第46話 黄昏、狂ってしまう事さえ

 ※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません


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 俺は黄昏の世界に立っていた。


 上には天蓋、下には死体の山、遠くには太陽が覗いている。


 空が前よりも暗くなっている、気がする。理由はわからない。


 明らかにいつもと違うのは目の前に鵺モドキが既に立っている事だ。

 鵺モドキについた足枷から伸びる鎖は、俺の足枷へとつながっている。


 鵺モドキはいつものようにニヤついた笑みを浮かべている。

 ただ、その笑みは形だけの表情でその奥にある感情は読み取ることができない。


 体の中をとおる緑色の筋が、拍動のように明滅している。



 あの聖女と、目の前の鵺モドキ、どちらが存在としての格が上か。

 考えるまでも無い、こいつだ。


 あれが災害ならば、こいつは世界そのものを思わせる。


 猿のような顔がヌッと俺の目の前に迫る。


「蟾イ邯灘セ育エッ莠?シ梧弍譎ょ?吩コ」


 声が鮮明に聞こえた。

 複数の声が重なっているような、不気味な声だ。


 前よりもその声を聞き取れるようになったのは、俺の存在がこいつに近づいたからだろうか。


 声の感じからして、鵺モドキは高揚しているように思えた。



「蛻■」


 鵺モドキが何かを行って俺の体に手を伸ばす。


 水面に石を投げ込むような音がして、スルリと長い腕が体に沈み込んでいく。


 俺の中から何かを手繰ると、腕を引っ張り出した。

 腕に握られていたのは見覚えの無い男。服装からして帝国兵だ。


「逵玖オキ萓?ク肴弍蠕亥・ス蜷??うで」


 そう言って死体から腕を捻りとって、残った体の方を食べた後、手の中で粘土を捏ねるように丸くする。


 そうしてその手を開くと、掌の上には腕から明らかに体積が小さくなった肉の団子が乗っていた。


 鵺モドキの腕によって拘束されて身動きのできない俺へとそれを食わせる。


「蜷?セ怜・ス鬟ッ逕イ陝イ」


 鵺モドキは何かを言って笑っている。


 その後も数十人分の帝国兵の頭とちぎり、足をもぎ取り、目をくり抜いたりして、丸めては俺に食べさせてくる。


 帝国兵の次は俺の傀儡達を呑みこむ。


 冒険者や聖国兵が混ざって現れる。

 この順番には意味があるのか、はたまた鵺モドキの気まぐれによって決まっているのか、俺には測り知ることはできない。


 そうやって淡々と肉の塊を飲み下していると、今度は見覚えのある人間が俺の中から引っ張り出されてくる。


 橙色オレンジの髪を持つ神官の女、聖女だ。

 鵺モドキはそれを見ながらわずかに逡巡すると、その胸元に指を突き入れた。


「遲臥ュ会シ檎ュ臥ュ会シ梧?譛?★蟆堺ス?譛?螂ス逧?コ九?こころ」


 バクリと、体の方を食らうと心臓を指先でこねくり回して俺に食わせる。

 いつもどおり、美味しい。美味しくないといけない。


 次は守護騎士だろうか、そう頭の片隅で思っていると、思いの他小さな体が引っ張り出される。


「っ、フィーネ」


 これで、どう言い訳をしようとも彼女が死んだ事実が確定した。


 もがく俺の身体を鵺モドキが押さえつける。


「…ダメだ。やめろ」


 反射的に声を上げてしまう。

 なぜ他の者は良くて、フィーネはダメなのか、俺は言葉に出来ない。


 だがそれは許せなかった。


 彼女の死が弄ばれることが?違う。


「離せ」


 バチッ、と何かが弾けるような音がした。

 鵺モドキの手が俺から離れた、その瞬間にフィーネの遺体を奪い取る。


 鵺モドキが驚いた気配を発する。奴にはきっと、俺が無意味なことをしているように見えるのだろう。


 俺がフィーネを喰らわなければ、この世界からは戻れないことは知っている。


「ああ、食べるさ」


 だが、お前にフィーネは一片たりとも、食わせはしない。


 全部、俺が食らう。髪の一本残さず、細胞の一つ残らず、血の一滴すら無駄にせず彼女の死は俺が受け止めるのだ。俺の物だ。



「いただきます」


 俺を恨むなら化けて出てくれ。そうしてくれたなら喜んで死ねる。


 俺は抱きしめた彼女の首元に顔を埋める。流れ落ちた金の髪が頬を撫でる。少しくすぐったい。



「逕溷帥譛?す閭??」


 鵺モドキが楽しげに何かを喚き散らす。


 黙れよ、今フィーネを食べるところだから。


「すぅ、はぁ」


 肺一杯に吸い込んだフィーネの首元からは、汗と鉄の匂いがした。

 でもそれを不快に感じることはなく、とても彼女らしくて、落ち着く。


「は」


 ゆっくりと歯を突き立てる。


 彼女の深くへと沈み込んでいく。

 流れる血がこぼれ落ちないように、血を吸い出して飲み込みながら、さらに歯を進める。


 むせ返るような血の匂いが自然と鼻に入る。


 ブチ…ブチ。


 柔らかな筋肉の弾力で歯が押し返されるが、構わず力を入れると繊維を切ったような振動が伝わってくる。


 最後の繊維の一本を噛みちぎると、口の中にそれが転がり込んでくる。


 その時もできるだけ血を無駄にしないように、全てを吸い取って飲み込む。筋肉による支えを失った腕はさらにだらりと垂れ下がる。


 血塗れのそれを嚥下する。


「美味しいよ、フィーネ」


 また、彼女に顔を近づける。

 美味しい。きっと美味しいはずだ。美味しくないといけないのだ。

 何年も前に死んだ味覚は何の反応も返してはくれないが、きっと美味しくて仕方が無い筈だ。思わず舌が蕩けそうな程に甘美な幸福感を今俺は感じている。


 そうでないと、死が無駄になる。



「綺麗だよ、フィーネ」


 今度はその繊細な腕から指先までをいただいた。

 サーベルを振って鍛えられているはずの彼女の腕は、思っていたよりも柔らかく、程よくハリがあった。

 それに含まれる粘り気のある水分が俺の喉を潤しながら胃に落ちる。



「ここは、少し恥ずかしいよな。すぐ食べるからな」


 次は足先から足の付け根まで。

 今度はそこに口を近づける。

 進化したことで肉感的に成長していたフィーネの太腿はこれまで出会った事がないほどに柔らかかった。

 その中に通る太い血管もコリコリしている。


 そのまま、胸を、腹を腸を胃を肝臓を膵臓を全部一つ残らず呑み込んでいく。


「ここも綺麗だ」


 桃色のそれにかじり付く。

 確か何処かでは薬になるなんて言われてたな……いや、それは胎盤の方か。プルプルしてて美味しい。


「最高だ、フィーネ!最高に美味しいよ!」


 強くて綺麗で可愛くて柔らかくて良い匂いがして、その上美味しいなんて。フィーネはすごいなあ。



「あは、あはははははははは!!!!ははははは!!」



 幸せだ、この上なく。幸せだろ、幸せであって欲しい、幸せでなければいけない、幸せを感じろ。

 だから享受しろ、この幸せを余す事なく。彼女の生に意味を与えられるのは俺だけだから。


 そのためなら狂ってやろう。

 この幸せが嘘にならないように、自分さえ歪めてみせよう。



「はははははは!!!!」



 彼女の匂いに包まれて、興奮して陶酔して魅せられて惹かれて焦がれて囚われて溺れて蕩けて執着して愛でて浮かれて痺れて憧れて慰めて惑って掴まれて誘われて触って愛しんで呆けて浸って眺めて舐めて聞いて飲んで参って笑って、笑った。



 ——幸せすぎて涙が止まらない。


 ——最高だ。吐き気がするくらいに。



 







「ふ、ぅ。ごちそうさまでした」


 俺の前には骨の一欠片も残っていなかった。

 その場から立ち上がろうとして、


「あ、ぐ、ぅ」


 立っていられない程の痛みが頭に走ると共に、いきなり思考にノイズが入る。


 ——牢の中に少女達が閉じ込められている。彼女達は仲間だと本能で分かる。


「ぐ…ぅ、これは」


 ——バケツの前に立っている。その中は暗く見えない


「フィーネの…記憶、かっ」


 ——墓地に立っている。穏やかな気持ち


時系列も場面も無茶苦茶に記憶が再生される。



「は、ぁ、は、ぁ」


 鵺モドキが肉体をそのまま食わせずに丸めて肉塊にするのは、きっとこういう理由だろう。そのまま食べてしまうと、から。


 痛みが引いた俺は、これまで黙って後ろから見ていた鵺モドキを振り返る。


「雋ェ蟀ェ逧?ココ邨よ怏荳?螟ゥ譛??蛻ー轣ス髮」逧?・イ謫」


 ぼんやりと警告を伝えているのが分かった。

 それでも、もう止まるつもりは無い。どうせすぐに終わる。


 終わりを前にして、安堵さえしている。

 口元を拭って、笑う。



「黙って見てろ。精々派手に散ってやる」


 もう怖くは無い。大事な物は全部、終わりの向こうにあるのだから。




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 今回の戦果

 精鋭帝国兵の『うで』×33

 精鋭帝国兵の『あし』×28

 精鋭帝国兵の『きば』×3

 精鋭帝国兵の『あたま』×14

 精鋭帝国兵の『て』×18

 精鋭帝国兵の『め』×17

 精鋭帝国兵の『こころ』×25

 冒険者の『うで』×5

 冒険者の『あし』×6

 冒険者の『あたま』×3

 冒険者の『て』×4

 冒険者の『め』×4

 冒険者の『こころ』×5

 聖国兵の『うで』×2

 聖国兵の『あし』×1

 聖女の『こころ』×1


 『フィーネ』×1




 念のために冒頭と小説の紹介文に警告文を追加しました。


 そして察していた人もいるかもしれませんが、主人公の味覚がとっくの昔に死んでいた事が明かされました。具体的には二章からは無かったはずです。まあ、家族を”いただきます”したら、味覚の一つや二つ、無くなってもおかしくはない。

 ちなみに嗅覚は生きてます。

 


 皆様の忌憚なき感想を心待ちにしております。

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