『驕傲』の聖女

 『驕傲』の聖女を覚えていますでしょうか?

 本編では名前だけしか登場していない聖女です。


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 ここは王国の国境近くの街、サウエル。

 迷宮都市とも近いこの街では多くの商人が行き交い、特産品に恵まれないながらも中継都市として栄えていた。


 王国の特徴として、国内での奴隷の取引が許可されている事が挙げられる。そのため街の中には手足に枷を嵌めた者の姿を見る事ができる。

 そして、彼らは通常の人間とは異なり、耳が長かったり、獣の特徴を持っていたりするために亜人と呼ばれ、差別されている種族だった。


 その中でも見目麗しい者や珍しい特徴を持つ者は、王国においては高値で取引される。中には亜人の交配を行うことでより珍しい亜人を生み出すことを専門とする、ブリーダーと呼ばれる商人もいる。

 王国において奴隷産業は国内を潤す主要な産業の一つだった。



「おじさぁーん、串焼きこれ、五本くださーい」

「嬢ちゃ…ん?……………あいよ」


 店主は彼女を見表情が消えた後に、終わらない情報の処理を強引に停止させて串を焼き上げる。

 でかい嬢ちゃんだ、としみじみとした感想を店主は思い浮かべる。


 彼女は渡された串を指先で摘み上げると、一口で頬張る。


「ぁあ〜〜〜ん、お〜い〜し〜い〜〜。ほっぺ落ちちゃいそう」

「毎度、銅貨10枚だよ」


 彼女は自身のポケットを探る。


「う〜ん。あれ、ない。ないないなぁいわぁ〜。どうしましょう」

「おいおい、食い逃げは止めてくれよ。どうするよ、アンタ?詰め所に行くか、それとも払うか?」


「えぇ〜〜〜、困ったわぁ。どうしましょう?」


 彼女は店主に向かって上目遣いをしようとしているのだろうが、彼女の方が身長が高いために、凄まじい形相で睨み付けているようにしか見えない。端正な顔立ちだが、それが帰って店主の恐怖を煽る。


「け、喧嘩売ってんのか、アンタ!」


 店主は若干怯みながらも怒声をあげて反撃する。

 一触即発の空気の中で、酷く緩い声が響く。


「あ〜い、通ります、通りますよお。ハイハイ通りま〜す」


「あ、来たわぁ」


 人混みの中から弾き出されるように出てきたのは、ジーンズを履いた一人の人物だった。


「っとと」

「何だ、嬢ちゃん。この、この……連れなのか?」


「ヒジリっ。どこ行ってたのよぉ」

「すみませぇん。ちょっと目移りしちゃって。あ、お代ですよねえ、ちょっとまってくださいねぇ………う〜ん。ないですねぇ」


「無いのかぁ」

「無いですねぇ。ごめんなさぁい」



 ヒジリと呼ばれた人物は開けっ広げに言い放つ。

 そのシャツにはデカデカと『友達!!』の文字が踊る。


 その文字をみた瞬間に店主の態度が反転する。


「——ったく、しょうがねぇな。ヒジリの嬢ちゃんの顔に免じて、これっきりだからな!!」

「おお、流石おじさぁん。やーさーしーいー」


 ヒジリが店主を持ち上げる。

 気をよくしたところで彼らは店主に別れを告げて、その場を離れた。





「……か、可愛いは難しいですね、ヒジリ」


 そこで、巨躯の女性の態度が媚びるようなものから真面目で物静かな物へと変わる。

 少し卑屈な表情のせいで、心なしか背も曲がって見える。

 彼女は身近な『可愛い』であるヒジリを真似しているつもりだったのだが、何故か普通にしている時よりも周りを威圧しているようだった。


「まぁまぁ、人によってかわいいは、違いますからねぇ。メイデスさんはメイデスさんにあったかわいいを見つければいーと思いますよぉ」

「そ、そうでしょうか」


「ぜぇったい、いけますって。だって、メイデスさんかわいいもん!!」

「え、そんな、恥ずかしいです。……本当、ですか」


「ほんともほんとーですよぉ!!」

「え、あは……」


「ところでぇ。教会から言われた任務はいつこなすんですかあ?」


 メイデスの気分が上を向いた所で、ヒジリがこの街に来た理由を思い出させる。


「あ、そうでした。もう少し、『かわいい』を練習してからにしようと思ってましたけど、早く終わらせて早く帰りましょうか」

「そっかぁ」


 メイデスがその場で立ち止まる。

 街のランドマークである噴水の中で子供達が遊んでいる。


 彼女はそれに視線を引き寄せられながらも、白魔術を唱えようと地面に向けて手をかざす。


「わ、私より人はいないでしょうから、一回で終わらせます」


 『驕傲』の聖女は他者を見下す。それが彼女の業であり、逃れられない枷でもある。だが、それ故に他者を優越する。


 その権能は、位階レベルで劣る者を無条件に圧殺する。




「『竜驤虎視Contemptus』」


 街を行き交う人々も、露店の店主も、家の中で寛ぐ人々も、走り回る子供達も、同時に地面の染みとなった。


 悲鳴すら上がらない。この街には悲鳴を上げられる人間はもういないから。



「お、終わりました」

「そっかぁ、じゃあちゃっちゃと次行こお」



 彼らは堂々と大通りを出ていく。




「あ、あれ?」

「なぁ、おい。人間達が死んだぞ」

「もしかして、俺たち」

「ああ、そうだ」


「じ、自由だ!」


 彼らの居なくなった街で上がった喜びの号哭に気付くこと無く。




 ◆




「『驕傲』の聖女が確認できました」

「何だと!!場所は?」


「サウエルです。既に奴の権能に沈みました」

「クソガァ!!あの街にどれだけの人間が居ると思ってる!」


「やはり、帝聖戦争の影響でしょう。横槍を入れられないように牽制のつもりでしょうが……」

「ほぼ宣戦布告じゃねぇか。このままじゃ聖女一人にこの国が沈むぞ」



 二人が熱心に言葉を交わす中に一人の兵士が割って入る。



「閣下!取り次ぎを頼みたいと門前に…」

「うっせえ!!いい加減、誰の用事が先に言う習慣をつけろ!!」


 これまでの悲報で追い詰められていた将軍は部下を荒々しく叱り付けた。普段はこれほど粗雑ではないのだが、この緊急事態で言葉遣いなど意識する余裕も無い。


「えと、その、名乗りはしましたが、あまりにも……その…確かでは有りませんので」

「じゃあ、そいつは何て名乗ってるんだ?」


「……『賢者』です」

「……入って貰え。丁重にな」

「はい…」



 兵士は扉をパタリと閉じる。



「聖女でしょうか」

「だろうなぁ。あのお方は孫娘をあの聖女に殺されてる」


「…」

「なあ、知ってるか。あの聖女が通った跡がどうなるか。欠片も残らないらしい。地面に血痕が残るだけだとさ。あのお方は血の付いた土を持ってきて墓に埋めるしかなかった」


 将軍は悔しげに吐き捨てた。




 ◆




「儂が聖女を仕留めましょう」

「どうやって…ですかい?」


 既に退役した老人相手に言葉遣いが迷子になる将軍だったが、賢者と呼ばれる男からもたらされた提案は天啓に等しかった。


「ふぉっふぉっふぉ、将軍様、儂相手に敬語は要りませぬ。なあに、簡単なこと、遠くから最大の魔術を聖女にぶつけるのですよ」

「勝算は?」


 王国で最高の魔術師と呼ばれた彼が言うのだ。きっとあるに違いないと将軍は縋る。



「ありますとも」


 部屋の空気が重くなる。


「我が孫娘が惨めに殺されてから、ずぅっとこの日を待ちわびっておったからの」


 久しぶりに対面した時には、その痩せ衰えた体を見て、全盛期の何割の力が出せるのか不安に思っていた。


 違った。


 今こそが全盛だ。

 無駄を削ぎ落とし、ひたすら魔術へとのめり込み、聖女を殺す一撃を研ぎ続けて来たのだ。彼の暗く濁った瞳からそれが嫌と言うほど伝わってくる。


 ゴクリと、唾を飲む。


「最大限、援助いたします」

「助かるのお」




 老人は作戦を詰めた後、その部屋を去った。


「老いてなお……いや、老いてこそ、至る境地もある、か」


 彼の手は自然と敬礼を取る。

 先を往く者への尊敬を込めて。




 ◆




「な、何でしょう、あれは?」

「祭りかなぁ」


 聖女メイデスはヒジリと共に、王都へ向けて馬を駆っていた。

 ヒジリは馬の扱いに慣れていないのでメイデスの後ろに乗って彼女の体にしがみついて乗っている。

 彼らの視線の先では砦の向こうで炎の魔法が何度も打ち上がっていた。


「と、とりあえず潰しますね。……『竜驤虎視Contemptus』」



 パタリと魔法の発動が止む。

 砦の中にはもう赤色の染みしか残っていなかった。



「じゃ、じゃあ行きますね」

「れっつ、ごぉ〜」


 パカパカ。二人は呑気に馬を駆る。




 ◆




 遥か遠く、望遠鏡を使ってやっと分かる程に遠くから、砦から上がる魔法が消えるのが見えた。


「ふぉっふぉっふぉ。すまんのお。儂が弱いばかりに」


 賢者と呼ばれた唯の老人は小さく呟く。

 今、砦で死んだ者は聖女の存在を確認するためだけの警報装置だ。


 彼と同じく、聖女に妹を殺された青年がこの役割に志願した。


「すまんのお、お主の死を儂は悲しんでやれん。じゃが、向こうで会ったら喜びを分かち合おう」



「聖女を殺した喜びを、の」



 老人の遥か上空で魔術式が広がる。

 その魔術を理解できるものがこの世界にどれほどいるか……そう思えるほどに描かれる魔術式は複雑で、そして大きい。


 老人の実力をして術式の完成には時間がかかる。


 そして、十分後、魔術が完成する。




「皮肉じゃな。人間を虫のように潰してきたお主が虫のように潰れて死ぬ」



「さあ、墜ちよ」



「『重星創生Saturnia』」



 彼を中心に第七圏の魔術である、黒い星が生まれた。





 ◆





「メイデスさぁん。なんか、ヤバくなぁい?」

「に、逃げます」


 彼らの頭上に術式が出来上がるのを見て、メイデスは即座に馬を反転させて駆る。馬が走るよりも早く術式は空を覆っていく。


「な、何で」


 彼らを超えてもっと遠く、サウエルの街に届く程まで広がって止まる。

 明らかに馬の速度は足りていない。


「っ、『速度強化ラピッド』。は、走って。もっと早く」


 メイデスは馬へと白魔術をかけて強化するがそれも微々たるもの。


「メイデスさん。どうにかしてくださいよぉ」

「……も、もう、遅いです。閉じられてしまいました」


 うっすらと内と外とを区切るように壁が出来上がっていた。

 実際はこの壁に人を遮る機能など無かったが、辿り着くことすらできない彼らにとっては意味のない事だった。


 諦めたような態度のメイデスにヒジリの頭に血がのぼる。


「は?できるだろ!早くしろよ、このデブ。何のためにお前の機嫌とってやってたと思ってるんだよ!!」

「え、え、え」


 急に取り繕うのをやめたヒジリに戸惑うメイデス。

 これから醜い争いが繰り広げられる、その前に魔術が完成した。


「わた…」


 認識することの出来ない短い時間の中で、彼らの体は重力によって引き延ばされバラバラになって潰れる。


 彼らはで無理矢理一つにさせられた後、蒸発して世界から消え去った。





 この日、王都を含む半径数百キロに及ぶ国土がチリになって消えた。





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 デブでは無い……むっちりしてるだけです。高身長内気乙女、好きな人は好きなはず…。



 ◆◆ステータス情報◆◆


メイデス・レスパイス Lv80

クラス

 聖女

保有スキル

 強力Lv10

 └剛力Lv2

 強固Lv10

 └堅固LV3

 靭魔Lv4

 靱心Lv2

 白魔術Lv5

 竜驤虎視Contemptus

 格闘術Lv3



我道がどう きよし Lv44

クラス

 下級盗賊

保有スキル

 短剣術Lv2

 空間収納

 レベル鑑定

 スキル鑑定

 種族鑑定

保有ユニークスキル

 名実一体

 自々在々



◆ Tips:ヒジリ(キヨシ)のユニークスキル ◆

 出番の少なかった彼ですが、二つの強力なユニークスキルを持っています。

『名実一体』は文字の書かれた服を着ることで相手との関係性を誤認させます。例えば『友達』と書いていればまるで友達だったかのように振る舞われ、『恋人』と書いていればその日の内に同衾出来ます。

 事実をねじ曲げた関係であるほど消耗が激しくなりますが、友達くらいなら一日中使えます。

『自々在々』は自分の望む姿になれるユニークスキルです。キヨシはこの効果で自分の理想の少女の姿に化けています。真似できるのは姿だけな上に、望んでいないとなれないという欠点があります。


 全体的に暗殺者向けのユニークスキル構成。使いこなせれば逃げる事はできるが、スペック的に勝てない相手に勝てるようになるか、と言われると怪しいところはある。



 攻撃適性:★☆☆☆☆

 防御適性:★☆☆☆☆

 援護適性:★★☆☆☆

 潜入適性:★★★★★


 攻撃力は皆無なので、攻撃適性は星一つ。

 防御力も皆無なので、防御適性は星一つ。

 『自々在々』を使って味方に化けて、敵の的を絞らせないデコイになる、といったことが出来そうなので、援護適性は星二つ。

 『名実一体』は他と比べてみても暗殺において唯一無二の性能を持ち、疑わせないことに特化した性能なので星五つ。

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