第41話 勝利の算段

守護騎士コウキVSゴトーandフィーネ

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 死体一つ無い更地となった街の広場に守護騎士が降り立った。



「っ『赫怒イラ』」


 ゴトーの肉体が瞬時に作り変えられる。血管が拡張し、全身が充血したように赤く染まる。特に左腕の変化が大きく、赤黒いを通り越して黒く見える。

 視界は色を失った代わりに、塵一つ見逃さない程に精密になり、目に映る世界は速度を落としていく。


 最後に全身から赤いオーラが噴き出す。



 それと同時にフィーネが黄金の騎士に三本の斬撃を伸ばす。

 左右と上から包み込むように迫る斬撃を前に、コウキは、


「フンッ」


 盾を大きく振って、叩き潰した。


 呪術によって強化されたゴトーが踏み込み、盾の影に隠れるように迫る。


「『シールバッシュ』」

「ガッ…」


 しかし、ゼロ距離で放たれた武技によって車に轢かれたようにゴトーが弾かれる。瓦礫の上を情けなく転がるゴトーだったが直ぐに起き上がる。インパクトの瞬間に自分から飛び退いていたおかげで、ダメージは浅かった。


 顔を上げると、守護騎士がフィーネに迫っている。

 フィーネは守護騎士の攻撃を上手く流しているが、騎士には盾が有る分フィーネから攻撃を与えるのは難しい。

 徐々に追い込まれていく。


 盾をぶつけられてフィーネがひるんだ所で、守護騎士が剣を振り上げる。


「『スラッシュ』」

「『重軛グラビティ』!」


「っ…呪術か」


 重力が強くなった感覚に襲われたコウキの手元が狂い、フィーネは体を傾けて武技を躱す。


 コウキは今の自分に呪術が通じる事に驚く。

 同時にこちらに手を向ける少年が熟練した呪術師だという事にも驚く。


 通常呪術師は感情によって魔力の有り様を歪める事で効果を発揮する術である以上、精神が育って居ないと使いこなす事は出来ない。そうでなければ呪術を発動する感情に心を支配されるからだ。


 そんな状態で高度な判断を必要とする戦闘などまともに行える筈もなく、そうなった人間は魔物との戦闘によって直ぐに命を落とす。


 呪術がメジャーな技術ではないのはそのせいだろう。

 更に技術の継承が難しいのも大きな理由ではある。



 つまり、コウキの目の前の人物は精神が大人にならざるを得なかった事情があるという事だ。

 その事に彼は憐れみを抱く。


「『怠惰スロウス』」

「…」


 重ねて掛けられた呪術によって、体が膜に覆われたような違和感に襲われる。


(体を重くする呪術に、動きを鈍らせる呪術。これは少し、うざいな)


 対するゴトーの方は呪術が弾かれなかった事で、最低限戦える位置に有ることに安堵する。



 ゴトーたちはコウキを挟み込みながら、攻撃を加える。

 フィーネの攻撃に対しては盾で押し込み、ゴトーの攻撃に対しては剣で牽制する。


 盾であればゴトーは自身の小ささを活かして、立ち回る事が出来ただろうが、剣だと下手したら真っ二つにされるので迂闊に踏み込むことは出来ない。

 ただ、コウキの方も片方に集中すればもう片方の攻撃が激しくなるので迂闊に攻撃できない状態に苛立ちを募らせる。


 ゴトーが義腕を盾のように変形させて剣を受け流す。


 コウキの視線がゴトーに向いた。

 それを見逃さずフィーネの攻撃がコウキの盾をくぐり抜けて鎧に当たる。


 鎧の半ばまでサーベルが切り込むが肌の上一枚の所で刃が止まる。


「危ねえだ、ろ!!」


 フィーネを蹴飛ばしながら、身を翻してゴトーに再び盾をぶつける。


 フィーネとゴトーが離れる。



 コウキはゴトーに向かう。

 既に彼の剣が銀光を纏っている。


「ゴトー!」

「やれ」


 ゴトーが逃げられないように、盾を押し付けるコウキ。


 ゴトーはその瞬間、赤魔力を臨界近くまで圧縮して、貫手を繰り出す。


 コウキの盾をゴトーの左手が貫通する。


「は?」


 遅れて大盾全体に亀裂が入る。


 そして、盾を飴細工のように破壊した左手がコウキに迫る。


(…だが、それよりも、俺の方が早い)



 その背後でフィーネが三つの斬撃をコウキに放つ。

 今度は彼の露出したうなじに向けて、三本を束ねてひたすら威力を集中させた一撃。当たれば確実に殺せる。



「『スラッシュ』」


 最初にコウキの武技がゴトーに迫る。

 ゴトーはそれを前に『重軛グラビティ』を


「!!」


 突然上からの力が減った事で、コウキの切り払いが浮いて、ゴトーの頭を掠める。


「ああああ”あ”あ”あ”!!!」


 目前に迫った勝利を前にゴトーは咆哮を上げる。

 油断は無い、例えいま聖女が介入しようとしても遅い。


 フィーネとゴトーの攻撃が前と後ろから迫る。



 それを前にコウキが、黄色のオーラを纏う。


「『堅牢たる自守』」


 全力で振り切ろうとしたフィーネの手に、100%の衝撃が帰ってくる。思わずサーベルを落としかけるが、直ぐに持ち替えて握り直す。


 ゴトーの貫手は、コウキの鎧に指先が当たり、黄色のオーラによる硬質な手応えに僅かに拮抗した後に、その胸元の鎧をえぐり取った。


「!?」


 驚きを浮かべたコウキはゴトーを殴り飛ばすと、鎧の胸元を抑える。


「……それ、ユニークスキルかよ。油断ならねえな」

(こっちの台詞だ馬鹿野郎)


 ゴトーは心の中で吐き捨てる。

 フィーネの一撃を防いだことから明らかにユニークスキルの効果だろう。なぜフィーネの攻撃は通らず、ゴトーの攻撃は通ったか分からないが何らかの条件があるのか。とにかく防御用のユニークスキルである事は分かった。


 そして、思い出すのは以前居たレトナークの街での黄金の騎士と龍との決戦の時の記憶。


 そこで黄金の騎士は二つのスキルを使っていた。


 一つが先程使っていた『堅牢たる自守』。

 もう一つが『貫徹する自身』。これは、龍へのトドメに使っていた。

 剣に黄色のオーラを纏うユニークスキル。

 その効果は攻撃の強化だと想像は付く。


 しかし、あの時に見た武技と戦争で何度も使用していた武技の威力にはそれほど違いはなかった。


 それだけ成長したのかと思っていたが、今ゴトーが戦ってみた感じだとそれ程の成長とは思えない。



 逆に地龍にはユニークスキルを使って、戦争では使わない理由を考える。

 まずはじめに、ユニークスキルが無制限に使える訳では無いと分かる。それならばどの場面でも使っていないとおかしいからだ。


 同時にその制限は武技『絶剣アブソリュート』に使う魔力よりも重いもであることも予想がつく。


 その上で、一体の魔物には使って軍の人間には使わない理由。


(威力ではない、何かを強化している……地龍を一撃で殺す……『貫徹』……!?)


『堅牢たる自守』が完全防御なら、『貫徹する自身』は絶対的な攻撃、つまりは防御貫通。

 だからこそ地龍を紙切れのように一刀両断することが出来ていたのだ。



 そうだとするなら、『貫徹する自身』のコストの正体も分かってくる。


(あの時、守護騎士たちは龍を仕留めるのに一晩かかっていた。ユニークスキルを連続で使えるならばもっと戦闘時間は短くなっていた筈だ。あのユニークスキルにはクールタイム時間で回復する何かが存在する)


 そして、『堅牢たる自守』の発動も一瞬だけだった。

 これはクールタイムが殆ど無い代わりに発動時間に制限があるタイプだとゴトーは考えた。




「『堅固レジスト』」


 涼やかな声がゴトーの鼓膜を震わせる。

 ゴトーがコウキへと掛けた呪術が打ち消される。


 現れた、その女は神官服に身を包む。

 黄金の瞳が冷たくゴトーを睥睨しながらコウキへと耳打ちする。


「コウキ様…」

「どうした、ウルル?」



「あの少年の言葉には惑わされないで下さい」

「?あぁ、分かってる。子供とはいえ、敵だ。こいつらが俺たちの脅威になることもきちんとな」

「……分かってるなら、良いのです」


 聖女にしては珍しく歯切れの悪い言葉に、コウキは戸惑う。



「——スゥ」


 静かに忍び寄ったフィーネの三本の斬撃が二人を襲う。


「っ『聖盾ホーリーシールド』」

「『堅牢たる自守』」


 聖女は白魔術によって、コウキはユニークスキルによって受け止めると、二人は戦闘体勢に戻った。


 ゴトーは腕輪の無い左手首を右手でさすりながら、聖女を挑発する。


「嫌にビクついているな、聖女。俺がそんなに怖いか。……それとも、何か嫌なものでものか」



「……」


 聖女の顔からはこれまで保たれていた余裕が消えていた。



 門から雪崩れ込んだローチの群れが街の全てと、空を覆い隠そうとしていた。






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聖女参戦。

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