第2話 圧
ゴトーと呼ばれるゴブリンは宿に間借りするようになった。
宿屋と言っても辺境であるこの村の宿を使うなど、年に一、二回外から来る商人や、逢瀬のために男女がやって来るぐらいなので部屋は余っている。
問題は間借りする対価をどう賄うかだが、どうやら彼には戦う力があるらしく、狩りによって稼ぐことにしたらしい。
彼は一人でゼル達三人よりも大きな戦果を上げてくるようになった。
その上で獲物を全て村に売り渡し、依代を使うことも無かった。
『村の者ではない自分が、村の枠を使ってしまうのは、開拓村の存続に関わる』
と辞退したのだった。代わりに自分の枠をゼル達に譲ると言ったのだ。村の者たちは、その言葉に納得し、ゼルはゴトーからのお礼を喜んで受け取ることにした。
そうしてある日。珍しく仲間二人を伴わないゼルが森へと入ろうとするゴトーを呼び止める。
「なあ、ゴトー……いやゴトーさん!俺を狩に連れて行って下さい」
「……枠を譲った事は気にしないで良い」
ゴトーはゼルの言葉に無愛想に返す。
「いや、そうじゃ無くて。その、俺もゴトー…さん、みたいに一人で戦える様になりたいんだ」
「……俺は一人よりも三人で強い方がいいと思う」
「俺っ、
「軍の頂点か…確かにそれなら一人で戦えないと話にはならないだろうな」
彼らの国の軍は
ゼルはこれを目指していた。
「ゼルの意思は分かった。拾って貰った礼もあるからな。ついて来い」
「分かったぜ!」
「静かにな」
「…分かったぜ」
彼は木の棍棒を片手に森へ踏み入る。
ゼルは先ほどよりも声を小さくして尋ねる。
「(なあ、弓は使わないのか?)」
「(……あまり得意では無いんだ。本当は剣がいいんだがな)」
「(剣?珍しいな)」
「(……そうらしいな。できれば刃は反っていれば反っている程良い……)」
好奇心に従ってゴトーへと疑問を投げかけるゼルに、彼は周囲に視線を配りながら答える。
この村では金属など貴重だ。唯一あるのは外から入って来る硬貨ぐらいだろう。もしかすると、このゴトーはかなり金持ちだったのかもしれないとゼルは予想する。
そういえば、彼を拾った時にも鉄のような匂いがした気がする。
無言の中で、時折ゴトーの合図に従ってしゃがんだり、地面でじっとしたりしながら今までに無い程奥まで進む。
ゼルには何も見えていないが、ゴトーがふざけている様にも見えなかったので、素直に彼の指示に従っていると、ゴトーが突如止まる。
「伏せろ!」
「!?」
ゼルの上を何かの刃が通り過ぎる。
ゴトーは上に飛び上がり、追従する様に放たれた斬撃も躱して、木の枝の上に降り立つ。
ゼルは、顔だけを上げて襲撃者の正体を見た。
長い蛇の体の先端にカマキリの様な鎌。
(コブラマンティス…!)
熟練した狩人が相手にする魔物だ。
鎌による追い込みと、牙による毒が危険な魔物だ。毒も解毒薬が無く、噛まれれば治癒師の治療が間に合わなければ死ぬことになる。
どうやら村の近くまで降りてきていたらしい。
逃げ切れるか、とゼルが思案しながらゴトーを見上げるが、彼は棍棒を握り直し、闘う気満々にしか見えない。
それほど自信があるのか、それともあの魔物を知らないのか、いずれにしろゼルには無謀に見えた。木の棍棒で鎌を振り回す魔物を相手に戦える筈がない。
ゼルは懐から弓を取り出そうとする。
「ゼル!何もするな!」
ゴトーがそれを制止する。
下手に魔物の敵意を買ってしまえば、ゴトーが彼を守らないといけなくなる。ただでさえ両腕の鎌は鋭いのに真面に受けてしまっては棍棒を斬られて不利になる可能性があったからだ。
ゴトーがコブラマンティスへと踏み込む。
魔物はゴトーを抱きしめるように両側から鎌を閉じるが、彼は棍棒で鎌を受け流す。
「SHA!?」
空気の抜けるような鳴き声を魔物が漏らす。
ゴトーは構造的に弱い関節へ棍棒を叩きつけて砕いた。
「すげぇ」
思わずゼルが感嘆の声をあげた。
その後も鎌による攻撃や噛みつきを棍棒の側面で受け流し、誘導しながら避けられないように一撃を加える。
棍棒の持ち方に癖が感じられたが、おそらくそれは剣と同じように振ろうとしているからだろう。
コブラマンティスは既にボロボロである。
自慢の鎌も途中で折られて使い物にならない。
「止めだ。死ねェ!!」
暴力的な声を上げながらゴトーが棍棒を振り下ろす。
僅かに先端が銀光を纏い、コブラマンティスの頭を無残に押しつぶした。
魔物は頭を失ってビクンビクンと体が跳ねた後、力を失って地面に崩れ落ちた。
終わってみれば無傷での勝利。
「すっげえ。怪我一つ無えじゃん!」
「毒を受けたくないからな……」
「確かに……この村じゃあ治癒師の解毒が無いと、死んじまうしか無いからなあ」
「治癒師……薬師とは違うのか?」
「薬師は別でいるぜ。何を隠そう……俺のばあちゃんだ!」
「……そう、なのか」
ゴトーは顎に手を当てて何かを考える。
「っとにかく、持って帰ろうぜ!村の奴ら、絶対ビビるからな」
ゼルは満面の笑みを浮かべた。
こんなすごいことができる人物を俺は見つけたのだ、そう自慢したい気持ちだった。
◆
「ただいまあ、かーちゃん」
「あら、おかえり。……もしかして、後ろの方は?」
ゼルの背後に控えていたゴトーは頭を下げる。
「ゼルに助けられたゴトーだ。今は宿屋の部屋を間借りして狩人をしてる」
「もう!ゼルったら人を家に呼ぶなら先に言いなさいって言ってたでしょ!すみませんねえゴトーさん。直ぐにお茶を出しますからね」
「……いや…お構いなく」
ゼルの母親の圧力に負けたゴトーは大人しく彼女の淹れるお茶をもらう事にした。
「かーちゃん、お茶とか張り切りすぎだって」
「なーに言ってるのゼル。あなた、ゴトーさんに迷惑かけたでしょ」
「え?……掛けてないし」
「誤魔化しても無駄だからね。お母さん、ゴラトン君とゲズリス君から教えてもらってるのよ。今日はゴトーさんに狩りを習ってるって」
「は、あいつらっ……」
「ほら、やっぱり」
ゼルはまんまと引っかかる。
所詮は3歳のお子ちゃまであった。
「すみませんねぇ、ゴトーさん。この子が迷惑を掛けてしまって」
「……謝るのはこちらの方だ。息子さんを危ない目に遭わせてしまい、申し訳ない」
「そんな、気にしないでください。この通り、傷一つ無いですし。……それに狩人を目指すなら命の危険は常にありますから」
ゼルの母は、一転して儚げに呟いた。
「もしかして、ご主人は……」
「ええ、二年前に」
「そうですか……」
「おい、ゴトー!!かーちゃんに色目使うなよ…あだっ」
「もう!ゼル!良い加減にしなさい!」
「あだっ……あだっ……ちょ、マジで、やばっ」
数分後には狩りから帰ってきた時よりも瀕死のゼルが転がる。
「もうそろそろ日が暮れますから、一緒に夕食はどうでしょうか?」
「……申し訳ないが、宿の方で用意してもらっているので、今日は……」
ゼルの母が残念そうに頷く。
「また、いつでもいらっしゃってください。用が有っても…無くても」
そしてゴトーの右手の上に自分の手を重ねながら、流し目を送る。
「あ、あぁ、はい」
開拓村の女衆の積極性に驚かされながらも、曖昧に頷くゴトー。
グレーな態度はこの村では受け取り手の意思によって100%の肯定にされ得ることを彼はまだ知らない。
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ゼルとその仲間の二人のゴブリンは3歳です。クソガキです(褒め言葉)。
そしてこの国でのゴブリンの成人は5歳です。
村長の息子も5歳です。
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