第42話 This is Goblin

『希望』の聖女and守護騎士 VS ゴトーandフィーネ

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 彼らの足元をローチが黒く覆い隠す。

 直ぐ近くに全身が黒く覆われた小さな死体がぽつんと転がっているが、いずれローチの手によって消えるだろう。

 そんな世界の終わりを思わせる瓦礫の山の中で、四者は対峙する。


 コウキがゴトーとフィーネを抑え、聖女がそのコウキを支援する。


 普段であればそれが彼らの連携だったが、ここでは聖女の動きの多くをゴトーが封じている。


 白魔術による援護は、ゴトーの『忘却オブリビオン』によって打ち消されるために無駄となる。

 逆にゴトーによる呪術も『堅固レジスト』によって消された上に抵抗力を高められたので、低い位階の呪術も掛かりにくくなっている。


 聖女ができるのは防御か、コウキの治癒だけだ。

 持続治癒の代わりに頻繁に『治癒キュア』を飛ばすことで代用する。これによってコウキの継戦能力を高めていた。



 コウキは治癒による援護が増えたことと、ゴトーの呪術が解除されたことで、わざと攻撃の一部を鎧で受け止めるようになり、その分攻撃が激しくなった。


 しかし、それでも先ほどの一撃が効いていたのか、ゴトーの攻撃は直接受けようとはしない。


 ゴトーはそんなコウキに対してニヤニヤと余裕を見せつけながら攻撃を繰り返すが、内心では冷や汗が止まらない。


(左手が痺れてるな。赤魔力の操作を誤ったか…)


 臨界ギリギリまで赤魔力を収束させたつもりが、僅かにそのギリギリを超えたことで、反動により傷を負っていた。

 勝機を前にして力み過ぎたのだ。



(まあ、守護騎士をここに釘付けにするだけで良い、筈、だが)



 盾を失った代わりに身軽になったコウキが、ゴトーを攻め立てる。

 ゴトーはなるべく姿勢を低くしてコウキの攻撃を避けるように注意する。受け止めようとした途端にユニークスキルを使われてしまえば即終わるからだ。


 触れるとしても剣の側面を手の甲で滑らせるだけ。


 ゴトーの集中はこれまでに無いほどに高まっていた。


 自身の持つアーティファクト、魔術、呪術、体術、全てをこの瞬間につぎ込む。


「『風速ヘイスト』」


 移動速度を上げる第二圏の魔術。

 消費魔力の代わりに上昇幅は小さいが、わずかな戦力上昇ですらありがたい今の状況では躊躇いなく使う。


 そして、短剣を投げながら後ろに飛び退く。


「魔術もかよ」


「ちっ」


 感嘆しながら、さらに速度を上げて追い付いてくるコウキに、ゴトーは思わず舌を打つ。ゴトーが投げた短剣も宙で切り落とす。


 さらに、横合いから飛んできた斬撃は鎧の腕で受け止める。


 返す刀を、距離のある筈のゴトーへと向けて振りかぶる。

 コウキの持つ剣から銀の光が溢れる。視線の先でコウキの持つ剣の刃が伸びる光景に、ゴトーはフィーネの伸びる斬撃を思い浮かべた。


「まずっ」

「『貫徹する自身』」


 さらに剣が黄色のオーラを纏う。

絶剣アブソリュート』では無いが、これは凄まじく不味い。



 そして、横薙ぎの一撃。


「『代剣インスタントブレード』」



 伸びる剣を前に空中のゴトーが、義腕を下に伸ばす。

 その反作用で体を持ち上げる。



「っ!!!」


 左足の、膝から下が何の抵抗もなく切断される。

 痛みを超えて火傷をしたような熱さを感じる。


 守護騎士は剣を振り切る勢いのまま、体を反転する。

 向かう先はサーベルを持つもう一人の敵。


「〜〜〜〜〜とまれえ”え!!!!!」


 痛みに呻きながらも、義腕を切られたことで露出した短剣を守護騎士の肘の隙間に刺す。


「な!……ぐうっ」


 鎧の関節部分に短剣挟まったことで、コウキは肘を伸ばせなくなり、武技は不発となる。

 そこにフィーネが斬撃を放ち、棒立ちのコウキはそれらをまともに受ける。


 ゴトーはバランスを崩しながら地面に落ちて転がる。


(今動けなくなるのは、キツい)


 コウキに一刀両断された赤銅のアーティファクトを、一度塊に戻した上で足に纏い直す。赤銅の義腕が義足に変わる。


(急ごしらえだが、これで一応動ける)


 立ち上がったゴトーの前で、聖女が守護騎士に杖を向けていた。



「『聖癒ホーリーキュア』」


 積み重ねた傷が、再びゼロに戻る。



 再びゴトーに向かってくるコウキ。

 今度こそ、聖女と守護騎士を引き離したところで、ゴトーは指示を飛ばす。


「『五番』」



雷砲サンダーブラスト』が聖女の直ぐ横の地面から伸びる。


「くっ」

「ウルル!!!」


 聖女は前に転がってそれを避ける。

 突然地面から発生した魔術にコウキは驚いたように聖女の方を振り返る。


(二つ目)



「『十二番』」


 聖女は背後から伸びる雷撃を、今度は右に躱す。


「『五十二番』」


 今度は真下から。


「『三十三番』」


 右から。


「『八番』」


 今度は二箇所から。


「『百二番』」


 再び右から。



「『五番』」

「…っ」


 聞き覚えのある数字に右を振り返った聖女だが、そちらからは雷撃が飛ばない。

 斜め前の地面から伸びる雷撃に対して咄嗟に、『聖盾ホーリーシールド』を張ろうとするが、


「『聖た…ホーリーシ…』」

「『忘却オブリビオン』」


 それをゴトーが阻害する。

 しかし聖女の危機を悟ったコウキが躊躇い無くユニークスキルを発動させる。


「『疾走する自我』」


 守護騎士が彼女を庇いながら、その身を引き寄せる。



(六回、といった所か。思いの外、少ないな)


 ——六回、それがここに来るまでに聖女が未来を覗いた回数。


 ゴトーは聖女の能力を殆ど把握していた。


 まず彼女の持つ未来予知は全てを知ることは出来ない。

 できるならばゴトーは以前の時点で殺されているからだ。


 さらに、見える未来の範囲には限りがある。

 これは聖国軍の動きが急に変わったり、ゴトーが補給線を断った後にそれを突破しに来たタイミング、そして傀儡を処理したタイミングなどから予想が付いた。


 そして、遠くを見ることも出来ない。

 時間的な『遠く』ではなく、物理的な『遠く』である。


 これはウェイリル高原で好き勝手にしていたゴトーに対して何もしなかった事からそう考えた。


 つまり鷹の目だいさんしゃ視点で未来を見ている訳では無いことが分かる。



 ではどの視点での未来を見ているのか。

 聖女自身の視点だ。


 だからこそ、物理的に離れた所を見ることは出来ないし、自身が死んだ後の未来を見ることは出来ない。



 しかし、それだけではどの程度の精度で見えているかはわからない。


 そんな時に、グラビスを見つけた。


 彼の記憶の中にはゴトーが傀儡にして、その存在を忘れた人間が映っていた。


 聖女が始末している筈の傀儡が、そこに。



 そこで聖女の能力の仮説が持ち上がる。

 聖女の能力は『やりなおし』に近いものでは無いか、と。


 それならば聖女視点での未来しか見えていないという予想も的を得ているし、死の先が見えないのも分かる。


 そして、その『やりなおし』は無限に行うことは出来ない。


 だからこそ、『やりなおした』聖女によって変わった未来の中で、ゴトーは丁度傀儡を見つけた。

 きっと後一回でも『やりなおして』いれば、ゴトーが彼の存在に気づくことも無かった。



 ——それさえ知っていれば攻略はできる。


 何度やり直そうと、意味が無い『分からん殺し』をすれば良いだけだ。


 それも、聖女と守護騎士を同時で殺せれば、最上だ。

 温めた手札は既にある。聖女は彼の手が止まってしまう事を恐れてネタばらしをしなかった様だが。


 ゴトーはコウキの気を惹くために、咳払いをする。




「” んんっ……『自守』に『自身』に『自我』。お前のユニークスキル、自分ばっかりだな? ”」

「” え、は?……日本、語……お前っ、誰なんだ! ”」


 つられてコウキも日本語で返した後に、その事実に驚いて疑問を問いかける。



「コウキ様!!!」

「” 嘘だろ!!!!…もう、忘れたのかよ。俺だよ俺 ”」


 聖女がコウキに強く呼びかけるが彼が正気に戻っては困るゴトーは大きな声で彼女の言葉を掻き消す。


 コウキはゴトーをしっかり見ている。

 ゴトーは大袈裟に手を振りながら、視線を自身へと誘導する。




「” ほら、同じ大学だった—————『忘却オブリビオン』」


 隙だらけのコウキの抵抗を抜いて、白が思考を埋め尽くす。



 ゴトーは同時に魔留玉を取り出して、見せ付けるように握りつぶす。


 聖女が杖を振るう。


「『断空ディバイドディメンション』!!!」


 ゴトーと聖女の空間が完全に分断される。


 握り潰された魔留玉から漏れ出た魔術は、限界まで魔力を込めた『閃光フラッシュ』。

 片目を開いた聖女の瞳を光が強く焼く。


 同時に、彼女を挟むように反対側で、フィーネが魔留玉を握り潰す。



「ディ、『断空ディバイドディメンション』!!」


 無理やり白魔術を行使したことで、彼女の鼻から血が滴る。

 彼女は二つの壁を作り、コウキと自身を守る。

 これで聖女とコウキは、ゴトーとフィーネから攻撃を受けることは無い。



 フィーネの魔留玉から出た魔術は、同じく『閃光フラッシュ』。


 二つの強烈な光源の間に置かれたことで彼女の視覚は意味を失う。










 ——そして、彼女は突如現れた超音速の鉄柱によってコウキごと消し飛ばされた。




 ◆





 俺は、雲に届きそうなほどまで巻き上がった粉塵を横目に、転がってきた黒い死体に向かって話しかけた。


「無事か?グラビス」


 彼は『天矛あめのほこ』を保存していた魔留玉の破片を胸に抱いたまま、ブンブンと首を横に振った。






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天矛あめのほこ』…七章の第15話「月裏」、第16話「天の槍」で登場した、巫術師エンムが使用した巫術。

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