第40話 『逆井黄貴』


 俺は昔から敬語が苦手だった。

 小さい頃から相手によって言葉遣いを変えることをダサいと思ったまま、否応なく大人に近づいていった。


 人と違うことがしたいと思った俺は大学の友人を集めて起業して、大学をやめた。


 それからは充実していた。

 競争の少ない穴場市場を見つけそこに全てを割り振ったことでその界隈では有名な企業となる事ができた。


 しかし、どれだけ上手く行っていても落ちる時は一瞬だ。


 仲間の一人が金を持ち逃げしたのだ。

 理由は何だったか……競馬とかパチンコでは無く、オンラインポーカー、みたいな日本では比較的マイナーなギャンブルだったのは覚えてる。


 その時、俺は「パチンコじゃねーのかよ」なんて呑気に愚痴っていた。消えたお金もみんなで我慢すれば何とかなる、と楽観的に思っていた。


 生活は少し苦しくなったが、直ぐに持ち直す目処はあったし、そのことに仲間たちは納得していたはずだった。


 次は人を取られた。引き抜きだ。

 ウチよりも良い条件で雇ってくれるという事で、仲間の一人が技術もノウハウもそっちに持って行ってしまった。


「すみません。自分も生活があるので」


 そう言ってそいつは居なくなった。


 その頃から俺は人が信用できなくなって来た。


 俺がどんなに頑張ろうとも、結果も人もついてこない事に苛つき、常にどこか不機嫌を振りまいていた。


 最後の一人との会話は覚えている


「昨日何食べました?」

「何だっけ?そうだ、昨日は久しぶりにハンバーグ食ったんだよな。チーズがインの……」


「昼は?」

「……何だよさっきから。外で適当に摂ったよ」


「その前は?」

「……いい加減にしろよ。何を言いたいんだ、さっきから」


「私は覚えてますよ。カ◯リーメイトでした。昼はコンビニの弁当をここで食べました。昨日も同じで、一昨日も同じ、その前も同じで……その前もその前もその前もその前もその前もその前もその前もそのまえもそのまえもそのまえもそのまえそのまえそのまえそのまえそのまえそのまえそのまえそのまえそのまえそのまえ」

「おい、落ち着けよ」


「ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと」

「〜〜〜〜、分かった。分かった!今日は疲れが溜まってるみたいだし、もう帰れ、な?」



 薄暗い瞳で俺を見つめる彼女に俺は止めを刺したのだ。


「そしていっぱい休んで、


 何かが折れた音がした。



 結局、俺は会社の全てを売り払うことになった。それからしばらく外に出る気さえ起きない日が続いた。


 幸い金は残っていた。

 我慢すれば、数十年は暮らしていけるだろう金額だ。



 何となく、キャバクラに行ってみた。ただ、今までできなかった事をしたいと思った


 不幸にも簡単にのめり込んだ。

 あれは男の自尊心をくすぐり、喜んで金を出させるシステムが丁寧に作られていた。

 キラキラとした店内でチヤホヤされ、自分が特別な人間であるのだと勘違いできるように……。


 楽しかった。お金を振りまけば、そこではスターになれるのが心地よかった。


 心のどこかでは分かっていた。無意味だと、無価値だと。

 それでももう止まれなかった。


 金は直ぐに尽きた。毎日入り浸っていたはずのキャバクラは行かなくなった。

 金が無くなると不思議と行きたい気持ちも消えてしまった。



 安くて簡単に酔える酒を飲むようになった。

 もう正気でいることすら辛かった。

 酒を買った帰りに公園で缶を開けてグビグビと流し込むと、すぐに酔っ払った。


 今だけは酒に酔いやすいこの体質が有り難かった。


 なんだか気が大きくなって星空の下を歩いた。何も考えず、なんとなく行きたい方向に、ヨタヨタと情けない足取りで歩いた。


 気づけば墓の前にいた。俺の会社に最後まで残っていた子の墓だ。

 大学の後輩で、よく俺の周りをウロチョロしていたのでよく飯に連れて行っていた。


 俺が起業する時も一番に手を上げて、学校中からやる気のある人材を集めてくれていた。


 金が持ち逃げされた時は、勧誘した自分の責任だと申し訳なさそうな顔をしていた。その時、俺は彼女に何と声を掛けた?


 何も言わなかった。忙しくてそれどころでは無かったから。



 仲間が引き抜かれた時には心配して俺の様子を頻繁に見にきてくれていた。

 その時、俺は何をしていた。


 ずっとベッドで寝ていた。疲れていたから。

 笑える。

 ……彼女にはベッドで寝る時間すら貴重だったのに。


 俺はずっと、俺だけしか見ていない。

 だから、最後まで残ったのは俺だけ。


 酒を呑んでは狂ったように笑い、また酒を呑んだ。

 いつの間にか疲れて眠った。酒が切れると冬の夜はいっそう寒くなる。


 一人の夜は暗くて、寒い。


 ……もう、失わないように、見逃さないように在りたい。








 そして気がついたら俺は、異世界で騎士となった。


 そこでの生活は充実していた。

 昼は騎士として戦うべく訓練を受け、夜はこの世界を知るために本を読む生活。

 運動と勉強とで満たされる生活は日本での学生生活を思い出して気分が上向きになった。


 最低限の実力を得たら今度は魔物の討伐へと出た。ゲームで見た事あるような魔物の数々に少し感激しながらも、彼らによって被害を受ける人々の為に剣を振るった。


 幸い、俺の持っていたユニークスキルは戦闘向きで、苦戦する事も無くレベルは直ぐに上がった。……ユニークスキルの名前が俺の過去を刺激してくるのは一つの戒めだと今も思っている。



 この頃には、この世界の騎士にも負けない実力を身に付け、尊敬の視線を受ける事もあった。

 しかし、何故だか称賛の言葉は素直に受け取ることが出来なかった。



 そんな時、聖女の守護騎士に任命された。

 彼女は元々エリートの騎士で編成される部隊を率いていた女性で、今回俺の実力がなんらかの水準を満たしたのと、彼女が守護騎士を求めたタイミングが重なっての任命だった。


 俺は彼女の背後にある、教会の上層部の瞳があまり好きでは無かった。目の前の人間が自分にどれだけ価値があるか値踏みする、不躾な視線。

 俺が嫌っていた視線で、心に余裕が無かった時に周りに振り撒いていた視線だった。



 そんな中で俺の前に進み出た彼女は朗らかな笑みを浮かべていた。

 綺麗な女性だと思った。

 笑顔も華やかで、自然だった。


 ……自然だった、はずなのに、何故か後輩の顔と被る。顔も雰囲気も全く似通っていないのに、追い詰められ決壊寸前のような不安感を煽られる。一歩間違えれば取り繕った表情が崩れ落ちる、そんな予感がある。


 ……これは償いのチャンスだ。



 ——今度は見逃さないように。



 そして俺は彼女を守る騎士となった。



「お前が、俺の……俺達の、敵だな」


 ——今度は失わないように

 




————————————————————

 ちなみに、コウキの現代での会社で売り上げの持ち逃げが有った時には、コウキも含む全員の給料から同じ額だけ売り上げの補填が行われ続けました。

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