『希望』の聖女Ver1.2.256→Ver1.3.1
『希望』の聖女の物語(3/3)
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「——っハァ 、ハア、ハア…ハッ…ハァ」
255回目の予知を終えた私は、深く椅子に腰掛ける。
流石にこれほど連続での行使は精神と肉体ともに限界だ。
これ以上続けると戦闘に支障が出る事になる。
未来を予知しすぎて、現在が疎かになってはいけない。
幸いにもこの戦争での最適な道筋は得る事が出来た。初めて帝聖戦争での勝利に辿り着いてから、より確実により効率的に勝てるようにと洗練することも終えた。
後はそれを辿るだけ。
まずは世界を『帝聖戦争の勝利』まで進めよう。
あれについて考えるのはそれからだ。
精神と肉体の疲弊、そして未来に対する不安。それらが私から余裕と思考を奪ってしまったために、私は今までの予知で何度も体験した何かが足りない事を見落としたまま、仮眠室へと入った。
◆
三日後、帝国軍がヨビウの街の目前まで迫る。
レイン達を背後の街に配置して、リード達を撃退しゴトー、フィーネへの時間稼ぎをする。
さらに街の中央に大砲のデコイを用意することで帝国の特攻部隊をそこに止め、ゴトーの人形を削る準備をする。これまでの周回の中で思いついたアイデアの一つだ。
これによって、少なくとも冒険者リードは撤退し、運がよければフィーネも落ちる。
「コウキ様。作戦の通りにお願いします」
「ああ、分かってるさ、聖女サン」
もはや様式美とまでなった会話を繰り返す。
「なぁ、聖女サン。アンタ、したい事はあるか?」
「何ですか、突然に…」
「答えてくれ。何なら好きな事でも良い」
「…それは、聖教会、聖神の御手を全世界に広げる事、それだけです」
「もし、その目標がウルルの願いなら俺はそれを命を賭けて叶える」
「…そんなこと、コウキ様が考える必要は有りません」
「アハハッ。…ウルル、それは失言だぜ。教会に貢献するっていう崇高な目標を『そんなこと』呼ばわりなんてなあ」
「それは、自身の命を天秤に掛けるような事を言うコウキ様が悪いです」
「これが終わったら、休みを貰おう。これだけ忙しかったんだ。お偉いさんも文句は言わんだろ。久しぶりに温泉に行くのも良いな」
「…そうですね。私は温泉卵、というものを食べてみたいです」
「良いな、ソレ」
そしてコウキ様の繰り出した一撃は相殺されて、地面を抉る。
調整した通り、帝国軍に近い所からローチが漏れ出す。
私はいつも通り笑顔を作る。
未来を変えるために、未来を変えないように。
◆
「腕が無くなるのは久しぶりだな」
「コウキ様は腕くらいなら大丈夫、なんて思っていませんか?」
「……」
私はムラクモを仕留めたコウキ様へと、治療を施しながら小言を漏らす。彼はバツが悪そうに口を閉じる。
仕方ない人だ。彼はあまり自分を省みる人では無いのだから。
そう思いながらも彼の迂闊さがこの先、致命的にならないように私は小言をこれからも漏らす事になるだろう。
「ところで…ユニークスキルの方は」
「あぁ……全部残ってる。『堅牢』は使ったが、もう戻ってるし、『疾走』も『貫徹』も『再顕』も使える」
ここまでは最適を辿っている。
私は早くも終わりの見えた戦争、その先に思考を回している。
戦争の終わり際に現れる『葬魔』の聖女様をどうにか説得して共に聖国へと帰ろうか。そうすれば、途中で死ぬことは無いだろう。
「良かったです。それでは戻りましょう」
「……良いのか?俺たちが居なくなったら、聖国軍は不利になると思うが…」
「今じゃないと、手を付けられなくなりますから。それに、こちらには代わりに銀の騎士を全て置きます」
「ユニークスキルを温存させた事と言い……それだけの相手、という事か……」
何らかの外法を用いているのか、ゴトーの力は予知ごとに異なる事があった。何度か繰り返すことでその上限は分かってきたが、時間が経つほどにその上限は際限なく上がる。
聖国としてだけではなく、私個人としても野放しには出来ない。
ゴトーはゴブリンのスタンピードの先兵の可能性が高い。
明らかにゴブリンにしては強大な力、という特徴的な共通点もある。
「では、戻りましょうか……街に」
コウキ様を以前にも使った大砲による輸送でヨビウの街の中央へと送り届ける傍で、私は未来を覗く。
「『
◆ Ver1.3.1
「……」
「どうした、聖女。俺がそんなに怖いか。……それとも、何か嫌なものでも観たのか」
ゴトーの人形が一つも見当たらない。それは良い影響の筈だ。
なのに嫌な予感がする。これまで見た事が無い状況、200を超える予知の中で経験した事が無い光景に私は戸惑う。
「『五番』」
ゴトーの声と共に地面から私へ向かって雷が飛んでくる。
意識の外からの、完全な不意打ち。
「っ『疾走する自我』」
コウキ様が私の前でそれを受け止める。
大丈夫。自力ではコウキ様と私の方が上だ。
「ふむ」
ガッカリ、とでも言いたげなゴトーの態度が気に障る。その余裕が不安を掻き立ててくる。
そして、ゴトーはいつものようにコウキ様へと水を向ける。
「*******?」
「**……**……**!」
私には二人の間にあった会話を知ることは出来ない。
だから、こうやって彼へと呼びかけることしか、出来ないのだ。
「コウキ様!」
「****!!!…****—————『
コウキ様が呪術を喰らって呆然とする。
ゴトーは宝玉のアーティファクトを握り潰す。
「『
一つ目の壁を構築しながら、私は二つ目の壁を準備する。
これまでの予知の中で、ゴトーとフィーネはどちらかが『
そこで私は両面に『
限界を超えた白魔術の使用によって、脳に負荷がかかり鼻から血が滴る。
ゴトーの手から光が溢れる。
前面は『
パキ
背後に回り込んでいたフィーネが宝玉を握り潰す。
そちらに意識を向けて、フィーネの手から溢れた光に目を焼かれる。
「なっ!?」
◆
「はっ」
私の意識が現在に戻る。
「どこで…未来は…変わったのですか」
分からない。せっかく積み上げたのに梯子を外された感覚。
私以外にも、未来を見る事ができる者がいるのだろうか。
そんなはずは無い。神から賜るこの力を超えるものなんて、在ってはならない。
◆ Ver1.3.2
「『五番』」
地面から飛び出した電撃を避ける。
「『十二番』」
「っ」
「『
「『
避けきれない電撃を白魔術によって防ごうとするが、一瞬の空白が思考に差し込まれる。
これがコウキ様が受けている呪術。完全にはレジストしきれない。
「『疾走する自我』」
ああ、コウキ様それはいけない。
「*******?」
「**……**……**!」
「コウキ様!コウキ様!!」
「****!!!…****—————『
◆ Ver1.3.3
今度は銀の騎士を連れて行った。
コウキ様に帝国軍を抑えるために置くとは言ったが、それを裏切ってでもこの場を凌ぐ。
「『捧げよ、さすれば与えられん』」
ゴブリンが、私の騎士を呑んだ。
そこでやっと、ゴトーの力が変化する理由を知った。
◆ Ver1.3.4
「コウキ様!!この場は退きま…」
「*******?」
ゴトーがコウキ様へと呼びかける。
「**……**……**!」
ああ、これはもうだめだ。
また、私達は光に包まれたまま死んだ。
◆ Ver1.3.5
コウキ様をひたすら支援する。
「『
——。いつの間にか白魔術の制御が切られている。
やはり治癒以外は許すつもりは無いのだ。
しかし、コウキ様へと掛かった呪術を取り除くことでゴトーの片足を奪うに至った。
そして、ゴトーから例の魔術攻撃。地面に埋めた人形から魔術を放っているのは分かっている。
「『五番』」
「っ」
しかし、防御はゴトーに邪魔されるので自身で避けるしか無い。
「『十二番』」
「『五十二番』」
「ぁ」
「『
「『
また阻害。
◆ Ver1.3.6
「『五番』」
「『十二番』」
「『五十二番』」
「『三十三番』」
「ぁ、『
「『
また終わる。
◆ Ver1.3.7
「『五番』」
「っ」
前に転がって避ける。
「『十二番』」
右に避ける。
「『五十二番』」
今度は真下から来るはずなので、後ろに…っ。
雷撃が脇腹をかすめる。
「な、んで」
「ウルル!!!」
コウキ様が私を庇いに来る。
何で前回と違う。ゴトーは、このゴブリンは何をしている。
また終わる。
◆ Ver1.3.8
これ以上予知を繰り返すと、コウキ様への加勢が間に合わなくなる。
これが正真正銘、最後の予知だ。
魔術の威力からして、あれもアーティファクトから放っている筈だ。
成功していた未来ではあれらの魔術はゴトーが使っていたから。
「『五番』」
「くっ」
根比べが始まる。
「『十二番』」
「『五十二番』」
今度は出所を見た上で避ける。
「『三十三番』」
右から伸びるそれを大きく躱す。
「『八番』」
「ぁ」
「『疾走す…」
「ダメです!!!!」
コウキをその場に止める。助けに来てはまた同じ展開となる。
私は真面にそれを受け止める。
体が焼ける。それでも、次がどこから来るかだけは…。
「ほう、『百二番』」
斜めから飛んできたそれを後ろに飛んで躱す。
「ウルル!!!」
「え」
背後から飛んできた魔術が腹部を貫く。明らかにこれまでのものとは違う、高位の極光の魔術。
「ふた、つ」
◆
これまでの予知の中で気づいた。
ゴトーの目的は私とコウキ様を同時に殺すことだと。
おそらくコウキ様の『再顕』の存在は知られていない。
しかし、私の手助けなしではゴトーに『天矛』を切らせることは出来ない。そうならばコウキ様は例え蘇ったとしてもゴトー達に負ける。
ならば、私が命を賭してでも、コウキ様の勝利へと可能性を繋ごう。
かくして、私は現在、ゴトーの前に立った。
「嫌にビクついているな、聖女。俺がそんなに怖いか。……それとも、何か嫌なものでも観たのか」
「……」
今までに無いほど、私は酷い顔を浮かべていることだろう。
死なないかもしれないし、死ぬかもしれない。それでもこの場に立つ。
(あぁ)
数十年もの間、忘れていた感覚。
権能を持ち得なかったにも関わらず、無謀に冒険を繰り返していた過去の自分に対して尊敬の念すら覚える。
まだ見たことない未来へと、一歩を踏み出す感覚。
終わりへの不安と恐怖と少しの期待。
人はそれを『希望』というのだろう。
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聖女は希望に囚われる。
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