第39話 最期まで

 刀仙ゼタVSミブサカand『悔恨』の聖女

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 ここは帝国軍と聖国軍の衝突する、戦場の一角。本来ならば二つの軍の兵士が溢れているべきその場所には3人の人間しか居なかった。


 一人は帝国の老兵ゼタ。彼は地を駆けながらも鋭い斬撃を繰り出している。

 もう一人は聖国よ守護騎士ミブサカ。彼は二つの斧を武器に、時には盾にしながらゼタの攻撃を凌ぐ。


 そして、最後の一人は『悔恨』の聖女ルオラ・ルクス。彼女は……ただ突っ立っていた。


 彼女が発動した第七天白魔術『廻光反照Paenitentia』は今もミブサカを蒼く輝かせているのだが、その白魔術の制御をしている……という訳でもなく。

 その他の白魔術によってミブサカを援護している……という訳でもない。


『悔恨』の聖女の扱う第七天白魔術はただ使用するだけならばそれほど難しいものでは無い。

 彼女の術は持続型だが、それも半自動で動く。彼女が出来ることと言えば術を早めに停止させる位である。何もしなければ半日の間はミブサカに術は持続する。

 つまり『廻光反照Paenitentia』に関して、彼女がする事は無い。



 ならば、白魔術によって援護すれば良いと思うかも知れないが、彼女は白魔術が得意では無い。

 得意では無いのだ、聖女であるにも関わらず。


 聖女となるまで深窓の令嬢に似た何かだった彼女は神官ですら無かった。そのため聖女となってから初めて戦闘の訓練を受けたのだ。


 そんな彼女のレベルは12。聖国軍でゴトーの所属していた隊の中隊長ジェニスュン・フェイタルのレベル10より、たった2だけ上だった。

 そして彼女の白魔術のレベルは2、第一天の白魔術が使える程度。


 彼女の白魔術のレベルでは効果も微々たる物だ。一応『筋力強化ストレングス』などの身体能力強化は施したが、彼女が効果の程を推し量る事は出来ない。

 彼女からすればこれまでは見えなかった二人の動きが、やっぱり見えないままなだけである。


 では彼女だけでもこの場から逃げた方が言いと思うかも知れないが、帝国兵が虎視眈々と狙っている中で自陣まで無事に辿り着ける気などしない。

 それならミブサカが守れる範囲にいる方がまだ安全だろう。




 ◆




(何度も殺した手応えはある。……しかし、無傷のままか)


 ゼタはミブサカを相手に右の刀を振る。

 ミブサカは刀と自身の間に斧を置いて斬撃を遮ろうとする。


 しかし、ゼタからすればその動きはあまりにも稚拙。


「疾っ」


 肩の捻りだけで刀の動きを縦から横に切り替える。



 慌ててミブサカがもう一つの斧をその先に持ってこようとするが、間に合う筈も無い。


 まず、胴体を一閃。


 ミブサカがスーツごと二つになり、その向こうさえも覗く。


 次に頸を一閃。ミブサカの無機質な瞳はそれでも揺るがない。


 最後に頭を斜めに一閃。蘇生の白魔術でも回復できない致命傷をミブサカは負う。



 しかし、瞬きの内にミブサカの肉体は万全の状態に戻っていた。

 スーツも汚れ一つ無くなっている。



「……体を分けられても、声一つ漏らさないとは……大した胆力」



「……その滑稽な状態も霊技ユニークスキルのせいか?」

しょ



 ゼタは遠回しにミブサカの痴態を指摘する。

 ミブサカは現在……金貨を咥えたまま戦い、喋っていた。


 彼は戦闘の初めにルオラから投げられた金貨を口で捕まえると、そのままの状態で戦いを始めた。

 ゼタはそのあまりにふざけた状態に毒気を抜かれたが、いざ戦ってみると瞬時の再生能力とこの男の馬鹿力により真面目に戦わざるを得なくなった。


(力の強化は聖女の権能か。それにしては強化の幅が大人しいが……)


 おそらく、復活も聖女の力の影響だろう。


 問題は、聖女を殺すことで、この強化が失われるかどうか。


 もし強化が失われるならゼタが聖女を殺すことはすなわち勝利とつながるだろう。

 しかし、そうで無いならゼタは致命的な隙を晒すこととなる。



 ゼタはミブサカの腕を断ち切るが、その感触に眉を歪める。


(……硬い)


 先ほどよりも、更に手応えが重くなっている。

 斬るごとにミブサカはその身が硬くなっている、というよりも斬撃に適応している。そして彼自身も段々とその速度を増しつつある。


(……段階的に強くなる強化、それと受けた攻撃への耐性、か)



 ゼタのこの予想はかなり『悔恨』の聖女の権能、その実態を捉えていた。



 最も著しいのは再生速度。

 最初に首を刎ねたは数秒は掛かっていたのが、今では瞬きの間に細切れから復活している。


 死の淵から戻ってくるほどの強化なら、回数に限りでもあるのだろうと思い何度も細切れにしたのが仇となった。

 おそらくそこで斬撃への高い耐性を獲得している。


 それでもミブサカが一度攻撃する間に三度分割する程度には差があるが、初めは数十回分割していたことを考えると二人の差はかなりの速度で縮まっている。



「ミブサカ!そいつを倒しなさい!!」


 ルオラがミブサカに向かってまた金貨を投げつける。



 ミブサカが金貨に向かって首を伸ばす。



「『一刀』『居合』」


 ゼタは右の刀を納めながら、左の刀を鞘から抜き放つ。


「っ」


 それは雷光のような速度でミブサカの首を断ち切る。

 が、直ぐに巻き戻るようにして首が体につながる。


 ゼタはそのままの勢いで聖女を仕留めに行くが、いつの間にか追いついたミブサカに腕を掴まれる。



「!?」


 明らかに速度が上がっている。


(金貨を咥えていたのは演技だったか。……やられたな)


 金貨に触れる事ではなく、金貨を支払われる事が条件となる強化だと、ゼタは気づいた。



 ミブサカのユニークスキル『サラリーライフ』は指示と報酬が与えられることで発動するユニークスキルだ。

 その効果は指示を満たす行動に対して身体能力を強化する能力。

 そして効果の幅は対価の大きさによって変わる。


 ただ、金貨に触れることも一応意味はあった。


 それがミブサカのもう一つのユニークスキル『お金大好き』。

 これは価値のある物に触れている間、自己治癒能力を大幅に高める効果だった。


 ミブサカは戦闘開始からずっと一枚の金貨を咥えたままだった。

 そのためゼタは向上した再生能力が聖女の権能の効果だと勘違いしていた。

 結果的に二枚目の金貨をミブサカが触れなかったことで、ゼタがそのことに気づく機会は失われてしまった。



 ただ実際には、今のミブサカから金貨を奪っても再生の能力が完全に失われる事は無い。


 その秘密が、三つ目のユニークスキル『金魚の糞』である。

 この効果は特定の人物の近くにいる間、超再生能力を得るスキル。現在このユニークスキルがルオラを対象に発動しているため、ミブサカは尋常で無い程の再生能力を得ていた。



 そして、ルオラの『廻光反照Paenitentia』がミブサカの身体能力を強化し、一度受けた攻撃への耐性を獲得させ、ダメ押しにユニークスキルの段階を一つ上げている。


 これらの合わせ技によって現在のミブサカは彼女の近くにいる限り、どれだけ傷つこうとも細胞の一欠片でも有る限り、彼が死ぬ事は無い。



 それがゼタに対して彼らが持つ勝算の正体だった。


 ——そう、聖女を殺されない限りミブサカは負けないのだ。



「……先に聖女を殺すか」

」「え」


 老兵の鋭い眼光がルオラを射抜く。


「ひっ」


 これまで戦場の熱気に当てられて、気が大きくなっていたルオラだが死を意識して喉から悲鳴が漏れる。

 ゼタが彼女を狙うのは単純にミブサカに対して金貨を投げて強化されると困るからだが、ミブサカがそれに反応したことで聖女が彼のアキレス腱であることを見抜かれてしまった。



「ふむ……」


「『シュ』!!」


 聖女に向かって歩を進めたゼタに向かってミブサカは、瞬時に武技を放つ判断を下した。


「……『鞘走』『神閃』」


『刀術・拾』にて可能となる二つのスキルの補正を借りた斬撃は、ミブサカの武技も斧もそしてミブサカそのものを両断する。


 直ぐさま再生を始めるミブサカだが、ゼタは彼とその先にいる聖女に向かって左手で散弾銃を構える。


 そして射撃の威力強化と貫通能力強化の弓術スキルを発動させて引き金を引く。


「さらばだ、聖女。『一矢』『穿雲』」

「『スト…』っ」


 ミブサカの体が衝撃で弾け飛ぶ。

 ゼタの位階による補正と『弓術・捌』による補正を受けた弾丸は斬撃への耐性しか獲得していないミブサカの肉体を散り散りになるまで破壊する。


 そして、その向こうの聖女の肉体を破壊する……前に現れた斧の山によって防がれた。


「キャッ……え、え?」


 死を予感した聖女は突然目の前に現れた壁に遅れて気付いた。


 彼女がそれを見つめると、斧が重力に引かれて地面に突き刺さる。



「……良い判断をする」


 勝利を確信した一撃を防がれたにの関わらず、ゼタは好戦的に笑う。


 ミブサカは散弾銃の発砲の瞬間、自身の背中に予備の斧を持っている全て出現させていた。

 その発想の瞬発力と、冷徹なまでに自己を省みない精神は半端な技を持つより恐ろしさを感じる。





 ミブサカはゼタに組み付いた状態で再生した。

 もしかすると肉片の状態でも彼には意識があったのかもしれない。そう思う程に良い位置でミブサカは肉体を再生した。


 さらに彼の肉体は銃撃への耐性を手に入れている。


「……ふはっ」



 思いがけない危機に、ゼタは笑いが溢れる。

 ここが最後の戦場だと思っていた。自身の肉体は下り坂へと向かい、これまで上り続けていた技の冴えも、徐々に陰りが見えつつある。


 隠居し、人に教えを授けながら朽ちていくのもまた良いとは思っていた。しかし、血沸き肉踊る闘争の中で終わるのもまた彼の武人としての憧れだった。


「……そうか…ならば、最期まで自分と死合おうぞ」



 ゼタが腕を交差し両方の柄にその手を乗せる。

 聖女が固唾を飲む。











 ——その瞬間、透明な濁流が彼女の眼前を消し去った。

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