第43話 七章リザルト:誰が為に世界は回る
『天矛』はウェイリル高原で俺が戦った、帝国の巫術師エンムが使用した巫術だ。
あの時、俺は空から落ちてくるそれを前に『
それをグラビスに持たせていた。
彼には、死体のフリをしてもらい、ローチの群れが街に入り込むのに合わせて忍び込んでもらっていた。
非力で魔力が殆ど無いグラビスだからこそ、誰にも気付かれずにあの戦場で堂々と死体を演じることができた。
そして、最後は俺とフィーネが挟んで『
と、これが俺の考えていた『わからん殺し』の概要だ。
「
戻ってきた足の痛みに思わず座り込む。
傷口に直接赤銅のアーティファクトをくっ付けていたことで、より強く損傷したらしい。ハッタリのために痩せ我慢をしていたが、かなり痛かった。
「それ、返して」
「う…はイ」
グラビスから治癒の腕輪を引ったくったフィーネが、俺の腕に嵌め直すと、俺を座らせて、傷口に回復薬をかける。
「っっっっ!!」
「……我慢して」
無理やりに傷が塞がっていくせいで塩を塗り込んだレベルで痛みが走る。切断が綺麗にされたのと、膝下の切断という重すぎる傷のせいか一周回って痛みを感じていなかったのが、一転して意識を失うことすら許さないレベルの鮮烈な痛みで思考が埋め尽くされる。
そのまま服の裾を裂いて、傷口を包帯で巻く……が少し拙い。
止血をするならもっと強く締め付けないと血は止まらない。
「っ…俺がやる、貸してくれ」
「…ん、そう」
彼女は素直に布から手を離す。
若干小さくなった返事に、俺は苦笑しながら、布を巻く。
痛みに耐えながら手当てをしているところで、彼らを忘れていた事に気づく。
「あぁ、そうだ。……『出て来い』!!」
砲撃を受けた際に、地面に埋まっていた傀儡達を呼び出す。
地面の下でゴトゴトと音がした後に、瓦礫の間から顔がひょこりと覗く。流石レベルで後押しされているだけあって瓦礫に巻き込まれても生き残る程度には生命力が高い。
彼らにも、聖女を追い詰めるために頑張ってもらった。
俺は彼らに感謝を抱きながら、どのタイミングで依代に捧げて収穫するかを吟味していると、クレーターの上に光が集まるのが見えた。
「!?」
俺とフィーネはぼうっとしたままその光景を眺めて居た。
その光の塊がグニグニと粘土のように変形しながら輪郭が安定していく。
最終的にそれは人間の形を成し、そして口を開いた。
「……『再顕する自己』」
「……」
俺が把握出来なかったユニークスキルによる復活。
フル装備の黄金の騎士が現れた。
彼はすぐ近くにいる俺に怒りの視線を向けている。
俺はその瞬間に頭をフル回転させてある結論に到達した。
口が勝手に暗示のキーワードを唱える。
「『解除』。……よかった!守護騎士様だ!助けがきたぞ!」
わざとらしい笑顔を浮かべて、彼らに状況を説明してやる。
「は?」
戸惑いの声を上げるコウキへと、元傀儡達が殺到する。
「おお、騎士様だ」「どうか、見捨てないでくれ」「故郷に残した幼なじみがいるんだ」「守護騎士様。ああ、ありがたい!」「帝国達は何処に?」「さすが守護騎士様です。帝国軍をやっつけたんですね」「よかった。これでもう聖国に帰れる」「生きてる、俺、生きてる」「あれ、俺の隣で寝てた巨乳美人は?」「死ぬかと思ったあ」「うう、助けてください」
俺の暗示と共に彼らは傀儡から元に戻った。
彼らはこの瞬間、目の前にいる騎士が自分を助けてくれる人であるということだけを認識している。
そんな彼らの言動に何一つ偽っているものは無い。
彼らは助かったことに安堵しながら、コウキを離さないとばかりにその周囲を固める。
彼らが助かるためにコウキを必死にその場に止めようとする。
コウキは服装、発言の内容などから彼らが聖国の人間であることを理解してしまい、振り解こうとする力が弱まる。
悪意を知らない訳では無い。
善意を疑わない訳では無い。
それでも、お前は裏表ない人々を問答無用に切り捨てるには、本気の悪意を知らな過ぎた。
だから……ほら、その中途半端な甘さこそがお前を殺す。
「おい、離してくれ。なあ!!くそ!!アイツを、殺さないといけないんだ!!お願いだ!」
「そんな騎士様!!私たちを助けてくれるのでは無いですか」「そうだ、騎士様なら聖国の国民を助けるのが義務だ」「助けてくれるんですよね!!」「お願いです。見捨てないでえ!」「金ピカだ、この鎧」「金か?欲しけりゃくれてやる、探せぇ!!」「いや、私がこの体で支払うわ」「行かせないよ」「おでを助けて下せえ、騎士様!!」「故郷の村に帰ってマインちゃんと結婚するんだ」「他の奴らは良い、俺だけを助けてくれ!」
「——スゥ」
その後ろからフィーネが七本の斬撃を束ねた、問答無用、全力の一撃を放った。
「あ」
傀儡を巻き込んで、コウキの首を刃が通り過ぎる。
首元に赤い線が走る。傷口の赤が所々で丸く膨らむ。
「な」
コウキは目の前が見えなくなったかのように手をバタつかせた後、棒立ちのまま後ろに倒れた。
俺とフィーネはそのまま、死体を眺めていると、急にコウキの体が光の粒になって空に巻き上がった。
「!?」
また復活するかと思ったが、光の粒はゆらゆらと空に薄く消えていった。
「……」
消えていく光を、じっと見つめる。
復活は…しない。
「はぁ〜〜〜〜」
思わず肺の中の息を全て吐き出す。
死ぬかと思った。
彼らに勝利したという達成感よりも生き残った、という安堵の方が大きい。同時にもう戦いたくないというウンザリした気持ちも抱いた。
死体が光になって消えたという不可解な現象についても、今は考える気が起きないほどに疲弊していた。
「……ぅおっと…!」
「ん」
立ち上がり際にバランスを崩した俺を、フィーネが受け止める。
不意に彼女に触れてしまい、咄嗟に離れようとするが体が動いてくれない。体力ならばまだ残っているが、その柔らかさに離れがたく思っている。
獣欲は誓約の首飾りによって切り離している筈、催淫もその兆候は見られない、というか気づいた時にはもう記憶が飛んでる。
ということは、純粋に安心を求めているのだと思う。
彼女もそれを分かっているのか、突き放すことはしない。
案外彼女も緊張していたのだろうか。俺がコウキの鎧に短剣を刺しこむのが遅ければ彼女が死ぬ運命もあった。
しかし、そうはならなかったことを、全身から伝わるこの温かさが教えてくれる。
「ゴトー」
「?」
「知り合い?」
コウキの気を引くために彼にかけた言葉の事だろう。
「いや。偶々あいつらが使う言葉を俺が知っていただけだ」
「そう」
コウキの反応は明らかにその程度のものでは無かった。何も知らなければ生き別れた知己に出会った時のようだと思ったかも知れない。
が、知り合いでも、一方的に知っている訳でも無いただの他人だ。
「ここでしたい事は、もう全部終わった?」
頭の上からフィーネが問いかけてくる。
今回の目的は大まかには人間を減らすこと。そのために帝国と聖国の戦争を泥沼化させる事が必要だった。つまりこの戦争をコントロールできる人間である聖女を殺したかった。
目的は十分に果たせた筈だ。
敵地で未来を見通す指揮者を失った聖国軍は援軍が来たとしてもこれまでほど安定して戦うことは出来ない。
その結末は撤退戦だろう。
帝国も聖国も何も得ずに戦争は終わる。
後には、多くの
「ああ、そうだな」
後、俺ができる事と言えば敗走する聖国軍をつつく程度だろう。
「フィーネ、帰ろう」
死亡の記録が残る俺たちには、帰る場所など無くなっているというのに、思わずそう口にしてしまう位には俺は浮かれていた。
ふと、聖女の事を思い出す。
彼女の持つ権能ならばきっと勝てないことも分かっていただろう。
あの権能は逃げの選択肢を選べるからこそ強力だ。勝てる戦いにのみ立ち、負ける戦いは徹底的に逃げる。
そうすれば無敵の権能だっただろうに。
負けないという傲りか、負けられない覚悟か。それを聖女に問いかけることは、『やりなおす』力を持たない俺には出来ないことだった。
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◆◆ステータス情報◆◆
逆井 黄貴 Lv70
クラス
騎士帝
保有スキル
剣術Lv10
└王剣術Lv3
盾術Lv10
└王盾術Lv2
強力Lv10
└剛力Lv2
強固Lv10
└堅固Lv4
靱心Lv7
レベル看破
スキル看破
地龍血
保有ユニークスキル
堅牢たる自守
疾走する自我
貫徹する自身
再顕する自己
ウルル・フトゥルム Lv53
クラス
聖女
保有スキル
強力Lv3
強固Lv2
靭魔Lv3
靱心Lv10
└禦心Lv2
白魔術Lv10
└聖魔術Lv3
杖術Lv5
◆ Tips:守護騎士コウキのユニークスキル ◆
守護騎士コウキ(逆井黄貴)のユニークスキルは全部で四つ。
『堅牢たる自守』は一撃だけ自分へのどんな攻撃でも耐えれる。一瞬のタメが要る。
『疾走する自我』は一瞬だけ自分の体感速度が100倍になる。一時間に一回だけ使える。
『貫徹する自身』は一回だけ自分の攻撃がどんな防御も貫くようになる。一日に一回だけ使える。
『再顕する自己』は一回だけ自分は復活できる。一月に一回使える。ちなみに復活すると他のユニークスキルの回数は使えるようになる。
一つ一つがシンプルかつ強力なユニークスキル群。
さらに『堅牢たる自守』と『貫徹する自身』は二つで矛と盾となり攻守のバランスも良い。
ただ、下三つはクールタイムが結構キツい。ユニークスキルの回数もストック出来ないので使い勝手は悪い。
コウキの四つのユニークスキル全て合わせた評価。
攻撃適性:★★★☆☆
防御適性:★★★★☆
援護適性:★☆☆☆☆
騎士適性:★★☆☆☆
『貫徹する自身』は威力は強力だが、クールタイムが重すぎるので、攻撃適性は◯。
『堅牢たる自守』は一瞬とは言え龍の攻撃でも無効化できる硬さがあるのが素晴らしい。防御適性は◎。
全てのスキルの対象が自分のみで他者へのサポートには酷く向いていない。しかし足を引っ張ることはないので、援護適性は△。
特別採点基準は騎士適性。四つのスキルをまとめるなら、『自分が硬くなる』『自分が強くなる』『自分が早くなる』『自分は生き返る』なので人を守るなら肉盾ぐらいしか出来ない。よって評価は△。
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