断章「止水、月宿りて」

『希望』の聖女Ver1.2.13

『希望』の聖女の物語(3話)、

 もう一人の聖女の物語(1話)、

 フィーネの物語(3話)、

 の三つの順番の物語によって第七章を補足していきたいと思います。


 ちなみに、現時点で全て書き終わっています。


 時系列は聖女がヨビウ砦に到達した後です

 ————————————————————


「聖女様、近辺の森にゴブリンの群れを確認いたしましたが、如何いたしますか?」

「……私が出ましょう」


 、私はヨビウの街からの撤退を考えたがその先にローチの大群が現れ、私たちは足を止めてしまい、その間に帝国による挟撃を受けたことで聖国軍は壊滅した。


 そしてとは異なるルートで撤退を行ったにも関わらず、ローチの群れは聖国軍を先回りするように現れ、再び壊滅した。


 その時、私の命が潰えるその瞬間……ローチの群れに埋もれるようにして一体のゴブリンがこちらを見て笑っていた。


(間違い無くあのゴブリンがローチの群れを動かしているように見えました)


 自分で考えてみても信じ難いことだと思ったが、それが事実だとすればローチのスタンピードが都合の悪いタイミングで発生したのも、それが聖国の先回りをするように現れるのも納得できる。


 そして今回、十三回目では、撤退を諦めてヨビウの街で耐え、救援を期待しながらも帝国軍の包囲を食い破ることを目的に動くことに決めた。



 一つの戦場に腰を下ろす時、私は世界を盤面遊戯のように俯瞰する。


 有力な兵や部隊をその駒のように考え、それぞれの駒の間の相性を確かめる。

 そうすると戦う前は勝てると思った組み合わせが負けたり、負けても良いと思ってぶつけた駒が勝ったりすることがある。


 ひと通り情報を集めた後は、初めの盤面まで


 そうすれば全員が目隠しをして手触りで駒を確かめるだけで私だけが目を開いてゲームを始める事ができる。


 しかし、往々にして環境は戦闘において結果に大きく影響する要素の一つだ。チリの一つ、転がった石の一つが勝敗を変えてしまうことがある。だから環境が大きく変化する撤退戦は私が操作し辛い。


 そのために場を整えようとしたところで、ゴブリンの巣が見つかった。

 恐らくあのゴブリンとは関係は無いだろうが、それが杞憂か確かめられるのはこの世界で私だけ。


 装備を整え、数人の私の騎士を伴って巣を駆除する現場を見守る。



 駆除は何事も無く思った。


 しかし件のゴブリンがそこに含まれているかは人間の私には分からなかった。単純にゴブリン同士の見分けが付かないのだ。


 からも念のために駆除しておく事にする。

 ただ、その作業は私の騎士達に任せて私の負担は減らした方が良さそう。




 ◆




 次の日の夜。


(明日は帝国軍の到着に備えて、防備を整えましょう)


 そう予定を反芻しながら、私のために用意された仮眠室で眠る。



 ドウゥゥン



 そして、夜中、爆発音と共に目覚める。

 まず時間を確認して記憶する。


 夜でも時間を知ることができるように、私は高価な懐中時計を持つようにしている。これが無ければたとえ襲撃があることが分かったとしてもいつそれが起こるかが分からないために無駄に労力を費やす事になる。


 次に、場所を確認する。


 街の中心から見て北方向の建物が燃えている。


 既に消火が始まっているが、また違う所で爆発が起きる。


「南から飛んで来ていますね」


 以前に見た、爆発する符を巻き付けた槍による砲撃。

 それをさらに大規模に使っている。一発でかなり広い範囲を焼けるらしく、その音と光で街の中は騒がしくなる。


 結局、火を消し終わる頃には太陽が昇り始めていた。




 ◆




 次の日、食料が尽きる。

 夜の騒ぎによって軍全体の活動時間が延びたせいで予測よりも早く消費されてしまった。


 さらに聖国軍を追い詰めるように街の井戸に毒が撒かれた。

 しかも嫌らしい事に毒性がそれほど強く無く、かなり後になって効果が発揮される類の毒だった。

 それが発覚するまでに多くの兵がそれを飲んで、倒れてしまった。


 発覚した犯人はその場で焼いた。



 その日の夜も帝国軍による卑劣な爆撃は行われた。


 今度は少ない人数でも昨日よりもスムーズに消火を終わらせることができた。

 その間私はその槍の発射地点を確かめていた。


(かなり遠いですね)


 目視で姿が確認できる距離ではなかったが、視力で苦労したことがない私でもぼんやりと集団が見える程に遠い地点から投げていることが分かった。




 ◆




 次の日、帝国軍がヨビウの街に迫る。


 聖国軍の士気は最悪だ。

 それでもここで逃げても敵国から一人で帰れるか怪しい。

 そもそも脱走兵として記録されるので、そんな者が帰ることはできないしさせない。



 敵の主力には間違い無く二日に渡って街へ爆撃を仕掛けた槍使いが含まれている。あの距離での投擲を成功させるためには単純な腕力で突出している必要があるからだ。


 その他の戦力を引き出せるか、引き出した上で勝てるか。

 ……表情が固くなる。


「コウキ様。作戦の通りにお願いします」

「ああ、分かってるさ、聖女サン」


 コウキ様がその手に握る剣を振り上げて、止まる。


「なぁ、聖女サン。アンタ、したい事はあるか?」

「何ですか、突然に…」


「答えてくれ。何なら好きな事でも良い」


 真剣に問いかけるコウキ様に対して私は玉虫色の答えを返す。


「…それは、聖教会、聖神の御手を全世界に広げる事、それだけです」


「もし、その目標がの願いなら俺はそれを命を賭けて叶える」


 私はいきなりの情報量に笑顔が固まる。

 これまで私のことを『聖女サマ』か『聖女サン』と呼んでいた彼が初めて私の名前を呼んでくれた嬉しさと、私の発した建前に彼が命を賭けようとする事に対する罪悪感に包まれる。


「…そんなこと、コウキ様が考える必要は有りません」

「アハハッ。…ウルル、それは失言だぜ。教会に貢献するっていう崇高な目標を『そんなこと』呼ばわりなんてなあ」


「それは、自身の命を天秤に掛けるような事を言うコウキ様が悪いです」


 楽しげに私の言葉尻をからかうコウキ様に思わず、笑顔の仮面が崩れてしまった。


「これが終わったら、休みを貰おう。これだけ忙しかったんだ。お偉いさんも文句は言わんだろ。久しぶりに温泉に行くのも良いな」


 コウキ様は穏やかに笑って言った。


「…温泉、ですか。私は良く分からないです」


 教会のために奔走してきた私は、温泉というものの存在は知っていても、それを体験したことは無かった。温泉がお風呂に入るのと何が違うのかも、よく分からない。


「そうだなあ。温泉といえば、上がった後のコーヒー牛乳とか、温泉卵とか、卓球とか色々楽しめるものは有ると思うぜ」

「食べ物は少し気になります」


「おお、そうか。じゃあ、終わったら行こう」



 コウキは再び剣を持ち上げて、銀の光を込める。


「『絶剣アブソリュート』」


 それが戦いの火蓋を切る。

 極大の武技が帝国軍を蹂躙するより早く、帝国軍から巨大な斬撃が現れる。


「——『神閃』」


 二つの斬撃は僅かに押し合ってから、帝国軍の一撃が聖国軍を蹂躙した。


 最後の戦いは、圧倒的な劣勢から始まった。







「コウキ様!!」


 私の目の前で、目にも止まらぬ速度で二つに切られたコウキ様が光になって消える。

 本来であればコウキ様のユニークスキルの『再顕』の力を使って万全の状態で蘇るところだったが、既に白髪の冒険者を相手にその手札を切らされてしまっていた。


「守護騎士の居ない聖女ならば、魔力の尽きた自分でも十分だろう」


 帝国の老兵が右手に握った剣をこちらに向けてくる。



 いつの間にか現れて戦場を覆うローチの群れ。

 その中に私の死体は崩れ落ちた。




————————————————————

というわけで聖女が予知した未来の一つを描きました。

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