第44話 閃
「へ?」
『悔恨』の聖女、ルオラ・ルクスの目の前で、さっきまで戦っていた帝国軍の老兵ゼタと自身の守護騎士ミブサカの姿が消え去る。
彼女は呆然としながら、彼らを消し飛ばした透明の濁流、その源の方を振り向く。
彼女の目に一番に入ったのは、鮮烈を超えて苛烈な印象を受ける赤い髪。
次に古式の神官服、形式としては知っているが装飾が最低限であり威厳を感じさせないということで廃れていった
最後に
目の前にいる女性はルオラの命に対して微塵の価値も見ていないのだと解らされる。
——死ぬ。死にたくない。
「う…おぇエエ」
冷たい重圧とその裏に潜む攻撃性に耐えきれずに、胃液を吐き出す。
恐怖に押し潰されて汗と涙が止まらない。
「…はっ…ハっ…ハっ…ハァッ」
息がうまく出来なくなる。
彼女の心臓を『死』が逃すまいと握りしめている。
「貴様……
「っ、……はら……か、ら?」
古めかしい言い回しに戸惑うが、ルオラは相手の服装を思い出す。
「あなたも……聖女、なのですか?」
彼女の目蓋が少し上がる。
「そういう貴様は、代行者にしては酷く弱々しいな」
「……ということは、もしかして聖国軍の援軍なのですか!私、『悔恨』の聖女を拝命しております、ルオラ・ルクスと申しますの!お名前を聞いてもよろしいですか?」
「……『葬魔』のノヴァだ」
強力な味方が現れた事でルオラの警戒心が解かれる。
依然目の前の聖女の瞳は冷たいがそんな事はどうでも良い。
(これで、この戦争は聖国軍の勝ち!そして聖女の私はモテはやされるわ!ふふ、ミブサカもこれで私に生意気な口は叩けなくな…る)
そこで彼女はやっと、自身の守護騎士が復活しないことに気づいた。
「……ミブサカ?」
(あれ?、ミブサカはユニークスキルと私の『
ミブサカに掛けた白魔術から彼の所在を探ろうとするが、既に白魔術が停止して、先ほどまで有った手応えは全く返って来ない。
「あの、ノヴァ様。ミブサカを、私の守護騎士を知りませんか」
「守護騎士?先程の妙な服の男か……間違い無く死んでおるだろうな」
「——え?」
「あの程度を避けきれぬ騎士など足手纏いよ。早めに処分できて良かったの?あぁ、勿論、礼など要らぬ。一人も二人も妾にとっては塵芥同然。これは先達から後進への誘掖と心得よ」
(ミブサカは死んだって、こと?)
意味はわかるのに理解できない『葬魔』の聖女の言葉の中で、その事実だけは認識出来てしまった。
目の前のこの女は人の仲間を殺しておいて、開き直りでもなんでも無く後輩にちょっとした情けを与えたのだと思っているのだ。
「……この手は、何だ」
「っ……ミブサカを返してください!!」
「そんなにアレが気に入っていたのか。ふむ…妾でも無からの復活は能わぬ。……が、『情愛』ならばその手の権能を持っているかも知れぬな」
「でも、『情愛』の聖女も今は居りません!」
「はぁ。あれらは不死の癖に死にたがるな……。では無理だ、諦めよ」
「そんな!簡単に」
「良い加減にこの手を退けよ」
「——へ?」
ノヴァがルオラの手を叩くと、彼女の手が弾け飛ぶ。
そして瞬時にノヴァが『
「ヒァッ、ああああ”…あえ、何で?」
悲鳴をあげそうになったルオラだったが自身の手が復元したのを見て戸惑う。
痛みの全く残っていない右手を体に庇いながら、怯えの含んだ視線をノヴァへ向ける。彼女の心は完全に折られてしまった。
「もう良いか?妾は蛮族共の蒙を啓く」
「…っ」
これまでは魔力を抑えていたノヴァが馬鹿げた魔力を杖に纏う。
銀光が杖の周りに収束する。
「『
これを振るえば、敵も味方も問わず戦場の全てが蹂躙されるだろう。
聖女によって破壊を振り撒かれる直前、しゃがれた声が響く。
「『神…閃』」
限り無くゼロに近い時間の中を、男の持つ刀が煌めく。
刀が到達するよりも早く、『葬魔』の聖女が首を傾ける。
「……下郎が」
「先に無粋な横槍を入れたのはそちらが先だ、聖女」
ゼタが刀を鞘に納めがら咎める。
聖女は既に怒りを目に宿している。
そして二人の影が消える。
「!?」
ルオラは二人が本当に消えたのかと戸惑ったが、二人は彼女の背後で刀と杖で攻めぎ合っていた。
そして、また消え、また衝突するのを繰り返す。
時折ゼタの持つ銃が発砲する音が聞こえるがルオラがそちらを見ても、そこには誰も居ない。
金属音と彼らの呼気だけが、ルオラの近くにいることを示している。
そうしてやっと二人が立ち止まる。
先に現れたのは傷だらけのゼタだった。白髪は赤く染まり、眉間を彼の血液が一筋、流れている。
対するように現れたのは聖女だ。先程切り落とされた筈の右腕もいつの間にか戻っており、衣服が僅かに土埃を被っただけである。しかし彼女は酷く怒っているように見えた。
「一度ならず二度までも……貴様!」
「はっはっは。聖国の者は皆、体が丈夫で羨ましいな。自分など、最近階段が辛くて仕方ないのだが、一度切り落とせばもっと言う通り動く足が生えるか?」
ゼタはニィと攻撃的な笑みを浮かべると、まず両腰に吊るした散弾銃を地面に落とした。靴を振り落として裸足になる。
次に、右の腰に下げた刀を落とす。
「ふん」
身軽になった彼は最後に軍服の右の袖を引きちぎると、彼の鍛え上げられた右肩が露わになる。
彼は軽装に一本の刀を持つだけとなる。
その場に小さく屈む、力を足に貯めるように深く、深く。
「『連技連理』」
『刀術・玖』で習得するこの
左手で鞘を握る。
「『居合』『一刀』」
まずは刀術スキルにおける基本的な組み合わせ。
居合抜きの一撃を強化する。
「『縮地』『辻斬』『魔刃』」
自身の速度を上げる『縮地』、移動しながらの攻撃を強化する『辻斬』そして刀に魔力を纏わせて強化する『魔刃』。
「『天地無揺』『鞘走り』」
左手で鞘を握る時に抜刀速度を強化する『鞘走り』。
これで今、彼が載せられる全ての補正が肉体に折り重なった。
キリキリと弓が張り詰める音が彼の体から鳴る。
「……『
一方の聖女も自分の権能を解き放つべく、呪文を唱える。
ゼタの掌が、静かに柄に触れた。
「
「——『神閃』」
それは一秒を万に届くほどまで分割した時間のみに掛かる、極大の強化。刀術スキルは最後にこのスキルへと到達することで極まる。
このスキルは使うだけなら簡単だが、使いこなすことは非常に難しい。
ただでさえ高い強化率に体を振り回される上に、少しでも長く使用すれば魔力の欠乏により意識を失うことすらある。
髪一本の太さまで肉体を制御して初めて、『神閃』状態で刀を振れるようになるのだ。
ゼタは空気中の埃すら痛く感じる速度の中で、己の全てを込めた一刀を振るった。
「無礼者が、三度目は無い」
ばたり、と聖女の背後でゼタが倒れる。
彼は聖女の放った透明の波動によって体の半分が削り取られていた。
彼女はゼタの死体に一目も向けること無く、戦場を蹂躙するべく振り返ろうとして、ふらつく。
「む?」
首に生暖かさを感じて、左手でそこを触ろうとするが左腕が動かない。
感覚が消えていたのだ。
遅れて首筋から血が噴き出す。
ゼタの一撃は命にまでは届かなかったが、透明の波動によって刃が消え去るよりも早く聖女の首、神経を傷つけるまで深く至っていたのだ。
「っ……『
聖女は怒りを通り越して、能面のように表情が抜け落ちる。
神経を治療した後、透明の波動を背後の死体に放ち、その人間がこの世界にいた証を抹消する。
それでも攻撃性は収まらない。
ちょうど目の前には、先程の剣士と同じ服装をした人間が群がっている。
聖国の人間も巻き込むことにはなるが、まあ良いだろう。
生き残った者だけが、聖教の教徒である。
魔力の代わりに透明の波動を杖に纏う。
「『
————————————————————
◆◆ステータス情報◆◆
ゼタ 位階:佰拾壱
刀術・壱
└居合
刀術・弐
├一刀
…
…
刀術・肆
├縮地
├辻斬
…
刀術・伍
├魔刃
…
刀術・陸
├天地無揺
…
…
刀術・玖
├連技連理
…
刀術・拾
├神閃
└鞘走
弓術・壱
…
弓術・弐
├一矢
…
…
弓術・漆
├穿雲
…
弓術・捌
鎧術・壱
…
鎧術・漆
派生スキルは基本スキル全てに存在しますが、登場したもののみ記載しています。分かりづらいので一応簡易のステータスも置いておきます。
ゼタ 位階:佰拾壱
『刀術・壱』から『刀術・拾』まで
『弓術・壱』から『弓術・捌』まで
『鎧術・壱』から『鎧術・漆』まで
帝国式ステータスに関しては以後、簡易のものだけ載せるかも知れません。……├とか└とかが面倒すぎる。
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