆
それから時折、ゴトーはゼルの家へと立ち寄るようになった。
どうやらククジラスがゼルの母を襲う可能性を心配しての事らしい。
立ち寄った日には、ゼル達と共に夕食を取るようにもなった。
ゼルにとっては気恥ずかしいながらも、人の多くなった食卓を少し嬉しく思った。
「ゼルは明日、どこの辺りを探索するつもりだ?」
「考えてないや。獲物は猪で決まってるぜ」
「猪か……なら、西の方だな。あそこの方は障害物が多いし、川が流れているから音も聞こえづらい。猪にとっては奇襲されやすい環境だ」
「へえ、詳しんだな。流石、ゴトーはもう大人の狩人達にも好かれてるよな」
羨ましそうにゼルは言った。親同士の繋がりがない上に、息子では無いゼルに知識を与えるのは惜しいという事だろう。最低限の技術だけ狩人長から教わったあとは自分なりに狩りをするしか無かったのだ。
「大人には大人の付き合い方がある」
「誤魔化すなよぉ」
曖昧にゴトーは呟いた。
彼は狩りで手に入れた貨幣を交換した酒を振る舞ったり、共に香を楽しんだりする事で、彼らの仲間と言えるほどに深いつながりを手に入れていた。
しかし、酒はともかく香の方は子供では無理だろう。
あれは成熟した大人でなければ、その効果を楽しむことができないからだ。子供には説明しづらい事情があった。
そうして夜が更けていく中、影は彼らの会話をしっかりと、聞いていた。
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