『希望』の聖女Ver1.2.223

『希望』の聖女の物語(2/3)

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「——っはぁ、はぁ……ふ、ぅ」


 未来から現在へと意識が戻った私は死を体験したことによる呼吸の乱れを整えながら、先ほど目にした物を振り返る。


 まさか隻腕のゴブリンにあのような手札があったとは…。


 おそらくアーティファクト、それも術を閉じ込める類の物だ。

 どこであれ程の規模の術を拾って来たのか分からないが、どうやら彼らが自力で編むことが出来ないというのは僥倖だった。



「『断界ディバイドディメンション』ならば…何とか防げるでしょうか」


 もしもそれで防げないのならばコウキ様に頼る他無くなる。

 しかし、直前で動きが鈍っていたのも気になる。ゴブリンが何らかの呪術を掛けたと思われるがそれにしてもコウキ様も無防備に見えた。


 どちらにせよ、私の防御があれに通じるか、確かめる必要が有るだろう。

 思考を巡らせながら予知の情報を記した手帳を閉じる。



「—————、『皓月千里Spes』」


 そして私は223回目の予知を行使した。




 ◆ Ver1.2.223




「聖女様、近辺の森にゴブリンの群れを確認いたしましたが、如何いたしますか?」

「銀の騎士を複数出してください」


 まずはルーティーンとなったゴブリンの駆除の指示を出す。


 既に敵の間諜、始末については指示を出し終わっている。

 まさか千人近い裏切り者が聖国軍にいるとは思わなかった。


 そして一人を殺す度に他に代わりの裏切り者が現れて毒を入れたり、騒ぎを起こしたりして聖国軍の動きを阻害してくる。


 しまいには犯人を捜査する際に複数人で嘘の証言をする事によってこちらの動きを撹乱してきた事だ。その所為で予知の回数を数回無駄にさせられた。



 何よりこの間諜の異様な所は自覚が無い所だ。

 どうやら本人たちは自分たちが間諜である自覚もないままに毒を流したり火を放ったりして、その間の記憶も無い。

 間違い無く隻腕のゴブリン によって何らかの術が掛かっているのは分かるのだけど、精神を回復させる白魔術を施しても、何も効果が無かった。



 結局、これまでの予知では井戸などに信頼できる騎士を配置することで、現行犯で犯人を捕まえる事にしていた。そしてその度に次の予知の初めにその名前を間諜の処理台帳に加える。そうして対処療法的に敵の手の者を減らしていった。




 ◆




 夜、槍使いの襲撃の時間が迫ったことで、私は目覚める。

 コウキ様に、出撃の準備を伝えてから、街壁の一角へと向かう。


「聖女様……このような時間に…何かございましたか?」


「いえ、少し…外を見に来ただけです。気にしないで下さい」


 私は前回と同じように彼らに声をかける。

 予知において最も私が気をつけていることは、周囲に与える影響を最低限にする事だ。

 そうしなければ折角勝ちの未来を見たというのに、ふとした拍子に未知の状況に対面する事になってしまうから。権能を得たばかりの頃はそのせいで失敗してしまったことが何度もあった。……その失敗は誰も知らない未来で起こったものだけど。


 未来を変える力を持つ私が未来を変えないように一番気を使っているのは滑稽に見えるけど、効果的だから仕方が無い。



 月明かりが僅かに照らす暗闇の中で、何かが光るのが見えると同時に白魔術を構築する。


「『断界ディバイドディメンション』」



 十分な時間をもって槍が私の発動した魔術に着弾する。

 周囲の兵士たちが爆発音に驚いたり、腰を抜かしたりしている。



「……では引き続き警戒をお願い致します」

「え、え…あ、はい」


 杖を下ろした私は兵を労った後に壁から降りる。

 あとはコウキ様が槍使いを抑える。有る程度負傷したところで槍使いは退くことが多い。時折この時点で仕留めることもあったが、100回に2、3回位なので取り逃しても仕方は無い。


 どちらにせよ槍使いは怪我により明日は動けなくなる。

 これが二日にわたる爆撃を止めるための最適な行動だ。




 ◆




 二日後、帝国軍がヨビウの街に迫る。


 これまでに無いほど予知を繰り返したお陰で、この戦場において有力な存在ははっきりと分かっている。


 まず聖国軍は三つの駒。

 一つ目は私、『希望』の聖女とその守護騎士コウキ様。

 二つ目は『悔恨』の聖女ルオラ様とその守護騎士ミブサカ様。

 三つ目は私が雇い入れた冒険者レイン。


 帝国軍も三つの駒。

 一つ目は槍使いのムラクモ。

 二つ目は刀使いの老兵ゼタ。

 三つ目は帝国としては珍しい事に、冒険者の少年リード。


 そしてどちらにも属さない駒、ゴトーと呼ばれるゴブリンとフィーネと呼ばれるサーベル使い。

 ゴトーはどうやらアーティファクトによって人間の姿とゴブリンの姿を切り替えられ、ゴトーという名前は人間の姿のものだという事を知った。そして迂闊な事に聖国軍としてこの戦争に参加していた冒険者だったことも知った。

 そもそもゴトーという人間に会った事がある気がする。

 いつだったか……その時は敵では無かった、と思う。


 いや、もう思い出しても意味は無いだろうと頭を振る。



 盤上に立つ駒、この中で最も強いのはゼタだったが、他にも注意すべき駒はあった。

 それが冒険者リードだった。


 これは、厄介な性質を持った駒だ。つまり、これにぶつけるべきはこちらで最も弱い駒である冒険者レイン。これによって効果的に相手の駒を削ることが出来た。


 次に避けるべき組み合わせはムラクモ槍使いとルオラ様の組み合わせだ。

 どうやらムラクモは彼らの強化のタネに直ぐに気付いてしまい、ルオラ様を先に殺し、ミブサカ様は強化無しで戦う事になる。

 そして、結果は相打ちとなる。


 逆にゼタ刀使い相手だと、ゼタの武人としての矜恃のためかルオラ様へ攻撃が向かうまでにかなりの時間がある。

 その間の強化が十分ならミブサカ様が勝ち、不十分なら負ける。

 勝率は7割といった所。


 必然的にムラクモは私たちが戦う事になる。


 そして、決着までに時間がかかるゼタ以外を片付けた上でミブサカ様へ加勢する。これが私の組み上げたこの戦争の最適解だった。



「コウキ様。作戦の通りにお願いします」

「ああ、分かってるさ、聖女サン」


「なぁ、聖女サン。アンタ、したい事はあるか?」

「何ですか、突然に…」


 何度も繰り返した問答をなぞる。


「答えてくれ。何なら好きな事でも良い」


「…それは、聖教会、聖神の御手を全世界に広げる事、それだけです」

「もし、その目標がの願いなら俺はそれを命を賭けて叶える」


 何度聞いてもその言葉は受け入れ難かった。


「…そんなこと、コウキ様が考える必要は有りません」

「アハハッ。…ウルル、それは失言だぜ。教会に貢献するっていう崇高な目標を『そんなこと』呼ばわりなんてなあ」


 なるべく未来を変えないように、という建前が無くても彼が私の名を呼ぶように誘導しただろう。それほどの幸福感があった。


「それは、自身の命を天秤に掛けるような事を言うコウキ様が悪いです」


「これが終わったら、休みを貰おう。これだけ忙しかったんだ。お偉いさんも文句は言わんだろ。久しぶりに温泉に行くのも良いな」

「…そうですね。私は温泉卵、というものを食べてみたいです」


 未来予知の中で彼から得た知識を披露してしまう。


「良いな、ソレ」


 コウキ様が嬉しそうに笑う。


 直ぐに口を引き締め、凛々しい表情で帝国軍を睨んだ。


「『絶剣アブソリュート』」




 ◆




 ムラクモを仕留め、私たちはヨビウの街でゴトーとフィーネ、そしてその人形達と対峙した。


 コウキ様は人形相手に戦い辛そうにしていたが、代わりに私が彼らを仕留めることで彼らの肉盾は消える。



 コウキ様が止めを刺そうとする寸前、ゴトーが口を開く。


「*********?」

「******!?」


 驚いたようにコウキ様が何かを返す。


「コウキ様!?」


 私が声を上げるのに合わせて、ゴトーは大仰に腕を広げる。


「******—————『忘却オブリビオン』」



 来る!

 ゴトーが小さな宝玉を握り潰す。

 援護の間、裏側で練り上げていた白魔術を立ち上げる。


「『断界ディバイドディメンション』」


 地龍の流星を受け止めた時と変わらないほどの威力が空間の壁に衝突する。


 眼前で止まった物体の正体に気づく。


「これは——『天矛あめのほこ』」



 それはウェイリル高原にてコウキ様を殺した未来に見た攻撃的な巫術だ。あの巫術師を追い詰めたのがこのゴブリンだったか。


 自分の失敗を悟りながら、目の前の二人をコウキ様が殺した。



 その後、ルオラ様達に加勢し老兵ゼタを仕留める。


 私達は帝聖戦争に勝利した。




 なるほど、この未来を目指せば良いのだ。


 私はそう思いながら聖国へ凱旋する。



 その途中の村で逗留したある夜。

 私達はゴブリンのスタンピードに巻き込まれて全滅した。

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